北方玄武 第二宿 〝牛〟 イナミボシ・ダビー

 芽虹の姿をした神様はその後マスターの陰にまた隠れ戻る。それ以降は現れなくなった。神の名を語る芽虹はあれから一度も姿を現していない。一度止まった時はまた動き出し、僕はマスターにそれ以上何も言えなくなった。


 それからはステラのメンバーに贈られたそれぞれが主人公の物語についての話で持ちきりだった。お互いの音楽観から始まった物語はやがて人生論にまで発展している。それはもちろん酒のお共には最適だったので、話はどんどん膨らんでいったが、彼らの顔から笑顔は途切れなかった。僕はキュラソーを一杯飲んだらすぐに【Bar Omikuron】を出た。


 皆の質問をそれとなく回避して外気に触れると、僕の息は白く濁った。帰りたいというより、少し頭を冷やして肺の熱い空気を吐き出したかった。乾燥してざらついた空気が少し肌に当たって痛かったので、マフラーを手繰り寄せた。


 時が再開する前にマスターは自分はすでに死んでいるのだと言っていた。同時に、〝リュウ〟と呼ばれる探偵がマスターであるのもまた、そうだと頷いた。すすきの探偵は二十八人いるのだと、僕は過去の僕らと共に調べたので知っている。だが彼らはその名をナクシャトラだというのだが、僕はどうしても疑問に思わざるを得なかった。ナクシャトラというのは基本的にインド占星術で使用される二十七宿を基本としていると聞いている。中国において使用される二十八宿とは別物のはずだ。二十八宿は東西南北をそれぞれ七等分した天文や暦などにおいて一体となって使用されたものである。十二の干支、七つの曜日、などととても深い関係がある。諸説あるがナクシャトラとは発祥が別物であるとして扱われている。彼らがこの名を使用する以上、僕が調べたこの知識を得ているはずなのだが、ならばどうして二十七人しかいないのに二十八探偵だと言い張るのだ。名前のことをナクシャトラというのだ。きっとそこには二十八にはあって二十七にはない星宿、北方玄武第二宿〝牛〟イナミボシのダビーが関係しているはずだ。そしてこのタイミングで現れたこの世界を作ったと自称する神の存在。マスターとは別の何かであり、芽虹の姿となっていた。マスターがこの世界に干渉できるほどの力を有している理由もこの中にあるはずである。


 がっつり冷やされた冷たい風が僕の頬を切り裂いたので、僕は帰ろうとようやく思った。ポケットに手を突っ込んだら物が当たり、そのまま僕は先ほどのキュラソーと共に受け取った二つ折りの一枚の紙を広げた。そこには三日後に【Bar Omikuron】に来るようにと九石芽虹の名で書かれていた。また、そこにはこれが最後の暗号にもなると書かれていた。きっとこの手紙は先ほどの神からの物だろう。僕は備えなければいけないと思い、足をアパートへと向けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る