第二話 「輪廻継承の物語≪ナクシャトラ・ストーリー≫」
東方青龍 第一宿〝角〟スボシ・スピカ
久朗津は捕まっていた。特に身体的拘束をされているわけではないが、両隣を見知らぬ濃いスーツの男に固められていた。これはダークスーツというものだろうか。普段パーカーばかり着て過ごしている久朗津には恐怖よりも興味の方が勝っていた。ブランドものかな、それともオーダーメイドかもしれないなどと、他人のタブーに触れることが原因で捕まった人間の思考ではない事を考えていた。最も、僕がそのタブーに触れているがゆえにこの二人の探偵は表情がよくないのだが。人間の第一印象は三秒で決まる。故に口角は上げなくてもいいからせめて下げるなというのを聞いて以来久朗津は意識的に口を結んでいる。すると右隣の探偵と一瞬目があった。彼は少し目を細めると何も言わずにまた目線を表情と共に下げた。
時刻は午後六時を回ったころだろうか。空がまだ薄い青色だったので、久朗津は冬景色の中にも季節が進んでいることを感じられた。やがてその空がビルで遮られて見えなくなる路地に入ると、少し気が引き締まった。連れてこられた場所は久朗津にとっては非常になじみ深いところ。約二週間前、たった一日のうちに何度訪れたであろう【Bar・Omikuron】の入り口だった。白が斑に錆びた階段は今となっては懐かしささえ感じられる。久朗津はちらりとこちらを見て、それから連行してきた男を見た。確かに僕と今そこにいる久朗津は別の人間だが、同じ久朗津だ。おかげで知りたいことの大方の推測はできた。真実を見つけることはできなかったが、推測はできた。何、これからだろうよ、久朗津。僕たちの存在は蔑ろにしない程度に忘れてもう少し頑張ってくれ。
「――ああ、もちろん。たとえ残酷なことになっても僕は自分を忘れない」
***
ドアがノックされて、外から中は静かなように伺える室内がより静まったように感じたのは僕が緊張しているからかもしれない。【Bar・Omikuron】のドアが開けられ、ただ観察するだけの室内の人間のそれぞれが僕を見て、それから各々叫びだした。
「久朗津くんっ!」
「! リュウ、てめえ……」
「――いらっしゃいませ、お待ちしておりました。久朗津様」
まったく、みんな勝手なんだから。僕は一人の男に腕を取られそのままでいるようにと暗黙の指示を受けた。ホントしゃべらないな、この二人。探偵なら少しはしゃべればいいのに、と小声でいるともう一人の男が椅子を持ってきたので僕はそのまま腰を掛けた。
「え、なに、こいつがリュウとか名乗っていたのか、ハジメ? メロウ、アトラ、そいつで間違いないんだな」
確認を取るあの少女のような探偵がエレクトラだろう。周囲がちょとびっくりしたような反応をしていることからどうやら普段よりも語気が強いのだろう、と僕は思った。次いで少し離れたところにいるのが頷いているのが一。こいつはテレビ塔の下で一度会っている。あとは隼人。そして夕暮。僕の両脇を固めているこの二人の男はメロウ、アトラというのか。まるでおうし座の六連星みたいな名前だな。
「ああ、こいつで間違いない。俺はこいつと話した。メールを送ってきたのはこいつだ」
ハジメは僕がもはや証拠も完全にそろった犯人であるこのような口調で話していた。残念ながら僕は犯人ではない。強いて肩書を名乗るのであれば、全ての謎を解明するためにはるばるやってきた探偵ってところだろうか。
「久朗津くん、これは一体どういうことなの……?」
今度はカウンターの向こう側にいるスピカさんが僕に言った。心配そうに、訝しそうに言った。僕はしっかりと目を見てスピカさんに言う。
「東方青龍第一宿、スボシ・スピカ。スピカさんのナクシャトラ、すすきの二十八探偵での真名ですね。そして南方朱雀第三宿、ヌリコボシ・ルドラ。リュウと呼ばれていた探偵の探偵名です」
僕は探偵組と学生組とで顔いろが違うことで反応を確かめた。
「僕はどうしても知りたいことがありましてね。そしたら芽虹、九石芽虹から僕に相談があったんです。ステラのメンバーに送られたこの暗号のことです。実はこの暗号は一部が切り取られているんです。ここにあるのがその続きです」
僕は僕を監視している男に目で合図を送った。ものすごく睨まれたが僕はピクリともせずに笑った。男はしぶしぶスーツの内ポケットから取り出してバーカウンターに置いた。
「そこに書かれていることを実践すれば、もう、すぐにでも暗号は解けますよ。いえ、僕もマスターのおかげで暗号が趣味のように嗜好するようになりましてね。実は難なく解けました」
これは嘘だ。手にしていた情報とあまりに一致しすぎていたから解けたに過ぎない。僕は一度息を切ってからまたつなげた。
「どうでしょう、僕もその暗号を解くのに手を貸します。まあここにいるメンバーの知恵を寄せ集めれば僕の手助けなど必要なくなるでしょうが、さすがのマスターでもこの手の専門知識はお持ちではないと思いますので」
マスターはこれに対して姿勢を正しながら答える。
「ええ。確かに私はこの暗号をすぐには解けませんでした。私が初めに拝見したものだと捻りが効きすぎていて絞り込むのが難しかった。彼らのためにもぜひともお願いします、久朗津様。それと、久朗津様の調査につきましても、私個人的に非常に興味がございます。ナクシャトラは私たち探偵しか知らないはずなので」
「わかりました、僕もそのためにここに来たのですから」
僕は正確には自分から来たのではなく連れてこられたのだが、誰も指摘しないからいいだろう。きっと皆の頭の中はそれどころじゃないのだ。みんなが知りたいのは僕が考えていることと手札の中身。だがそれは教えられない。切り札はすでに見せたのだから、少しは考えてくれ。あとは戦況に応じて小出しにして相手から切り札を出させること。できることならもう少し詰めた情報を得ておきたかったが贅沢も言っていられない。手持ちの手札は決まっているのだ。そう考えるとタイミング的には悪くなかったのかもしれない。僕は誰もが言葉をのどに詰まらせている状況で話し始めた。
「それではまず、暗号の解読から始めましょう」
さあ、やっと謎解きだ。めんどくさい前置きは終了した。美しい彼らの物語と美しくさせられた僕の物語を解読しようじゃないか。
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