第終話 「理想の世界ではないが、大丈夫そうだ」

感覚的には後日談だが日程的には今日談

 家族とは何かと、問を投げた時


 これが答えだ


 と、まるで料理の裏技のように定義付けができたのならば、世の中の森羅万象の九割は定義づけできるだろう。それは、彼女って何か。異性と、愛する人と付き合うというのはどういうことかと同義でもあり、今後多くの人類が悩む必要性がなくなることにも等しい。

 

 だが、それはたぶん人間には無理だ。


「好きだ」


 と、一言で言ってもそこに含まれる意味は多義なもので、表面的ならば言いたいだけ言えばいいのだが、身近な存在に真意を読み取ってもらおうとすれば、その複雑懐疑さから疑心暗鬼に陥いってしまう。どれだけ感情を表すのが得意な人でも、きっとそのすべては伝えられないし、理解されれないし、理解できない。



 一方、家族が最も身近な他人であるのであれば、彼女は最も身近になりつつある他人ということになる。好きから始まった恋する凡人の暮れの果てが結婚、つまり家族になるというのであればこの戯言にも少しは説得力が増すだろう。



 愛した人が家族になれば、家族とは愛。…………だろうか。



 無論、愛の最終地点が結婚であるわけではない。それが全てだということも、勿論ない。では、貴様の言う愛とはなにか。恋とはなにか。遺伝的自己をこの世界に残すための手段ではまさかあるまい。ほら、答えてみろ。などと言われた暁には僕はきっと言い淀んでしまう。僕ははっきりとその身近であると言う状態がどのようなことを指すのかを、これといって未だ定義付けられていないのだ。

 

 ホント、家族が何か分かれば、家族になるってどういうことかもきっとわかるはずなんだけどな。


「ふふ、元気そうだな意外と。いや、意外と生きててビックリしたわ」


 僕は友人と二人で居酒屋に来ていた。彼はただ誘いのメッセージだけを送ってきた。僕を慰めたいのだろうという思いはそれだけで十分伝わった。どれほどの質量かは知らないが。それと、お前の口癖はいつから〝意外と〟になったのだ。それ、ちょっとうざい。


「いや、お前の言ってることは正直よくわからんけど、俺ならいつでも聞いてやるから安心しろ。いや、それにしても生きててよかったわ」


 僕の理性を保った熱い討論はやや理性を失いつつある友人には効果が今一つのようだった。家族とは、愛とは、恋人とは。付き合うってなんだ? 友情ってなんだ? 幸せってなんだ? とかとか友人が言い出したので、こっちは無い知恵絞って答えたっていうのに、その反応はあんまりじゃないか。



 僕よりも明らかに酔っ払い、寧ろこいつがただ飲みたかっただけじゃないかと、疑念を持ち始めた賢しい僕だが、それでも機嫌がよさそうなので、咎める気にもなれなかった。僕も苦いだけの生ビールに一口口をつけてから、ほぼ空っぽの生ジョッキを片手に持ったままの友人に僕は返答した。


「それはどういう意味だよ」


 友人はお前は馬鹿か、と顔で言ってから言葉を発した。 


「いや、おまえ好きだったろ? 九石のこと。いや、残念だったのは俺も悲しいが、お前はもっと落ち込んでるんじゃないかと思ってな。いや、でも大丈夫そうでよかったわ」


 そう、お前の口癖は〝いや〟だ。近年の若者が頻繁に使用する否定から入る言葉ベスト上位の奴だ。今考えたから具体的な数値はないんだけど。



「うん、もう大丈夫だ。ありがとう、もう大丈夫。芽虹はもうこの世界にはいないけど、」


 大丈夫だ。



 あれから僕はまだ手紙を書いていない。一週間ほど日々を繰り返してみたが、もう少し頑張れそうなので、今はまだその時ではないというのが本音。理想の世界ではないが、大丈夫。きっとそのうちダメになるだろうから、その時でいい。もしも書くのであれば、あの日の恥ずかしい涙をネタにでもしようかな。あの世界では泣いてばかりだったからネタには困らない。芽虹も笑ってくれるだろう。


 思い残したこと。やり遂げられなかったこと。後ろ髪惹かれる何か。これらの忘れ物はまたいつか取りに行くとして、僕は僕の分身と芽虹にさよならを告げた。




 第二章 了


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