萌芽する黄終≪カクナワ≫

 翌朝、目が覚めたときにはペチャンコの布団からなかなか出られなかった。二月は冬が絶好調の時期であり、同時にヒトを布団に閉じ込める魔術が最盛期でもある。僕がどれだけ奇妙な事態に巻き込まれていようとも、それが現実離れした場所であっても、今が冬の頂点である現実には変わりないらしかった。



 十分ぐらい経ったのだろうか。三度寝を終えた僕は何か食べ物の匂いを嗅ぎ、それによってようやく頭まで血液が循環し始めた。


「おはよう!」

「……おはよう、ございます」


 眠気眼をこすった僕に僕は朝の挨拶をしていた。そこに居たのは未来の僕。しかし、いくら未来の僕だからと言っても、大して年齢も違わないはずなのに、どうしてここまで違うのだろう。僕もあと何週かすればこの久朗津のように大人っぽくなれるかもしれない。違和感程度の違いではあれど、そのせいか、なぜか僕は自分に対して敬語を使ってしまった。もはや自分だと思っていないかもしれない。いや、その方がしっくりとくる。うん、あいつは僕じゃない。


「食べながらでいいから聞いてくれ。今日の予定を話しておきたい」


 着替えて顔を洗って、布団を上げたら食卓に並べられた白米と豆腐のみそ汁、焼鮭に僕は向かった。朝食を作っていてくれるだなんて、自分にしては気が利きすぎていると思った。恋とはここまで人間を変えるのだろうか。


「今日は九石賢介が君とスピカを殺害する日だ。君とスピカが殺されるのは決定事項で、これを変えることは残念ながらできない。何度試みても違う方法で君たちの命は絶たれる」


 つまり久朗津が死ぬのは決定事項だって言ってるのだが、この未来の久朗津は他人事のように言う。実際他人事なんだろうけど。


「だから方法を変える。輪廻の君とスピカには仕方がない、シナリオ通りに死んでもらう。重要なのはそのあとだ。死後の世界を変えようと思う。九石は生島――つまり、芽虹が入院している院長と繋がりがある。そこでグレーな不正があるのは確かなんだ。だけど、九石は娘の芽虹が利用されていることはまだ知らない」


「えっ。そんな、芽虹が――」


「落ち着け。落ち着いて聞くんだ。いいか、それは過去の話。芽虹が薬物で殺されよ

うとした理由にはそれもあるんだが、主たる理由は他にある」


 俺は落とした箸を拾って息を掛け、埃がついていないか目視で確認してから食事を再開した。


「九石は研究者だ。だからというのもあるのだが、経済面であまり余裕がない。そこで院長の生島の研究に加担することで入院費などを大目に見てもらっていたらしい。まあ、聞いて分かるようにそれは同時に人質でもある。俺はこのことを伝えることで芽虹の父さんを味方につけようと考えている」


「なるほど。つまり最大の黒幕は生島で、九石は操り人形――つまりデコイでしかなかったってことか。でもさ、もしそれが上手くいったとしても輪廻の僕が死ぬんだ。時間が元に戻れば、九石も生島側にまた戻るんじゃないの?」


 未来の僕はそれは心配しなくていい、と説明を続ける。


「真実が消えようとも事実は消えないんだよ。つまり、輪廻の君たちは殺された真実は消えるけれども死んだという事実は記憶として、事象ではなく他の別の形で残るんだ。だから芽虹は人質も同然だという情報を九石に流す。この時の芽虹は残念ながら謀られた後だ。輪廻の君が泥酔しながらもポケットから暗号が見つかり、その結果院長が怪しいと思ったがそのまま就寝。翌朝――つまり今のことだが、スピカが探偵として別行動を開始するも九石に誘拐され、その後九石に輪廻の君は呼ばれて同じ末路を辿る。僕らはこの後行動を開始する。強力な助っ人を用意したから君は彼らと現場を制圧してくれ。僕は九石に電話するからさ」


「あっ、もしかして僕が、輪廻の僕が気を失う前に誰かと電話しているのを聞いたのは――」


「たぶん、そういうことだろうね。以前の輪廻からはずれてはいるが、僕たちはまだ解脱できていない。まだまだこれからだ」


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