Whatever It Takes - 2
オリヴィアはごくりと息を呑んだ。
──顔を上げ、エドモンドを見つめると、彼の瞳がオリヴィアからの答えを求めているのが分かる。
覚悟を秘めた、毅然とした瞳だった。
そして同時に、深い深い悲しみの海がその中に横たわっている、儚い瞳だ。オリヴィアは何もかもをも脱ぎ捨てて、その海の中に飛び込んでいく自分を想像した。
彼の孤独を癒す自分を。
彼の悲しい過去を覆す自分を。
誰かが彼を助けなければならないのだろう──そして、その誰かとは、多分、自分なのだ。
「お話は分かりました、ノースウッド伯爵」
オリヴィアは言った。「……でも、私があなたの妻になりたいという願いは、変わりません」
エドモンドは首を横に振る。
「いいや、あなたは分かっていない。まったくもって分かっていない。それとも私のことを頭の狂った偏屈だとでも思っているのか、どちらかだ」
「た、たしかに、少し頑固な面があるとは思いますけど……」
オリヴィアが遠慮がちに続けると、エドモンドは少し片眉を上げた。
「狂っているなんて思ったことはありません。きっと、少し慎重すぎるだけなんだわ」
「慎重? 私は家畜のウサギの話をしているんじゃない、オリヴィア。あなたの命の話をしているんだ。これほど悲劇が重なった上に、さらに危険を冒すことが、『慎重すぎる』で片付けられるものか」
「でも、まだ分かりません」
「分かった後では遅い」
「私には、
オリヴィアがきっぱりと言い切ると、エドモンドは信じられないという風な顔でオリヴィアを見つめ返した。今さらだが、彼の彫りの深い顔つきは、真剣な表情になるとえも言われぬ迫力が放たれる。
しかしここで怯んではいけない。
きゅっと拳を握ったオリヴィアは、彼から目を逸らすまいと自分を叱咤しながら、顔を高く上げて言った。
「あなたに愛されることが。あなたと家族を作ることが──私には、命を賭けてみるだけの価値があります」
二人の間に再び沈黙が訪れた。
オリヴィアは本当の気持ちを言ったつもりでいたが、実際言葉にしてみると、急に恐怖心が頭をもたげてくるのも事実だった。
だってオリヴィアは若くて、都会育ちのお嬢さまで、生と死に向き合ったことなどまだ一度もない。
(でも……でも……)
震えてはだめ。
怖がっているそぶりを見せてはだめよ、オリヴィア。
きっとエドモンドは、オリヴィアよりもっと未来を恐れている。
「き、きっと『呪い』も今度は私たちを許してくれます。だって何も悪いことはしてないんだもの」
「賭かっているのが自分の命なら同意できただろう。しかし何度も言うようだが、あなたは分かっていない。絵に描いて説明しなければならないのか? どんな名で呼ぼうと、少なくとも四人の女性が続けて同じ理由で亡くなっているんだ」
「分かっています。でも……でも……」
オリヴィアはエドモンドが納得しそうな理由を必死で思い浮かべようとした。
が──
「止めなさい」
エドモンドはぴしゃりと言い捨てた。
「私はあなたを愛さない──。それで全ては片付く。忠告しよう、マイ・レイディ。求めるべきでないものは求めないでいたほうがいい」
*
失意にさいなまれながら、オリヴィアは静かに寝室を出て、後ろ手に扉を閉めた。
木の扉がパタンと乾いた音を立てて閉じられる。
今までのオリヴィアなら、ここで膝を折って、床に向かって泣き出していたところだろう。しかし、涙はオリヴィアの涙腺をのぼりはしなかった。
(『バレット家の呪い』──)
呼び方はどうでもいい。
とにかく、エドモンドは、また悲劇が繰り返されるのを恐れているのだ。
「兄上は君に、何かを教えたのかな」
急に廊下の先から声がして、オリヴィアはハッと顔を上げて前を見た。
ローナンが廊下の壁に背をもたれてこちらを見ているところだった。オリヴィアは驚きと安心とを同時に感じて、肩を落としながら答える。きっと情けない顔をしているだろうけれど……。
「『バレット家の呪い』について、教えていただきました」
「僕と兄上が異母兄弟なのも?」
「ええ……不思議なものですね。あなた達は双子だと言われても可笑しくないくらい似ているのに」
「同時に
「そうかもしれませんね」
「それで、君はどう思った?」
口調はいつもどおり優しかったが、きっとローナンは真剣だ。
なんとなくそれが分かったから、オリヴィアはきゅっとスカートの裾を掴み、ゆっくりと言葉を選びながら答えた。
「悲しいと思いました。ノースウッド伯爵はとても傷付いた顔をしていて……私の存在がそれを増長しているみたいで、苦しくて……」
それは、無意識に出た台詞だったが、ローナンは的を射たとばかりに頷いた。
「そうだね、義姉上。理由は分かってる?」
「? お母さまやモニカが亡くなったからでしょう?」
「違う。君の存在が兄上の辛さを増長している件について、さ」
「それは──」
オリヴィアは考えながら首を傾げた。「それは、ノースウッド伯爵が……優しいから」
「君のことを好きだから。少なくとも、憎からず思っているから、だろ」
オリヴィアは両目を瞬いた。
──なぜかそういう理論に辿り着かなかった。エドモンドがオリヴィアを好きだなんて、奇跡みたいなもので、そう簡単には起こらないと思い込んでいたからだ。
でも……?
言葉を失ったオリヴィアは呆然と立ち尽くしていた。
ローナンは彼独特の穏かでいて隙のない動きで、数歩、彼女に近付く。
夜間の廊下は薄暗く、使用人や小作人もほとんど引き下がっているのだろう、ひと気はほとんどなかった。
「僕は呪いを信じていない。でも、兄さんがそれを心配する気持ちも、その理由も、よく分かる。だから最初に君に聞かなくちゃいけない──もし逃げたいのなら、逃げていいんだよ」
こんな質問を、他の人間から問いかけられたら、迷ったのかもしれない。
しかし、薄い明かりの下で真剣な顔をしたローナンは本当によくエドモンドに似ていて、まるで彼自身に問い詰められているような気分にさせられた。
オリヴィアの気持ちは先刻と一寸たりとも変わらない。
「私は逃げません。ローナン、できることなら何でもします。私は……彼が好きです」
オリヴィアがきっぱりと言うと、ローナンは小さくうなづいた。
「君の命を賭けることになっても?」
「何を賭けることになっても」
想像以上の答えだったのか、ローナンは少し複雑な顔をしてオリヴィアを見つめていた。
オリヴィアはつい短い笑いを洩らして、愛する男にそっくりな義理の弟を見つめ返しながら、少しのあいだ未来を夢見る──。幸せな二人の未来を。エドモンドとオリヴィアと、バレット家の誰もが一緒に笑っている未来。
そう、それは全てを賭ける価値が十分にあった。
「ローナン、本当のことをいうとね」
オリヴィアは淡く微笑みながら言った。「呪いは私たちには通じないと思います。だって、きっと彼が守ってくれるわ。今日みたいに」
「そうかもしれないし、それは難しいのかもしれない……でも、君が本気なら、僕も君に協力するよ。実を言うと、準備はもう始まっているんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます