第11話 後悔と奇跡

 祖母が運ばれた病院に到着すると、ロビーでユーマが待っていた。ユーマと僕は目を合わせただけで、何も言わずに階段へ向かって駆け出した。

 息を切らして病室に到着すると、祖母が沢山のチューブに繋がれてベッドに寝ていた。振り返れば、椅子に座って母が泣いている……母が泣いているのは何度見ても辛い、ユーマが寄り添ってくれた。

「ばあちゃん……僕の、僕のせいだよね……。心配かけてごめん……僕、強くなるから、二人に心配かけないように強くなるから……」

 それ以上は涙が溢れて何も言う事ができなかった。その時、周りに幾つか置かれた機械達が一斉にアラームを鳴らし始めた。何の機械かは分からないが、大変な事が起きている事だけは分かる。

 僕は急いでナースコールを押した。

 母親が一層大きな声で泣き始めた。

 母が小さく見える……泣いてるだけじゃなく、母にも何かできる事はあるだろうに――そう思った。しかし、母はただ、泣き続けるだけ――こんなにも無力な存在だったのだろうか、僕が三年も抗い続けた母親という存在は……。

 ナースコールに誰かが答える前に、看護士と医師が駆け込んできた。大きな声で祖母の名前を呼びながらテキパキと何やら作業を始める。祖母の脇にいた僕は弾き出され、ドラマのワンシーンの様な状況を呆然と眺めるしかなかった。

 忙しく動いていた医師の手が、切り出した写真のように静止した、それから、看護士の方を見て小さく首を振った。

 僕はそれを見逃さなかった。まさか、こんなにあっけなく……そう思った時、けたたましく鳴り響いていたアラームが止まった。

 全員が言葉を失い、静寂が部屋を満たし切った、その時、母が小さなかすれた声で呟いた。

「目を開けて……お母さん……」

 その声は、僕を含む、この場にいる全員の心にむなしく響くだけだと思われた、しかし、そうではなかった。

 まるで奇跡の様に――祖母が目を開けた。

「信じられない……正常値だ」医師がそう言った。

 正常値……アラームが鳴り止んだのは祖母が亡くなってしまったからだと思い込んでいた僕は、戸惑いの中で、何と言っていいかわからず、何とは無しにユーマを見た。

 ユーマはなぜか目を逸らし、後ろを向いた。泣き顔を見られたくなかったからだろうか。

 看護士達を押し分けて、母はベッド脇へ辿り着き、祖母に抱きついた。


 祖母と母を残し、ユーマと僕は病室を出た。面会時間が終了してしまったので、付き添い者以外は病院を出なければならない。

「とにかく、良かった」僕が笑うとユーマも笑った。

 階段を降りて、薄暗いロビーに出た。丁度照明が落とされたところなのだろう、テレビだけがまだ煌々と辺りを照らしていた。ロビーにいた看護師がリモコンを持ってテレビにかざした時、僕は、ちょっと待ってくださいと、声をかけた。

 テレビのニュースで逃走中の犯人の画像が公開されていた。まゆみをさらった誘拐犯と言うことになっている。よかった、まゆみは被害者側にいるようだ。公開されているのは、僕とは似ても似つかない熊の様な男だった。変身している間には、自分の外見が変わった事を自覚出来ないが、画像には残るという事を初めて知った。

 タカシは熊のような大男だった。雄々しく猛々しい、オス性が際立った……まゆみが好きそうな男性像だ。

 これで、まゆみと会う事は出来なくなった。会えば、僕は逃走犯に変身してしまう。それに、お互いのために会わない方が良いと感じた。理想の相手と出会っても、理想の恋愛が出来るわけではない。それを、嫌と言うほど噛み締めた。


「会ってみようか」

「え? なんだい? 杜夫……」

「リサに会ってみようか、ユーマ……僕はこのままじゃダメらしい。せっかく魔法をかけてもらったのに、うまく使えていないみたいだ……何か、変わるかも知れないよね」

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