第17話 真理
「――でね、どう思う? 付き合い始めたとたんに、彼は髪を伸ばし始めて、茶色に染めて……黒髪短髪じゃないと駄目なんだから! ね、そう思うでしょ?」
アサミ……この女の理想の男性像は、いかんとも理解しがたい。短髪黒髪で、ちょっとぽっちゃり、目的意識がはっきりしていて、ドM……確かに、黒髪には憧れるけれど……目的意識がはっきりしたドМって矛盾しないか? もしかしたら、矛盾するから魔法が発動しなかったのかもしれない……。
「聞いてるの? ほら、ビールおかわり!」
「はいはい、よく飲むね……もうジョッキ五杯目だよ……」
「なによ、悪い? お願いされたから来てあげたんでしょう? 話しを聞きたいというから話してあげているんでしょう? 飲んでというから飲んでるんじゃない!」
「いや、飲んでとは言っていない……いや、なんでもない。ところで、その男には結局ふられちゃったの?」
「そんな訳ないでしょう? だって、私はアサミよ! アサミ! 誰だと思ってんのよぉ、コッチからふってやったのよ、茶髪の男なんかには用はないってね!」
「そう……それにしても外見重視なんだね、人間って中身が大事なんじゃない?」
「中身は外見に出るっていうじゃない? それに、見てもわからない内面なんか、ちょっと付き合ったぐらいでもわからないわよ。だから、見ても無駄。無駄なの」
「確かに、言われて見るとそうかもしれないなぁ」
確かに、言われて見ればそうかもしれない……何千人ものカウンセリングを行ったプロの臨床心理士でも、相手の内面を一見して網羅する事など出来なはしないだろう。ましてや、経験も少ない俺達ぐらいの年齢の奴なら、どうせ見てもわからない、それなら見なくてもいい……なんなら、自分で決めてしまってもいいのかもしれない、この人はこういう人だって勝手に決め付けて付き合って、間違っていればその時始めて認識を改めてもよいのかもしれない。そもそも、人間関係は多かれ少なかれ、そう言う物なんじゃないだろうか……この女、感覚で生きているだけに見えるけれど、案外”真理”って奴をついているのかもしれない……。
「で、アンタはどうなの?」
「え? 俺?」
「さっきから、
「金髪は地毛だって……それに、あんまり騒がしいのは好きじゃないんだ。周りからわいわい言われるのは迷惑だ」
「ふん、そこがすましているって言うのよ。そんなの、怖いだけよ。外見がよすぎるから、中身とのギャップで引かれたらどうしようとでも思っているんじゃない? どうせ、中身なんて大したもんが詰まっているわけじゃないんだから、どんどん晒して行くしかないんだよ、コレ! と思ったら、突っ込んで行って、駄目だと思ったら撤退なのよ……むかつくけど……ああ、むかつく! 茶髪野郎!」
何だか、変な気分だ、こんな女には会った事がない……とても苦手だ、どちらかと言うとキライだ。しかし、ここまではっきり言われると、清々しささえ感じる……とにかく変わった奴だ。
確かに、俺には隠したい事が沢山ある、晒せと言われても晒せない。俺かこの女のどちらが好感を持たれるかと言えば、きっと、このアサミの方なんだろう。ちょっと、うらやましくなってきた。
「そんな訳なんだけど、今回は突っ込んで行かずに撤退しちゃったんだけどね……」
「そ、そうだった、その理由を聞こうと思って話しかけたんだったよ、で、なぜなんだい?」
「――そ、それは……食中毒だったから……」
「食中毒の女がそんなに食ったり飲んだりするかな?」
「もう治った!」
「じゃあ、もう一度行くかい? 杜生の所へ……そろそろバイトも終わりのはずだよ」
「杜生君って言うんだ……で、でも行かない」
「なぜ? もう、食中毒は治ったんだろう?」
「え、え、えぇっと、もう疲れた」
「疲れたぐらいで……」
「もういいじゃない! もういいのよ! ほっといてくれないかなぁ、いいって言ってるんだからいいのよ!」
どうやら、これ以上は話してはくれなさそうだ。しかし、肝心なところは聞けていない。せっかく理想の男に出合ったと言うのに、話しかけない女の心理……もっと、話すのが苦手な、おとなしそうな女の子ならよくわかる。でも、このアサミはそれとは程遠い……これほどの猪突猛進タイプで、現在彼氏無しならばなおの事……あの、
「ちょっと、トイレに行ってくるよ」
「なに? あなたも食中毒」
「いや、大丈夫だよ。お店に迷惑がかかるから、大きな声で食中毒とか言うなよ」
「……ごめんなさい」
(意外と素直に謝るんだな……はあ、だけど何だか疲れた……それにしても、すごいエネルギーだ、変な奴……トイレでしばらく休憩して行こう――それにしても、杜生と話さなかった理由が知りたい……そうだ、ちょっと、実験してやろう)
「あ、杜生か? もうバイト終わったんだろう? 今飲んでるから来ないか? すぐ傍の――」
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