第二章 アサミ

第16話 アサミ

 絵に描いたような理想の男が現れた。

 短髪黒髪で、ちょっとぽっちゃり、マックの店員だが、目からはやる気がみなぎっている。きっと目的に向かって下積み中に違いない。それでも、少し気弱そうな顔を覗かせる彼は、きっとドMだろう。


 しかし、今回はどうしても戸惑ってしまう。もしかしたら、付き合い始めた途端、また痩せ始めて、髪は肩まで伸ばして茶色に染めてしまうかもしれない。


「お客様、どうかなさいましたか?」

「い、いいえ……何でもないんです」


 いつもの調子が出ない。こんなに理想通り、ピッタリな人にはこれまでに出会ったことがない。しかし、食指が伸びない。また、同じ事の繰り返し……この言葉が頭にこびりついて離れない。


 (どうした、アサミ……。いつもの肉食系はどこに行った? こんなチャンス滅多にないのに……)


 だめだ、やっぱりどうにも体がついてこない。そうだ、今日は調子が悪いのだ、お昼に食べたサンドイッチがちょっと酸っぱかった気がする。きっとそのせいだ、早くお家に帰らないと、具合が悪くなってへたばってしまうかもしれない。


(急いで食べ終えて早く帰ろう……)


 ハンバーガーがやたらに熱い、こんなに食べ辛いハンバーガーが他にあっただろうか、いやいや、こんなに急いでハンバーガーを食べようとしたことがなかっただけだ。それとも、やっぱりサンドイッチのせいで食あたりを起こしているせいなんだ。

 はふはふ言いながら、どうにかこうにかあつあつバーガーを食べ終えて、ゴミをパパッと捨てると、ささっと店を出た、すると、急に黒い影が前に立ち塞がった。何だと思って顔をあげると、背の高い金髪の男がこちらを見つめている


(だめだ、金髪はNGだ、足もすらっと長くて、黒い服が嫌味なほど似合っている。きっと、モテ男に違いない。一番ダメなタイプだ)


「お嬢さん、ちょっとよろしいでしょうか」

「ダメです」

「話も聞かずにダメって酷くないですか」

「ダメなものはダメです」

「何がダメなんでしょうか」

「金髪です」

「見た目で人を判断するなんてそれこそ酷くないですか? これは生まれつき何ですよ。身体的特徴を否定するなんて、一番やっちゃダメな事じゃないですか」

「どう言おうと、私の特徴は金髪はダメな女なんです。私の特徴を否定しないでもらえますか? それに、私は食中毒なんです、早く帰らないといけないんです」

「食中毒? そんな風には見えないですけど……」

「私がそう言うからには間違いないんです! 早くそこをどいて下さい。まったく、今日は付いてない。こんなチャラい男にナンパされるは、食中毒になるは、理想の男には声をかけられないわ……」

「そう、それそれ、それを聞きたいんです。なんで、理想の男に出会ったのに、何も話さないで帰るんですか?」

「それが変なんだよね、いつもの私じゃないって言うか……って、知ってるんですか? 私の理想の男性がどんな人なのか……気持ち悪い…… ストーカー?」

 こいつは一体何者なんだろう……チャラい男に余計な時間を随分使ってしまった。でも、それにしたって、なぜ、理想の男性像の事を知っているのだろう。こんなに目立つ男になら、ストーキングされていてもきっとすぐに気が付くに違いないのだけれども。


「ストーカーじゃありません、魔法遣いなんです。俺は魔法で、あのマックの店員をあなたの理想の男性に変身させたんですよ。でも、あなたは見向きもしない……彼は――マックで働いている男は、間違いなく、あなたの理想の男性像でしたよね?」

「え、ええ、まあ……」

「じゃあ、なんで、すぐに帰ろうとするんです? 俺の魔法が通用しない相手はあなたが始めてなんです。是非、詳しく聞かせていただきたい」

 何か変なことになってしまった。しかし、あのマックの店員さんは、これまで出会った中で一番理想に近いタイプだ、小太り具合が絶妙だ。小太りと言ってもいろいろあるけど、あの、ぽちゃぽちゃムニムニ加減は、なかなかお目にかかれるものではない、許されるのならば、今すぐにでもムニムニをマニョマニョしてしまいたい! あながち、この男の言う事は嘘ではないかも……少しぐらいは話しを聞いても良いかも知れない。


「あなたに、彼の良さが分かっているの? でなければ、いくら話しても、あなたには理解できないと思うけど?」

「確かにそうかもしれない……でも、残念ながら、魔法使いには、魔法は効かない仕組みになっていましてね、俺にはあなたの理想像は見えないのです。だからこそ余計に知りたいと、そう言うわけです。俺にはけっして自分の魔法の効果を目にする事は出来ない……だから、不安でもあるんです、答えあわせのない福笑いを続けているようなものなんですよ」

「福笑い? 優君の歌? 私大好きなの!」

「……そうそう」(違うけど)

「高橋優って素敵よね」

「だよね、”きっとこの世界の共通言語は英語じゃなくて笑顔だと思う”ってのが共感を持てるよね」

「そうそう」

「そうなんだよ、でね、俺は君を笑顔にしたいと思っていたんだ(嘘だけど)でも、その答えを俺は知る事が出来ない……だから聞かせて欲しいんだ。君の言葉を、共通語の笑顔にして聞かせて欲しいんだ」


(なんだか急に話し方がぶっきらぼうになったなぁ、でも、本当の事を言っているのかもしれない……さっきまでは、あまりにも丁寧な話し方が、この見た目のせいで際立って、嫌味にしか聞こえなかったけど、意外と悪い奴ではないのかもしれない……なにより、優君ファンに悪い奴はいないはず)


「じゃあ、少しぐらいならいいですよ。その代わりおごってよね。なんだか、まったく食べた気がしないのよ」

「食中毒――いや、いいんだ、ところで名前はなんていうんだい? 俺は伊馬いうま――北司ほうし伊馬いうまっていうんだ」

「私は……”アサミ”よ」

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