第39話 禁断の扉
「おまた……せ……あれ? 一人じゃないんだね、お友達かい?」
「ま……まあ、そうだね、お友達だよ」
「もしかして、アサミさんかな?」
「え……?」
思わず、アサミと顔を合わせた。
アサミは(なんで、この人が私の事知っているのよ!)と声に出さずに口をパクパクさせている。とは言え、杜夫がなぜ、アサミの事を言い当てたのか、俺にも全く見当が付かなかった、確かにアサミの話しはした事があったけれど、まさか、一目見て言い当てられるとは思っていなかったので、うろたえてしまった。
「ユーマが友達だ何て自分から言う人は、アサミさんしか知らないよ。アサミさん、初めまして……でいいよね?」
「え……あ……はい」
「俺は、そんなに友達少なくないぞ。寂しいやつみたいに言うなよ」
「うーん……ごめん」
杜夫は言いたい事を押し殺して謝った風な態度を取った。友達は少なくない。けれど、杜夫に他の友達の話しをした事はなかった。そして、アサミの事を友達だと、杜夫に言った記憶もなかった。
「杜夫……実は、アサミには全部話したんだ、魔法の事」
正直、杜夫がどう言う反応をするのか不安だった。もともと大人しい性格だが、熱くなったときには手が付けられなくなってしまう一面も持っている。そう、あの時、なにも話さずにひきこもってしまった時の様に……。魔法の事は、誰にも話さないと約束はしていなかったが、暗黙のルールという共通認識は感じていた。
「そ、そうなんだ……アサミさん……ごめんね、僕は杜夫なんだ……きっと、アサミさんが知っている杜生とは違うと思うんだけど……」
「え、あ、はい……でも私、まだ、魔法の事信じた訳じゃないんで……」
「そっか……そうだよね、まあ、信じられなくて当然さ、僕だって最初はまったく信じられなかったよ」
「おまっ、杜生はやっぱり信じてなかったんだな! 信じるから話せって言うから話したのに!」
まあ、そうだろうとは思っていたけれど、やっぱり杜生は俺の言う事を信じていなかった。ちょっとショックだけれども、今になって考えれば無理もない。いきなり俺は魔法使いになった、お前に魔法をかけると言われれば、頭がおかしいと思って当然だ。逆に、よく信じるって言えたものだと感心する。
「ごめんごめん、それより、何の話してたんだい? なぜ僕を呼んだの?」
「そ、それは――」
なぜ呼んだのか――それは、思わず呼んでしまった……それは……。
『――自分の事をわかって欲しいって人に、全てをぶちまけて、その人がイウマの味方になってくれたら』
「杜生君――まだ信じてはいないんだけど、魔法は存在するって前提で聞くね」
「え、うん……」
「杜生君は誰からも好かれる魔法をかけられて、どう思った? みんなに好かれるってどんな気分なの?」
「そうだね……初めは、なんてすばらしい魔法だろうって思ったよ。僕の事を好きになる人なんか世界中に一人もいないって思ってたからね……本当にそう思っていたんだ。だから、誰からも好かれるって言う事は、世界がひっくり返るようなものさ、家から出られなくなっていた僕には、特に……うん、やっぱり、ユーマに魔法をかけられていなかったら、まだ、僕はあの部屋に閉じこもっていたんじゃないかと思うよ」
「じゃあ、とっても素晴らしい事だったのね?」
「いや、それは初めのうちだけだった、ほんの二、三週間の事だったと思うよ。その後は、なんて大変な魔法なんだって思った……後悔はしていないよ、ユーマの事も恨んでなんかいない、むしろ、感謝している。でも、気が付いたんだ。好かれているのは僕じゃなく、僕の中に現れた新しい自分なんだ。彼らは僕じゃなく、目の前の相手の為だけに存在する。僕の為に存在する自分はどこにもいなくなってしまうんだ」
「自分の為に存在する自分……」
「そう、自分は自分の為に存在するんだ。僕を幸せにしてくれる人は、僕しかいないって事に気が付いたのは随分後の事……魔法が解けた後だったよ。同じように、僕は他の誰を幸せにする事も出来ない。僕が幸せにできるのは、自分ひとり、そして、自分を幸せにしてくれるのも自分だけなんだよ」
「杜夫君は誰のことも幸せにできないと言うのね? でも、理想の相手に出会ったその人は、幸せだったんじゃないの?」
「それも、初めのうちだけさ。初めのうちは誰もが僕の存在を喜び、好きになってくれる……でもね、みんなだんだん不幸になって行くんだ……僕はそれをただ見ているしかない……」
「みんな?」
「そう、みんな……」
「杜生……そうかな? 杜生のおばあちゃんはきっと幸せだったと思うぞ」
「ユーマ……そうだね、おばあちゃんは杜生の寿命を一年もらって少しだけ長生きできた」
「それだけじゃない、杜生がおじいさんを越えて、男らしくなった事を見届けたんだ。きっと幸せだったさ」
俺が掛けた魔法によって、杜生は沢山苦しんだ。時には命の危険もあったほどだ。その事は俺にとって苦しみでもあった。でも、それでも必要だと思った。何かを変えなければ、何かを得る事は出来ない……そう思ったからだ。だから、俺は杜生の後をつけて、杜生の危険をできるだけ排除した。ずっと、杜生を見ていた。
「ちょっと、ちょっと待ってよ、寿命を一年もらってって何のこと? 魔法をかけると寿命が縮むの?」
しまった、この話はしていなかった。こんな所まで深く話すつもりはなかったし、話してもややこしくなるだけだと思っていたが、こうなってはしょうがない。
「ま、しょうがない。一回魔法をかけると、一年寿命が縮むんだ。三人に魔法をかけたから、もう三年縮んだよ。でも、大丈夫、三年ぐらい長生きできるように健康には気を付けるよ」
「そ、それって……何でそこまでして……」
「僕も聞きたい事があったんだ。僕とおばあちゃんの他に、あと一人、誰に魔法をかけたんだい?」
「それな、えーっと何て名前の子だったっけな? 杜生が道で拾った子だよ」
「有里香か……そうか、あの時……」
「そう、彼女が死にそうになってた時だよ。僕が杜生にかけた魔法で死人を出すわけにはいかないからな。彼女は死に場所を探して彷徨っていた……俺が声をかけなければ、本当に命を絶っていたかもしれない。だから、彼女のお友達をあらかじめ呼び出しておいて、魔法をかけた彼女に対面させたんだ」
「随分込み入った事を……」
「そりゃ、俺だって、もっと簡単にいくと思っていたんだよ、だけど、あのままじゃ、杜生の方がくたばっちまいそうだったからさ、しょうがないだろ」
「じゃあ、本当にユーマは僕の為だけに三年寿命を縮めたんだな……」
言われてみればそうだ、俺は杜生の為だけに三年も寿命を縮めてしまった……言われて初めて気が付いた。でも、そんなに重要な事じゃない。俺にとって重要な事は、元気な杜生が目の前で楽しそうに話している事だ。
「イウマ……あんた、本当に馬鹿だったのね……私、少し勘違いしていたみたいだわ」
「うるさいなぁ、馬鹿って言うなよ、だって……いろいろ、しょうがないんだよ」
「……分ったわ、ねぇ、ちゃんと言った方がいいんじゃない? その為に杜生君を呼び出したんじゃないの?」
――ちゃんと? ちゃんとって何だ?
「イウマ……いいわ、私が言っちゃうね、大事な事だろうけど、私はこう言うのダメなの、言っちゃう人なの、ごめんね、あのさ、杜生君……」
「え? なんだい?」
「イウマはね、あなたの事が好きなのよ、きっと、ずっと前から……。だから、あなたの為には何だってしちゃうのよ。きっと、すごくすごく大切なの」
「――は? え? ユーマが僕を」
俺の心の奥深く……鍵をかけて閉じていた扉が開かれた。その扉はとても繊細で、誰にも中をのぞかせてはいけない禁断の扉――
まさか、会って間もないアサミが鍵がかかっているはずの扉を簡単に開けてしまうなんて……しかし、一度開いた扉からは、多くの感情が溢れだし、もう一度閉じようとしても感情の波の圧力でとても覆い尽くす事は出来なかった。
溢れた感情は、心を飛び出し、心臓を通って心拍数を上げ、動脈を走り抜けて体中に到達する、脳はその機能を麻痺させ、目からはとめどない涙となって噴出した。
「あ……俺……ないてる?」
とても不思議な感覚だった。思えば、前に泣いたのはいつだったのか……覚えていない……あれは? 確か、初めて杜生にあったとき……。
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