第六章 北司伊馬

第38話 自分を晒す魔法

「あ……」

「――よう……久しぶり……」


 一人でぶらぶら夜の街を歩いていて、ふいに立ち寄った居酒屋バーでアサミを見つけた。この前二人で話したのもこの店だった。あれは、いつの事だったか……まだ、杜夫に魔法がかかっていた時だった。そんなには経っていないはずだけれど、随分昔の事のように感じる。

 あれから杜夫はハンバーガー屋のアルバイトを辞めて、その隣のドーナツ屋でアルバイトを始めた。魔法が解けた後、周りの人の反応がどう変わるのかは分からないが、ややこしい事になったら面倒だから辞めることにしたと言っていた。何だか、やって見たい事ができたと、えらく充実しているようだ……俺とは違って。


「あの……さ、報告しないといけないことがあるんだ」

「……座ったら?」

「あ……うん」


 丁度、店員がドリアとフライドポテトを運んできた。テーブルにはチューハイのジョッキがひとつ……どうやら、アサミも一人のようだ。同じチューハイを注文して、俺はアサミの対面に座った。丁度かどの席で、他のテーブルからは死角になっている……とてもいやすい席だ。


「実は、杜夫の事なんだけど……」

「辞めちゃったみたいね、バイト」

「そうなんだ……それもそうなんだけど、伝えたい事は、君が知っている杜夫はもういないって事なんだ」

「……どういうこと?」


 アサミはこの前に話した時とは打って変わって……そう、冷静だ。あの時は食中毒だから具合が悪いだのと大きな声を張り上げていたが、例えるなら、静かな湖畔で夕暮れを眺める一人旅の女……と言った佇まいだ。まあ、ほとんど初対面に近い間柄だから、大人しいのは当然と言えば当然なのかもしれない。


「俺が杜夫に魔法を掛けていたと言ったよね、それが解けたんだ……アサミは信じてないんだよな? 魔法の事……」

「何で呼び捨てよ! あんた、名前なんだっけ?」

「イウマだよ、北司ほうし伊馬いうま

「じゃ、イウマ、私を呼び捨てにスンナ」

「オマエも呼び捨てしてるじゃないか」

「アンタが呼び捨てにするからでしょ!?」

「……まあ、まあいい……」


 どうも、アサミと話していると調子が狂う。と、言うよりも、これまで俺は自分から人に話しかける事はほとんどなかった。興味が湧かなかった。杜夫以外の人間と、こんなに話した事があっただろうか。そうだ、調子が狂うと言うよりも、きっと慣れていないだけなんだ。


「とりあえず、魔法について、説明しよう」


 僕は魔法の内容に付いて話した。そして、その法則に付いても。



一.魔法をかけられたものは、出会った相手の理想の人に変身する。


二.出会った相手の理想の人物像を超えた時に魔法は全て解ける。二度と魔法にかかる事はない。


三.魔法使いになった者には魔法は効かない。



「――と言うわけでね、僕は魔法使いになる事を選択して、杜夫は魔法を掛けられる側を選択したんだ……信じないだろ?」 

「……信じてはいないけど、疑ってもいないわ」

「どう言う事だよ、それ」

「ニュートラルってとこよ、別に、信じても信じなくても何も変わらないでしょ? でも、イウマが魔法は本当だって前提で話すなら、魔法があったならばって前提で聞くわよ」

「うん……それはすごく正しい対応な気がするよ。意外と頭いいんだな?」

「意外は余計……ううん、頭はよくないわよ、そんなに頭使って生きてきた自覚はないな」


 そうだった、アサミは直感の塊のような女だった。はじめは、『金髪はダメ』とか、固定観念の強い女だと思っていたけれど、話していると、急に確信と言うか、真理かもしれないと思えるような印象的な話しをした。例えば……そう、こんな事を言っていた。


『中身は外見に出るっていうじゃない? それに、見てもわからない内面なんか、ちょっと付き合ったぐらいでもわからないわよ。だから、見ても無駄。無駄なの』


 だから、見た目だけに理想を追求している。固定観念と言うより、直感で動いているんだろう。


「とりあえず、魔法はある前提で話しを聞くわ。別にあってもなくても私には損にも特にもならないから、どっちでもいい……それで、杜夫君の魔法が解けたわけね、で、それがなんなの?」

「ああ、だから、杜夫にはもう会えないんだ。魔法が解けた似ても似つかない杜夫にしか会えないんだと……一応報告した方がいいかと思ってね」

「そう……残念……かな? どちらにしても、会いに行くつもりはなかったけどね」

「そう言っていたな、俺には理想の相手に会いに行かない女の心理なんて、全く想像できないけどな」

「じゃあ、イウマならどうするの? 会いに行く?」

「お……俺? 俺の事は別にいいだろ、関係ないし」


 急に反撃に転じられてしまった。確か、この前もこんな展開だった気がする……。


「ふん、相変わらずね。やっぱり怖いんでしょ? 外見がよすぎるから、中身がたいしたことないって知られたくないんでしょ? どうせ、中身なんて大したもんが詰まっているわけじゃないんだから、どんどん晒して行くしかないんだよ、コレ! と思ったら、突っ込んで行って、駄目だと思ったら撤退なのよ……馬鹿じゃないの? この金髪野郎!」

「金髪野郎は言いすぎだろ? だから、これは地毛だって! 外見の文句を言うなよ! いい加減にしろ!」


 思わず大声を出して、はっと我に返った。アサミはにやりと笑ってこちらを見ている……まったく、腹の立つ女だ。


「あら、いい感じじゃない? そうやって、晒して行けばいいのよ、人間味出るわよ、ただでさえマネキンみたいな外見してるんだから」


 そう言うと、アサミは楽しそうに笑った。こんな顔を見せたのは初めてだ。外見の話しをするなと言っているのに、また見た目の話しをする……でも、さっきのように腹は立たない……不思議な女だ。掴みどころがない。


「とにかくさ……あの……話しを戻すぞ」

「そうよ、戻しましょうよ、で、イウマは理想の女がそこにいると思ったら会いに行くの? 行かないの?」


 (う……そうだった、その話しの途中だった、やぶへびだ)


「多分、イウマは行かないんじゃないかと思うわよ、私とおんなじで……。理由は、きっと、自分を見られたくないから、そして、中身を悟られたれたくないから……じゃない?」

「そんなことないよ」

「あら? そうかしら? イウマは一度だって自分を誰かにさらけ出した事がある? 私はいつもよ。いつも晒すの、これでもかってぐらい……それでね、たくさん敵を作るの、だけど、それでも仲良くしてくれる人がいるのよ、ほんの数人だけどね、その人達は、本物だって思うの。本音で付き合える人だって思うのよ。でもね……理想の男性にだけはそれができない……一番の人には一番嫌われたくないでしょ? でも、私には誰にでも自分を晒すって決まりがあるの。そうね、その、杜夫君に掛けられた魔法のルールみたいなもんよ。私には、誰にでも自分をさらけ出してしまうと言う魔法がかかっているの」


 言葉が出なかった。何て言えばいいのか、言葉を捜したけれど、見つからなかった。そうだ、俺は、この前アサミと話した時に気が付いたんだった。俺は杜夫と同じ引きこもりなんだって……心の引きこもりなんだ。けれど、アサミは違う。いつでも、誰とでも戦っているんだ。逃げる事をしないで、正面から向き合うと言う決まりを作った。一体、どんな背景がそこにはあるのだろう。


「アサミは……強いんだな……逃げないんだ」


 話し掛けるというより、つぶやくように言葉が出た。心の声が漏れ出したようで恥ずかしかった。


「ばかね、今、一番の人には会えないって言ったばかりじゃない。逃げてるのよ。逃げてもいいんだって、逃げたい時には。でも、ちょっとでも少なくしたい……その方が結局は自分が得をするんだって思ってるだけなのよ」

「得をする?」

「そう、確かに敵は沢山できるし、辛い事も多いわよ、でもね、それでも味方になってくれる人がいる……そんな人に出会えた時、とっても嬉しいの……辛い事なんか吹き飛んでしまうぐらいにね」

「そうなのか?」

「『そうなのか』って本気で言っているの? 想像してみなよ、うれしいでしょう? イウマが一番自分の事をわかって欲しいって人に、全てをぶちまけて、その人がイウマの味方になってくれたら、嬉しい筈よ」


 杜夫の顔が目に浮かんだそのとき、携帯の着信音が鳴った。俺は何も考えないで返信を送った。


(今から来ないか? すぐ近くの店で飲んでるから――)


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