第33話 ずっと気が付けずに探していたもの

「山崎本部長! なぜ、こんな事を!」


 未菜は、大きな声を聞いて、はっとわれに返った。

 手のひらに食い込んだ、粗いアスファルトが刺さって痛い……いつの間にかしゃがみこんで、手のひらで体重を支えていたのだ。そして、その手元には、心当たりのない、自分を写した写真が散らばっている。美菜は無造作に投げ出された写真に思わず手を伸ばした。


「新井……お前こそ、なぜ未菜と一緒にいる。やっぱり、お前らつきあっていたんだな。しかし、気を付けるんだな。その女はとんでもないアバズレだぞ」


 未菜は手に取った写真をしげしげと見つめた。写っているのは自分で間違い無いが、一緒にいる男性には心当たりがない。写真の中の未菜は男性にぴったり寄り添って、重そうな手荷物を下げている。写真の中の美菜が持っているコンビニ袋から透けて見えるのは、未菜の好きなワインと、ウイスキー――父親が大好きだったと、母親が仏壇に供えていたそれだった。


 未菜は写真を両手に握ったまま、顔を上げた。未菜を見下ろす男性が二人、山崎と新井だ。未菜は初めは事情が良く飲み込めなかったが、山崎の悲しそうな顔を見て、段々と事の次第が掴めてきた。


 どういう訳かは分からないが、自分はある男性を、自分の父親であると勘違いし、この一ヶ月程の間、一緒に過ごしていた。山崎は、それを目撃し、問い正したが、父親であると嘘をつかれたと思い、証拠の写真を用意するまでに追い詰められ、今日、この場に暴漢となって現れたのだ。


 しかし、美菜には分らなかった。死んでしまった父親と間違えるのならば、せめて同年代の男性だったろう、しかし、写真に写っているのは、似ても似つかない若い男――男の子と言っても良いような青年だった。



「お父様はいらっしゃらない様ですね」


 未菜は、新井に自分の部屋までついて来てもらった。

 父親だと思い込んでいた、ずっと一緒にいた青年の正体が何者なのかもわからないので、念のための事だったが、予想に反して部屋の中はがらんとしていて、誰の気配もなかった。

 本当は、少し期待もしていた。もしかしたら、もう一度、父に会えるかもしれないと……。


「未菜さん、もし、必要なら、証言をしますよ。本部長の事……」

「結構です。済んだ事です。それに、もう、お会いする事もないと思います」

「……辞めてしまうんですか? 未菜さんが辞める事はないですよ。僕が協力します。何かあったらなんでも相談してください」

「いいえ……私、きっと見つけたんです……ずっと気が付けずに探していたものを……」


 未菜の目は、自信に満ちていた。


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