第20話 黒々とした不幸の道

「長所は、絶対に嘘はつかない事、短所は、ちょっと融通が聞かないところ、突っ走りすぎて後悔する事が、極たまにあります」


(そう、私、長所より短所の方が一個多いんです。でも、正直に話しましたよ、嘘をつかないの、本当でしょう?)


 面接官は相変わらず、にこやかな笑みを称えている。しかし、メガネの奥の眼光は、身がすくむように鋭い。

 何度も面接に失敗し、もうすぐ二桁に乗るかと思われた履歴書を書き続けるだけの日々の中、やっと漕ぎ着けた面接だったので、どうしても逃したくない――先輩から紹介された会社の面接に行かなかった後悔が頬の肉を引きつらせた。大量生産された履歴書の控えが増える度、表情がこわばっていくのを感じていた。

 化粧品販売員の仕事が、自分に向いているかはわからない、しかし、それは、この目の前にいる、眼光の鋭いオバサマに判断して頂こうと、少々、開き直っていた。他力本願な気もするが、面接とは本来そう言うものだろう。


(でも、採用されたら、私もこの人の様に、髪をきつく縛り上げて、きつそうなタイトをはいて、さらに化粧品会社特有の派手な化粧をしなければならないのかしら――気が重いなぁ)


 私は化粧が嫌いだ。これ迄も化粧っけなどほとんどなく、外見には拘ってこなかった、逆に外見で人を判断する様な事が嫌いなので、自分もできるだけ偽りたくないと言う気持ちが、化粧や服装にあまり気を使わない性格につながっているのかもしれない。

「――ありがとうございました」

 面接は特に問題なく終わった。何の手応えもなく終わったとも言える。ともかく、鉛のように重たい空気が詰まった、死にそうなほど窮屈な空間からは開放された。しかし、体には、まだ、鉛色の空気が纏わり付いている。

(今回もまたダメそうだ)

 まだ結果は出ていないのに、そうとしか考えられない事自体が、実は連続して面接に失敗している原因なのだろうと、自分でも少しは気が付いていた。本当はまだ、就職したくないんだと心の奥の方から聞こえてくる。過去にとらわれていてはいけないと誰もが言う、しかし、過去にすがらないと生きて行けない時もある。

 私の周りに纏わり付いている鉛色の空気は、面接官のせいではなく、自分自身から吹き出されたものなのだろう。

(どうやっても逃れられない――出口なんか見えない……)

 平等に厳しく降り注ぐ太陽の光は、私を貫いて全てを燃やし尽くすかのようだ。

「有里香ちゃん、偶然だね、どこへ行くの?」

 唐突に聞き覚えのある声が飛んできた。目を瞑って太陽に顔を向け、この身を滅ぼして欲しいと懇願していた真っ最中だったのも手伝って、私は動揺して、思わず振り返ってしまった。就職活動中に知り合いに会う事ほど嫌な事はない。

 このまま気が付かないふりをする事も出来たのにと後悔したが、そうもいかない相手だった。何しろ、太一は、子供の頃から相手の都合などお構いなしに質問攻めしてくる癖があるからだ、黙ったまま返事をしなければ、きっと一生くっついて離れない。

(ちょっと……いや、だいぶ頭が悪いんだよ、太一は……。少しは相手の事を考えられるようにならないものか、もう二十歳も過ぎたんだから)

「これから、私、デートなんだよね。お食事に行くの」

「本当に……? 有里香ちゃん彼氏なんかいないでしょ? お母さんが、有里香が、また、こっぴどくふられてずっと泣いているって言ってたよ。嘘でしょ? 嘘なんでしょ?」

「……嘘ではなくて、冗談よ。でも、ご飯食べるのは本当。あっち行ってよ、もう」

(太一には昔からイライラさせられる、どうして幼馴染みがこんなやつなんだろう、世の中、イケメンは何人もいるのに、どうしてウチの近所にはいなかったのだろうか。スタートから私の不幸は始まっている、きっとゴールまで、不幸を塗り固めた黒々とした道が続いているに違いない。その、不吉な黒暗通りの案内人は、それに相応しい愚鈍でガサツな男だ)

「有里香ちゃん、丁度良いから、僕と付き合いなよ。どうせ彼氏いないんだし、夏なんだから、一緒に遊びに行く彼氏は欲しいでしょ? 小さな頃からずっと一緒に育ってきて、お互いの事良く知っているし、そうだ、うんそうだよ、僕と有里香ちゃんは、きっと付き合った方が良いんだよ。そうそう、僕、見たい映画があるんだ、ドタバタコメディみたいな感じなんだけど、ストーリーが良くってさ――」

 太一の言葉が耳に入ってきて、脳がその言葉を理解するより早く、私のこれから先の人生が一瞬にして頭の中を駆け抜けて行った様な気がした。

 黒々とした不幸の道が身体にグルグルと纏わり付いてくるように感じた。

「ちょっと、勘弁してよ、何で私が太一となんか付き合わなきゃいけないのよ、あんたなんか、小さい頃からいっつも泣いてばかりで、私の後ろをくっついて回って、本当に迷惑なのよね。そのくせ言う事だけは一人前で……なに? 付き合ってあげましょうか的なその話し方、バカじゃないの? コメディー映画とか嫌いだし! 悔しかったら、いつまでも私の後ろをくっついて回ってないで、私を追い抜いてみなさいよ。私を不幸の道に連れ込まないで!」





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