第23話 別れの手紙

 もうだめだと思った。このまま二人でいたら、二人ともだめになってしまう。心地良い地獄から抜け出さなくてはならない。どうしたら良いのかわからないけれど、ここから出なくてはならないと本能が叫んでいる。でなければ、私はきっと彼を殺してしまう。誰よりも大好きで、誰よりも大切なこの人を。

 別れを告げる勇気が無い事は知っている、ならばせめて手紙を書こう――久しぶりにペンを握った。泣きながら履歴書を書いたのを思い出した。


――ユキヒコへ

 ユキヒコの事が大好きです。なぜ、出て行くのか、自分でもわからない。ずっと一緒にいたいよ。でもいられないの。一緒にいれた間、とっても幸せだった。ユキヒコは私の理想の人だったよ。ずっと一緒にいてくれて、ずっと優しくしてくれて、いつも私の事を見てくれて、ずっとこの部屋の中で、ずっと二人だけで、このまま消えてしまってもかまわないとさえ思っていたよ。

覚えてる? 始めて会った時の事。私は雨の中、ずぶ濡れで、ボロボロで、きっと触りたくないほど汚れてたよね、今思えばバカみたいだけど、ユキヒコは私の事を優しい目で見てくれてた。あの時、きっと、この人は優しい人だ、きっと私を傷つけたりしないって、何故だか思ったの。そして、本当にユキヒコは優しかった。どこまでも深い海のようだと思った。

でも、もしかしたら、深過ぎたのかもしれない。ユキヒコは、深海の、ずっとずっと深いところにいるのかもしれない。ユキヒコのところまで行くのが怖かったのかもしれない。本当は何だか、よくわからないの。ごめんね。

いつも優しくしてくれたのに、すごく素敵な人だから、私のせいでダメにしたくなかったの。私がユキヒコの事をダメにしちゃうと思ったの。ユキヒコの事大好きだから、出て行きます。今までありがとう。本当に大好きだよ。でも、さようなら。


 部屋の物は好きに使ってください――有里香



 ペンを置くと、なぜだか心が落ち着いた。やり終えた――そう思った。思い残す事はもう何も無い。不思議なほど静かな心のまま、自然と足は玄関へと向かった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る