第30話 サプライズ

「新井さん、あれから、あの案件どうなりました?」

「ああ、神崎さん、食堂に来るなんて、珍しいですね。あれから三週間ぐらいたったかな? まだ、クライアントの返事待ちですよ。時間が無いから、急いで企画を出せといって置きながら、出して見たらだんまりですよ。参りますよ」

「大変ですね、でも、そんなものだとお分かりになっているんでしょう? クライアントの事を悪く言ったりして……壁に耳ありですよ」


 新井は考えていた――そう、壁に耳あり、障子に目あり。この食堂は秘書課一派のテリトリーだ。二人の会話に傍耳を立てている人物がいるに違いない。


「そうですね、気を付けます。最近、なんだか張り切ってます? 誰かが話していましたよ。神崎さんの笑顔に癒されたって」代わりに山崎本部長の調子が悪い事は伝えないで置いた。


「そう行って頂けるとあり難いですね。実は、最近、父と暮らし始めまして、久しぶりなので、ちょっとはしゃいでいるんです」

「お父さんと……そうですか、何かご用事でこちらに出て来られているんですか?」

「用事……と言うわけでもないんですけど……。えぇっと、何しに来たんだったかな?」

「ははは、きっと、神崎さんの事を心配して見に来られたんでしょうね。仲がいいなあ、僕なんて親父と二人暮らしなんて考えられませんよ。神崎さんは、やっぱり、お父さんっ子なんですか?」

「そうですね……でも、いつもべったりしていたと言うわけでは……実家では、母親と二人きりで、父と会う事は無かったですね」

「そうですか、やっぱり、お仕事が忙しくて、家を空けられる事が多いんでしょうね。うちもそうでしたよ」

「仕事……父の仕事は……確か、貿易関係だったと……」

「貿易ですか、それなら海外へのご出張も多いでしょうね」

「そ、そうなんです、遠い外国へ……行ってしまったと……でも、この前、突然現れて……」

「サプライズですか……。じゃあ、この辺で、そろそろ行かないといけないので……」

「あ、はい、私も行かなければ……じゃあ、また……」


 新井は神崎未菜の様子がおかしいと感じていた。父親の話を不自然に感じたからだ。とても仲のいい様子だが、父親の情報がたどたどしい、この歳になって、父親の仕事を知らないわけがない。もしかすると、事情があって、一緒に住んでいなかったのかもしれない――新井はそんな印象を受けたが、それ以上詮索するのは失礼だと思い、詳しい事は何も聞かなかった。

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