第五夜:死神と呼ばれた少女
28 三鬼同盟
十三真祖達の本拠地である古城は、かつてこの地を治めていた領主が、その晩年を過ごした『終の棲家』としての意味合いが強い建物であった。
それ故防衛には向かず、内装も古臭い。
だが第十一真祖のグレゴリー・ピスケス・リッチモンドは「これこそ
だからこそ現在はこの古城が真祖達の拠点となっているが、実際は半数以上のメンバーが居住していない。それぞれが好き勝手な場所に居を構え、古城を訪れるのは定例会議の時だけだ。
それ故、『異常』とも言って良い状況なのだ。今この時、定例会議の時期でもないのに、十三真祖全員が古城を訪れるなど。
「……まさかあの跳ねっ返り娘が、誰よりも先にグレゴリーの仇討ちに向かうとはな」
白髪と白ヒゲが特徴の老侍が、感慨深そうに呟く。会議の時はいつもルリリカと対立していた座頭院・サジタリウス・左衛門玄山。
しかしベッドに横たわる衰弱したルリリカを見つめる彼の赤い瞳には、いつものような激情は存在しない。
「……容態はどうかしら?」
そこへ、開け放たれていた部屋の扉をノックし、赤きドレスに身を纏った貴婦人が入室してくる。妖艶なる美しさを持つ彼女も、今日ばかりはルリリカを煽りに来たわけではない。
「今は安定しているよマダム・スカーレット。僕が駆け付けた時には危うく殺されかける所だったけど、輸血を続ければじきに回復するさ」
ベッド脇の椅子に腰掛け、ルリリカの私物であるウサギのぬいぐるみを抱えるウラド。
部屋全体を甘ったるく包むような、ファンシーな家具や人形がギュウギュウに詰め込まれた、そんなルリリカの私室において。ヴラドの見つめる輸血パックだけが不似合いな朱を差していた。
「……お見舞いにリンゴ持ってきたけど、まだ食べられるような状態じゃないみたいね。ヴラド公、貴方食べる?」
「ありがとう。でも僕はいいよ。フォグ・バロンにでもあげてくれ」
「それは僥倖。私、リンゴは大好物ですから」
その発言で、他にも入室者がいた事にマダム・スカーレットは気付く。
同じく赤いコートを着込んだ、見目麗しい西洋人。
その姿は目立つはずなのに、今の今まで知覚できなかった。五感が人間の数十倍も優れた吸血鬼にすら、存在を気取らせない男。それが『霧の男爵』。
「まったく不気味な人だわ」と、表情を崩さず紅の貴婦人は苦々しく思った。
「……さてさてさてそれで、それではそれでは提言しますよこの『霧の男爵』が。どうしましょうかヴァン・ヴァルゴ・ヴラド公。我らが第一真祖よ。既に同胞が二名も敗れ、流血鬼の活躍はこの世界でも目覚しい。今の我々はまさに絶滅危惧種。レッドリスト入りです。しかし保護してくれる者も動物公園に匿ってくれる者もいない。あぁ残念です。まったくもって残念で嘆かわしい。とてもとても胸が痛みますよ。今後の私達は――」
「どうもしない」
大仰な身振りで長台詞の芝居を見せる霧の男爵に、ヴラドは短く返答する。この言葉は静かで、簡潔だったが、有無を言わせない力も秘めていた。
「……そうですか。ならばそうしましょう。それが良いでしょう。他の方々にも、私から伝えておきます」
自分の言葉が遮られたことに不快感を示すこともなく、フォグ・バロンの肉体はその場で霧となって消える。
霧の男爵が扉を開閉することもなく退室したことによって、ルリリカの部屋は途端に静寂に包まれた。
「……ヴラド殿の言うように、逸って行動を起こすのは得策ではないだろな。独断先行は控え、全員が一丸となって対策を考えるべきだ」
「ま、現状はそんなところかしらね。じゃあ、私も失礼するわ」
「………………」
そうして座頭院もマダム・スカーレットも、部屋を後にする。
それでも尚、ウラドだけは一人、ルリリカの傍を離れなかった。
その表情を覗き見ることは、例え同じ十三真祖であっても、恐ろしくて出来ることではなかった。
***
「一人殺せばひっとごろーしー♪ 二人殺せばふたごろーしー♪ 三人殺してさんごろしー♪ たーくさん殺すよ皆殺しー♪ そーれだけ殺して人~で~な~し~♪」
赤い月が照らす夜に、青年のご機嫌な歌声が響く。
紺色のテンガロンハットに長いコート。一見すれば人畜無害そうな顔立ちだったが、両手を鮮血に染め、自らが作り出した死体の山の上で歌っている姿を見れば、誰しもがこの青年――『殴殺蓮華』の異常性に震えるだろう。
「……後輩が死んだばかりだというのに、悲しむ素振りすらないのだな。流石は名高い『殴殺鬼』といったところか」
「さ?」
そんな殴殺鬼に、語りかける声が。
殴殺蓮華は頭上を見上げる。そこには変わらず赤いセカンドムーンが――いや、世界に暗黒をもたらす月が、グニャリグニャリと歪み出す。
しかしてそれは実際に月が変形しているわけでなく。蓮華の見つめる先の『空間』が、声の主の力によって捻じ曲げられているのだった。
「おやおやコレは。『チャンネルメーカー』さんじゃないさね。ご無沙汰してるさ」
歪んだ空間から現れたのは、下半身のない白い霊体。
痩せこけた細長い腕が神官服の上からでも分かり、しかしその素顔は隠している。純白の、口も目も鼻もない皿のような仮面によって。
現れた自分以外の化け物。
「……ところで『後輩』って誰のことさね?」
「……『斬殺水仙』だ。お前と一緒に魔導機甲兵団の本部を襲撃した……」
「あー、あー。そんな子もいたさねそう言えば。……でも結局殺されてしまったさ。セカンドムーン出現以降に殺人鬼になったような新米連中は、ハシャギ過ぎて自滅するパターンも多いからダメさね。ダメダメさ。殺人鬼界隈の未来も暗いさねー」
テンガロンハットに付いた汚れを叩き落としながら呟く蓮華に、幽鬼のチャンネルメーカーはため息の出る思いだった。
「……『未来』になど微塵も興味のないお前が、何を言っているのか……」
「別に『嘘』は言ってないさ。僕なりに憂いてはいるんさよ。最近は化け物が増えすぎさ。まるで人間を獲り合うように殺し回っていたら、楽しみが枯渇してしまうさ」
死体の山の上に座している状態で言っても、説得力など皆無だ。
しかしそこを指摘しても無意味であることを知っているチャンネルメーカーは、殴殺鬼の元を訪れた理由――『本題』へと話を進める。
「枯渇するかどうか、その事について話があるという『客』を連れてきた」
「客……?」
チャンネルメーカーが親指で指し示した方向。そちらに視線を向けると、一匹の吸血鬼の姿があった。
その姿を認識した瞬間、殴殺蓮華は思わず喉の奥から笑い声を漏らしてしまった。
「いやはや、本当に……。飽きさせてくれないさねぇ……。『
今だ尽きることのない『楽しき未来』に胸を膨らませ、殴殺蓮華は危機として死体の山から腰を上げた。
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