33 罪の居場所

 長い月日が流れたかのようだった。

 全てが始まったあの日から、あるいは目の前の状況へと繋がる出来事から。


 魔導機甲兵団第四支部、その集中治療室。

 ガラスを隔てた先にいるのは、全身に火傷を負い、知らぬ人間が見たら誰だか分からないほどの包帯を巻かれた少年――夏目三四郎が横たわっている。

 小さき勇者の身体からは、彼を生かすための無数の管が伸びていた。


「……お前らまだ居たのか」


 治療室から出てきたブラム・ヘルシング教官の顔は、相変わらず生気を感じさせないほど疲れていた。無精髭も伸び、白衣はくたびれている。

 だがそれでも、『生徒』達よりはまだ気力を保っている方だった。


 三四郎と旧知の仲であるアリスは、舞姫の胸の中で泣いている。

 エイジと踊子は無力感に表情を強張らせ、そして――。

 幽鬼ゴーストの『チャンネルメーカー』によって支部へと転送された坂之上雲は、拳を震わせて病室を睨んでいた。


「……夏目は生きてる。全身火傷で、完全に復帰するまでは時間がかかるが……少なくとも、一命を取り留めたのは事実だ。……それが『殺人鬼』のおかげでもな」


 支部周辺の哨戒任務中に、坂之上雲と夏目三四郎が遭遇した『鬼』達。

 グールを引き連れてきた彼らは、坂之上だけを逃がした。そして残った三四郎は立ち向かい、相打ち覚悟の炎を全身に灯した。

 それを救ったのは、他ならぬ殴殺鬼――殴殺蓮華であった。

 消火するだけなく、火傷を負った三四郎を支部へと送り届けた。そして「すぐに治療するように」と伝え。


「殺人鬼の習性からすれば、不自然な事でもねぇ。殴殺以外の方法で殺すのは信条に反するからだ。そういう意味では、不幸中の幸いだった」

「……んで、『幸い中の不幸』をこれからどうするんすかね」


 半ば吐き捨てるように、エイジは教官に問う。

 三四郎が生きていたのは幸運。だがその結果、三四郎を送り届けた殴殺鬼は支部の眼前まで迫り――周囲をグールの軍勢に包囲される事となってしまった。

 吸血鬼の座頭院、殴殺鬼、そして幽鬼のチャンネルメーカー。三鬼とグールを相手取るのは、不幸を通り越して絶望と呼べる状況だった。


「……籠城しても破られるだろうな。かと言って討って出ようにも、兵力も武具も士気も何もかもが足りねえ。ルリリカ・カプリコン・バートリーの襲撃で人が死にすぎた」

「じゃあ……」


 舞姫の不安そうな声の中には既に、『答え』は導かれたいた。ただ、その恐ろしい答え合わせをするには、誰もかれも心が弱っていた。


「……遅かれ早かれ全滅。俺達だけの話じゃねぇ。1年前にこの世界に太陽が訪れなくなった時から、いつか全員がこうなる運命だったのかもしれねぇな」


 全滅、もしくは壊滅は必至。

 仮に今この状況を乗り切ったとしても、またいつかは闇夜の住人が大挙して押し寄せてくる。

 人類の生き延びる道など、最初から無かったのだろう。

 ヘルシング教官は直接的な表現は避けたものの、その『敗北』や『絶滅』の想いが、言外に滲み出ていた。


「――諦めるのはまだ早いですわ」


 そこへ。金髪ロールの髪をなびかせ。川端踊子の言葉が、重苦しい空気を断ち切った。


「確かに状況は圧倒的に不利です。しかしここがワタクシ達の墓場と決まったわけではありません。……策はあります。犠牲は避けられませんが……」


 踊子が生存のための作戦を説明しようとする。

 だが。坂之上は――その場から離れるように、踊子達に背を向けた。


「待てや」


 エイジの鋭い声が飛ぶ。

 しかし足を止めることはあっても、振り返りはしなかった。


「どこ行くんだよ」

「………………」

「まさかテメエ、一人で何とかしようとか考えちゃいねーだろうな」

「……それは」

「三四郎がああなったのも、支部が囲まれたのも、誰か一人の責任じゃねぇ。三四郎は魔導機甲兵としての任務に、使命に従っただけだ。……テメエも兵士なら、もう勝手な単独行動は許されない事くらい、いい加減分かんだろ」

「……『誰か一人の責任じゃない』、だと……?」


 エイジの方を振り向く。そして大股で歩み寄ると、エイジの胸倉を掴んだ。


「全部俺のせいだろうが……! この世界にセカンドムーンを出現させたのも、十三真祖が現れたのも、この状況を招いたのも!! 全部、全部全部!! 俺のせいなのに!!!」


 悲痛なる叫びが通路に届く。

 だがエイジは眼光鋭い目つきを更につり上げ、黒い学ランを掴み返した。


「テメエの事情なんか知ったこっちゃねぇんだよ……! そう思うんなら尚更、テメエはテメエの役目を果たせよ魔導機甲兵!」

「ッ……!」


 それは、かつての日に坂之上がエイジに向けた言葉だった。


 問題とするのは「これまでどうして来たか」ではなく、「これからどうるのか」という事。ただそれのみ。

 一切のブレがない瞳で語り掛けるエイジに、その視線に――坂之上は手を放して離れ、再び背を向けて歩いて行った。


「……貴方のせいじゃないわ、坂之上君」


 去り際。アリスを慰める舞姫の横を通り過ぎる時。

 舞姫はとても小さな声で、呟いた。


「……きっと全部、私のせいだから……」

「……?」


 それは坂之上に対する安い慰めでもなく。

 本当に己の責を懺悔するような、罪人の独白に似た言葉だった。

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