24 岩盤の吸血鬼

「状況を! どなたか、戦況報告を!!」


 恐怖と鼓舞の喧騒うずまく支部内に、川端踊子の声は響く。しかしその煌びやかな大声は、誰の耳にも届いてはいなかった。


 就寝というこの世界最後の安息から引き摺り出され、成熟しきっていない新兵達は涙を流し。

 背が伸び始めた青年期の訓練兵達は、各々の魔導機甲の起動確認をしている。

 大人達はせわしなく通路を走り、何事かを怒鳴り声で言い合っている。

 そして、支部の幹部や隊長格といった上の年代達は、その姿を見せない。

 現場を指揮しているのかあるいは避難したか、もしくはもう既にこの場から逃走したか。


 どうでも良い。踊子の目的はただ一つ。『託す』こと。自分では扱えない魔導機甲を、それでも最強を自負する新開発の武器を、誰かに託すため叫んでいた。


「武器ならココにありますわ! 吸血鬼にだって対抗できるはず! どなたか、ワタクシの魔導機……」

「邪魔だ!!」

「きゃあっ!」


 武器も持たない兵士達と、正面からぶつかり倒れる。

 急ぎ足の彼らが去った方向は、敵襲のあった正門の方ではない。支部の裏口だ。必死の形相を浮かべ、おそらく逃走兵なのだろう。


 見れば周囲は、逃げる逃げないだの、逃げればここで斬り捨てるだの、指示系統すらマトモに機能していないような様相を呈していた。

 こんな状況下で、誰が踊子の武器を手に取るのか。そもそも戦うことすらできるのか。

 本部崩壊から積み重なってきた不安感は、ここへ来て地獄絵図という形で具象化された。


 それでも踊子は立ち上がり、吸血鬼を討たんとする勇敢な者を募ろうと――。


「――夏目君はアリスさんの所にいてあげて! どのみちそのドリルアームじゃ、貴方の爆裂系魔力は意味を為さない……!」

「う、うん……! 舞姫さんもエイジ君も、気を付けてね……! 坂之上君にもよろしく伝えておいて!」

「つーかあのメガネ野郎は何してんだよこんな時によォ! ノンキに寝てんのか!? 兵士になったんだから働けや!」

「何度も彼の部屋には呼びかけたわよ! でも開かなくて……! 支部のどこかにいると思うんだけど……!」


 彼らは。坂之上雲と共にいる、支部内の有名人達。

 混迷するこの場において彼らがだけが、踊子にはどうしてか冷静に見えた。

 それは本部を崩壊させた殺人鬼や、幽鬼といった化け物と出遭い、そして生き残ったが故の肝の据わり方だった。

 詳細を知らない踊子でも、彼らだけは浮き足だっていないことを理解できた。


「お、お待ち下さい!」

「川端さん……」


 呼び止められた舞姫は不思議そうな表情を浮かべ、対してエイジは何とも不愉快そうな顔をしていた。


「……『オドリルコ』が何の用だよ。今はテメーのドリル談義に付き合ってるヒマはねぇ」

「そうではありませんわ……! ワタクシはただ、皆様のお力になりたくて……! ワタクシの開発した魔導機甲なら、きっと通用する! 皆様の身を守る! 性能は保証します! だから、どうか――」

「要らねぇって言ってんだろ」


 気遣いで包み隠すこともない、エイジのナイフのような言葉が。踊子の胸に、深く突き刺さる。


「ちょっと、エイジ……!」

「俺らには俺らの魔導機甲がある。テメーの作った武器の性能なんざ知ったこっちゃねぇ。今までだってそうさ、誰もお前の話やお前の作るドリルになんか、これっぽっちも興味なかったんだよ」

「エイジ君、言いすぎだよ!」

「――俺達はただ、だけを聞きたかったんだよ」

「……!」


 驚いた踊子は、涙で滲む瞳をエイジに向ける。


「兵士なら、魔導機甲兵なら戦えよ。名家の娘だろうがあるいは孤児だろうが、身体が強かろうが虚弱だろうが関係ねぇ。武器を持てるなら戦え。できないなら武器の開発でも資金援助でもメシを作るでも、テメーにできる戦いをやれよ。ここでは皆そうやってる。前線で死ぬ兵士も食堂で鍋かき混ぜてるオバチャンも、皆黙ってそれぞれの『戦い』を必死にやってんだよ。お前は何だよ。三四郎の時みたいに持ち主の魔力特性や体格も考えず、ドリルドリルドリルばっかでよォ。……聞いて欲しいなら態度で示せ。行動で俺達に聞かせろ! 死んでねぇなら、生き残るために戦い続けろ。どんなことでもな」


 雑音すら消してしまったかのように、踊子も舞姫も三四郎も、エイジの言葉だけを聞き取っていた。

 そしてエイジは一息にそれらを言い切ると、また正門の方に向かって歩き出した。


「……行くぜ舞姫。それから三四郎、もしあのアホメガネを見かけたら、ケツを蹴り上げてすぐコッチに来るよう伝えろ」


 三四郎と別れ、エイジはチェーンソーと日本刀を装備し死地へと向かう。

 そんな彼から、そして横に並び立つ舞姫の背中からも、無言の決意が滲み出ていた。


***


 その日。数多の化け物と対峙してきた歴戦のヘルシング教官は、ヴァンパイアハンターとしての生活の中で初めて――戦闘中に言葉を失った。


「……な、ん……」

「――理解できないかしら?」


 舞い上がる土煙。ヘルシング教官が撃ち出した究極奥義は、確かにルリリカに命中したはず。

 しかし。それなのに。土埃が風に舞い上がり消えた後には、無傷のルリリカがそこに立っていた。

 『シュテルネンリヒト・シュトルムヴォック星明かりの破城槍』は、魔導機甲にも劣らない破壊力と魔力を誇る。この技を喰らって生き残った吸血鬼は、今までいなかった。

 だが現実として、ルリリカは生きている。仕留め切れていない。それどころか、ダメージにすらなっていない。


「恐怖で脳が思考を止めていないようなら、教えてあげるわ。……安心なさい、アンタの技は弱くない。大したモンよ。実際、十三真祖アタシらの中でもマトモに喰らったら大概の奴が貫かれると思うわ」


 何かが、氷結するような音がする。

 ヘルシング教官は、『恐怖』を覚えた。数多の怪物、吸血鬼と戦ってきて。恐れがなかったわけではない。それでも、目の前の光景を認識して。ある一つの事実を想像してしまったのだから。


 頭部以外の全身を、血液で包むルリリカ。その姿は真紅のドレスのようで、少女の可憐さと妖しい美しさが同居していた。


「……でも残念だったわね。アタシの『鉄血の甲冑』は、十三真祖の中でも最大の硬度を誇るの。付いた異名は『岩盤』。でも個人的には可愛くないと思うし、岩盤よりも硬いと思ってるわ。……星の『核』を覆う外殻やマントル……。この世界の技術で、それらを貫くことが、できるのかしら?」


 『最硬の吸血鬼』。最強の盾で身を包む、ルリリカ・カプリコン・バートリー。


 そんな相手を、どうやって倒せと言うのか。

 あまりにも反則じみた強さを前に、ヘルシング教官は思わず疲れた笑みを浮かべてしまった。もう、笑うしかない。自分が死ぬ程度ならまだ覚悟できるが、この相手は、この吸血鬼という存在は、それだけでは済ませてくれない。

 誰も討ち破れない。誰も勝てない。それはつまり。


「いや……そんなん……人類滅ぶじゃねーか……」

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