8 アルカルド ーAlucardー
「エイジ! 三四郎君!」
「舞姫……!?」
「舞姫さん!」
全員の注目がメガネ男子に集まる中、白い軍服を着た少女が坂之上の後方から駆けてくる。
その姿にエイジは驚き、三四郎は安堵の息を漏らした。
しかし。殺人鬼を前にして、一瞬たりとも視線を外すのは自殺行為。
で、あるはずだった。
「オイオイ何だよ! 威勢イイのが、まだ残ってんじゃーん!!」
斬殺鬼は既にエイジへの興味を失くし、嬉々として膨大な殺意を坂之上へと向けていた。
「待ちやが……!」
エイジの脇を、斬殺水仙は煙のようにすり抜ける。
実体があるはずなのにスルリと駆け抜けた異様な体重移動に、エイジは心底肝が冷えた。この挙動だけで分かる。金髪にスーツという風体からは想像し難いが、相当な剣の手練。達人の領域だろう。
最初から、敵うハズのない存在だったのだ。ターゲットが外れ、命拾いしたのはエイジの方だった。
そんな剣鬼の斬殺水仙が、猛スピードで駆ける。そして月明かりに怪しく光る妖刀で、坂之上の首を狙う。
「午後の部最初の
――十字架が、光を放つ。
「! 待つんさ! スイセン!!」
即座に反応し、制止を促す殴殺蓮華。
しかし、振り上げた刀と共に高くジャンプした水仙は、斬殺行動を止めることはない。
「『ミノタウロスの十字架』!!!」
ネックレスかと思われていたロザリオが、眩い光線と共に巨大な十字架へと成る。
長棒の先が展開し、飛び掛ってきた斬殺鬼の胴体を掴んだ。
そして日本刀が己の首に届くより速く、坂之上は魔力を杭として撃ち出す。
「パイルバンカーッ!!!」
斬殺水仙の心臓を、光の杭が貫く。
刺又状態で挟まれていたにも関わらず、衝撃で斬殺鬼の身体は遥か後方まで吹き飛んでいった。そしてまだ健在であった別塔に、外壁をぶち破りながら水仙は突っ込んでいった。
遠くで舞い上がる煙を見つめながら、坂之上はフン、とつまらなそうに鼻を鳴らしてからメガネを指で押し上げた。
「つ、つよ……」
太陽光を放つ十字架。そしてエンジン音と排気ガス。見たこともない魔導機甲と、
それらを目の当たりにして、三四郎は短い感想を搾り出すのがやっとであった。
そんな折。ふと、乾いた拍手の音が鳴り響く。
人間である少年少女達は音のする方を向く。そこでは、ただ一人の怪物が――殴殺蓮華が、パチパチと手を叩いていた。
「いやァ……素晴らしいさ。こんな場面に巡り合えるなんて、殺人鬼として過ごしてきた日々でも、初めてのことさ」
「次はお前だ化け物。殺人鬼だか吸血鬼だか知らないが、人間を殺す化け物は俺が全員殺す」
坂之上の強い言葉と目つきを浴びせられ。それでもテンガロンハットの殴殺鬼は、楽しげに笑ってばかりいた。たった今、後輩の斬殺水仙が討たれたばかりだというのに。
「殺人鬼の殴殺蓮華さ。ボクを殺す前にメガネマフラー君、キミの名前を教えてくれないさね?」
「……坂之上雲だ」
「坂の上の雲クンさね。良い名前さ。……坂之上クン。キミは、いわゆる『アルカルド』さね?」
「アルカルド……?」
聞き慣れない単語に、警戒心を放ちつつ問う。
「アーカード、アルカードとも呼ばれるさ。『世界が暗黒の時代に落ち、数多の怪物が蔓延る時。化け物殺しの化け物が、全ての闇を喰い尽くす』。……古い伝承さね。人外の存在である殺人鬼の心臓に杭を撃ち込むなんて、アルカルドくらいじゃないとできない芸当さ」
「……この世界の言い伝えなど知りもしないし興味もないが、俺はただの人間だ。流血鬼だのアルカルドだの、勝手な名前で呼ぶな。俺は、坂之上雲だ……!」
十字架を構え、再び光を放つ。もう一度、パイルバンカーを放って眼前の殴殺鬼も殺す。
しかしそんな坂之上の戦意を嘲笑うように、殴殺蓮華は絶え間なく笑みを浮かべていた。
「……でも確かに、キミはアルカルドにしては詰めが甘いようさね」
「!?」
化け物すら殺す者を前にして。殴殺蓮華がこれほど余裕でいるのは、理由があった。
それは先程、『後輩』が吹き飛ばされていった方向にあった。瓦礫を押しのけ、立ち上がる金髪の男。心臓には未だ光り輝く杭が刺さっているが、構うことなく両足で直立している。
「あー
坂之上はこの時、驚くように目を見開いていた。パイルバンカーの一撃を喰らって、心臓に杭を撃ち込まれておきながら、平然と立っていることができるなど。
「具合はどうさねスイセンクーン?」
後輩の方へ振り向いて、気軽そうに問いかける殴殺鬼。
それに返答するように、斬殺鬼は心臓から光の杭を抜き取った。素手が焼けることも構わず杭を握り、地面に捨てて踏み砕く。
「心臓に穴が空いちゃいましたよセンパーイ。こんなに心がぽっかりするのは、初恋の子にフラれた時以来っすわ」
「……でも、坂之上クンの魔力はキミを消滅させなかった」
「太陽光属性なんてヤベェ魔力、吸血鬼とかが喰らったら即死でしょうけどね。俺らみたいな『頑丈さ』くらいしか取り得のない連中には、もうちょいたくさん流し込んでくれないとなー」
あっけからんとしている斬殺水仙。
一部始終を目撃していた舞姫は、もっと早く坂之上に情報を伝えるべきだと反省していた。しかしそのタイミングもなかった。雪山を下りて来てから本部に近づくにつれ、『人間の気配がする』と彼は先走ってしまったのだから。
「ダメよ坂之上君! 殺人鬼はヴァンパイアとは違う……! 太陽光や心臓への杭は決定打になりにくい! 大量の魔力を、一気に体内へ注ぎ込まないと……!」
ふむ、と坂之上は静かに得心する。吸血鬼という存在を殺すことに関しては専門家とも呼べるが、『在来種』である殺人鬼――この世界の化け物に関しては無知であった。
しかし基本的な部分は変わらない。機械の力で傷を付け、今度はもっと凝縮された魔力を流すだけ。
吸血鬼には有効だが、もう意味がないと知り、坂之上は十字架の輝きを消す。ただ光らせるだけでも、無駄な太陽光魔力を消費していたのだから。
「アドバイスありがとう森さん。では次こそは、連中を撃滅……」
「おっとォ! そうもいかないぜアルカルド君よォ!」
胸に穴を空けたまま斬殺水仙は高らかに笑う。その理由は、彼の背後にあった。
エイジだけは既に、戦況が著しく悪化したのに気付いていた。坂之上と名乗ったあの黒服が、斬殺鬼を吹き飛ばした方向。瓦礫と土煙の向こうでは、傷つき疲弊した『仲間達』が絶望の表情を浮かべていた。
坂之上がパイルバンカーで激突させたのは、魔導機甲兵団別塔。その救護室の壁を、斬殺水仙の身体はぶち抜いたのだ。
「ここにゃケガ人がたくさんいるぜー? 弱った魚をサバくのは趣味じゃねーが……。このままで良いのかなぁ? ダサ眼鏡マフラー君よぉ?」
「……あぁ?」
坂之上が十字架を持ち上げる。その顔は今までになく殺気に満ちていた。有り体に言えば、眼鏡を馬鹿にされてキレている。
しかし魔導機甲訓練兵の仲間達が、人質になっている状態で。もはや迂闊な行動ができなくなったことを悟った舞姫は、必死に坂之上の腕を掴んで落ち着かせようとしていた。
エイジも三四郎も、武力で敵わない殺人鬼に更に人質まで取られ。全く身動きできずに苦渋の表情を浮かべていた。
「なんかイイ感じの展開になってきましたねセンパーイ? こっからどうしますー?」
「そうさねぇ……おや?」
圧倒的有利を獲得した状態で。殴殺蓮華は、後輩の背後にいる負傷兵達の姿を見た。正確には、『彼らを治療する者』を見て。
白軍服の上に、更に白衣を着ている男。その顔を見て、殴殺蓮華は子供のような笑みを浮かべた。最高に面白い遊びを思いついた、無邪気な邪鬼の顔だった。
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