第三夜:俺とお前のロケットパンチ

12 十三真祖会議

 ロウソクが薄暗く照らす室内。

 豪華絢爛な装飾も、絵画も、シャンデリアも、その姿を現出させるための充分な『光』が無ければ意味をなさない。

 しかしそれは、あくまで『人間の瞳』に限って言えばの話だ。


 赤い絨毯の上に置かれた、純白の円卓。それはまるで、人骨で作られたかのような清らかさと滑らかさを誇っていた。

 その円卓に並ぶ、13のワイングラス。

 それぞれに真紅の液体が並々と注がれ、蝋燭の火が揺らめく度にその水面は表情を変える。

 ワイングラスの液体に映し出される景色を見つめながら、『彼ら』はじっと座っていた。身動きもせずに。まるで何かを待っているかのように。

 だが円卓の椅子には欠席があった。それも二人分。

 そんな中で痺れを切らした者が一人、深く被っていた黒フードを脱いで顔を見せる。


「……グレゴリーが来ていないようだな」


 着席している中でも、最大の体躯を誇る男。しかしてその素顔は老人であった。長い白髪に白ひげ

 だが、黒いマントを脱いで露わになった和服の上からでも分かる筋骨隆々とした上半身と、真っ赤な眼光がただ者ではないことを窺わせる。

 その表情は、老いぼれと呼ぶにはあまりにも威圧感に満ちていた。


「吸血鬼の誇りを誰よりも重んじるあの男が、定例会議に遅刻するなど考えられん。何か聞いていないか、『ヴラド殿』」


 老人は視線を左隣に向けつつ問う。

 円卓に立てかけられた日本刀の、更にその先。老人の隣席には、金髪の少年が座っていた。


「右に曲がりまーす。ぶー、ぶっぶー。この先は約10kmに渡って渋滞でーす。ぶっぶー」

「………………」


 『ヴラド殿』はワイングラスを信号機に見立て、車の玩具で遊んでいる。

 どこにでもいる少年に見えるが、黒いマントに赤い瞳を備え、何よりが彼の異常性をハッキリと提示していた。


「どうせ、人間にでも狩られたんじゃないのー?」


 少年のものではない、垢抜けた少女の声が対席から聞こえてくる。円卓に座る黒フードの面々が、今度はそちらに顔を向ける。

 全員の注目を集めながら、しかしその青いツインテールの美少女は、気だるげに長い爪を弄っている。


「……滅多なことを言うなよ『バートリー』。吸血鬼である我らが、人間に後れを取ると? 戦争の歴史もなく、農機具や工具を改造して立ち向かってくるような、この世界の人間達に?」


 老人の鋭い視線が少女に向けられる。

 しかし少女は無関心と言った態度を崩さぬままでいる。


「滅多なことなんてアタシは言わないわよ『座頭院ざとういん』のジジイ。でも『頭目』じゃなくグレゴリーが来ないってなら、死んだ可能性もあるって話でしょ」


 そして動揺が、室内に充満する。


「まさか……」

「いや、だがそんなハズは……」

「しかし彼は、使節があった……」

「固有能力を発揮しなかったのなら、あるいは……」

「ぶぅぅぅん。法定速度なんてクソくらえー」


 黒いフードで顔を隠した面々が、口々に動揺を現す。

 そんな空気を断ち切ったのは、タバコの煙と共に長く吐き出された溜息だった。


「……短絡的な人しかいないのかしら、ココには」


 再び、全員のレッドアイが一点に集まる。

 黒フードに身を包んだ吸血鬼ばかりの中で、その女性だけが、真紅のドレスを着飾っていた。

 赤いグロスにキセルを口付け、髪も瞳も衣装も全てが赤い女性が、円卓の面々に語り掛ける。


「殺されたとは現時点で言い切れない。それに仮に彼が死んだとしても、内因的か外的要素かも不明。人間に殺されたのか、殺人鬼か、幽鬼ゴーストか、あるいは……」


 煙を吐き出し、女性は自虐的な笑みを見せつける。

 

「――『流血鬼』に殺されたか」


 に、全員の殺気が噴出する。

 中でも特に激昂したのは、日本刀を持つ和服の老人だった。


「言って良い冗談と悪い冗談があるぞ『マダム・スカーレット』!! 我らの前で、二度とその名を口にするな!」

「でもさー、アタシ的にもその可能性は高いと思うわー。だって他に考えられないもん」

「『ルリリカ・カプリコン・バートリー』!!」

「うっさいわね。急に怒鳴んないでよ『座頭院ざとういん・サジタリウス・左衛門ざえもん玄山げんざん』。ぶっ殺すわよ?」


 怒りに顔を赤くする座頭院と、正面から舐めたような態度を取るルリリカ。

 その様子を、周囲の者達は不安と憤りの混じった感情で見つめている。


「人間が私達に使う『魔導機甲』も……。グレゴリーが消息を絶ったのも、流血鬼がこの世界に降り立ったのだと仮定すれば、辻褄が合うわ」

「だが、ヤツは我らが封じこめたではないかマダムスカーレット! 70億もの犠牲を出しながら、セカンドムーンに! かつての地球に!」

「私達の中に『裏切り者』がいたとすれば、それも説明が付くわ」

「何ィ……!?」


 座頭院だけでなく、円卓の面々にも動揺が広がる。そんなはずはない。あってはならない。もしその仮定が事実だとすれば、取り返しの付かない事態になる。あるいはもう、なってしまっている。


「そんなバカな……!」

「我らの中に……!?」

「有り得ない……!」

「ぶっぶー。バックしまーす。ご注意くださーい」


 動揺が混乱を招き、猜疑心がワイングラスを揺らす。

 紛糾する会議、乱れる統制。

 このままでは話し合いどころではない。全員の心が、結束が、バラバラに空中分解してしまう。


 この事態を早く収めるために、座頭院は声を張り上げようと――。




 ――が、円卓を叩き割る。




 車の玩具ごとテーブルを粉砕し、全員を、黙らせる。




「やめよう、皆」




 それまで車の運転ごっこで遊んでいた少年が、『ヴラド殿』が、氷点下よりも冷たい視線と声色を見せた。

 怒鳴っていた者も、動揺していた者も、余裕ぶっていた者も、全員が張り詰めた空気の中で身動きできずにいた。


「他者を疑い、ありもしない憎しみを膨らませ、殺し合うのは劣等な人間のすることだ。だからこそ、僕らの世界は戦争の歴史だったんじゃないか。僕達は違う。僕達は進化した新人類じゃないか。残りたった13人の家族なんだ。だから、仲良くしようよ?」


 少年の姿をしながら、喚く子供達を諭すような口調で。しかし明確な威圧と殺気も込めて。愛情と制圧、そのどちらもが、確かにヴラドの全身から滲み出ていた。

 だからこそ、座頭院は着席する。ルリリカも挑発的態度を潜ませる。マダムスカーレットすら、押し黙る。


「……ゴメンね皆。ワインを零しちゃって。僕が片付けるから、一旦休憩にしよう。『頭目さん』も相変わらず欠席みたいだし。11人だけでアレコレ考えても、良いアイデアは出てこないよ」


 床に散らばる円卓の破片と、割れたグラスに広がるワイン。

 それらを避けるようにして、吸血鬼達は席を立つ。

 その背中を見つめるヴラド少年の目は、とても穏やかだった。

 そんな少年に、居残った老人が小さく頭を下げる。


「……すまないな『ヴァン・ヴァルゴ・ヴラド』殿。ワシも熱くなり過ぎた」

「感情的意見も大切さサジタリウス。それにキミの意見も間違ってはいないと思うし。僕達はいつも最善と、最悪を想定して行動しなきゃいけない。地球最後の生き残りとして、絶滅するわけにはいかない」

「……そうであったな。我々はもう、敗北することは許されん。たとえこの世界のどんな人間が相手でも、この世界の、どんな化け物が相手でも……!」


 円卓だった破片を集めながら、金髪の少年は「そうだね」と小さく相槌を打つ。

 そしてまた小さな声で、『最悪の事態』をもたらす者の言葉を口にする。


「『流血鬼』、ね……。思い出したくもなかったんだけどなぁ……」

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