第四夜:お前のドリルで闇を裂け

19 新たなる日々

「んでよォ、やっぱカタナよりはチェーンソーのが破壊力あるわけよ。でも単純な切れ味なら、斬殺水仙が持ってた武器が一番で……」


 昼時の歓談で賑わう食堂。

 魔導機甲兵団第四支部のこの場所で、ひときわ目立つ席があった。


 以前からこの支部に在籍している者達にとっては、つい数日前から現れた光景。

 もう馴れたと言って自分の食事に集中する兵士もいるが、やはり、好奇の視線を向ける者もまだ多かった。


「それで結局、申請して魔導機甲チェーンソーと日本刀のダブルウェポンで行くことになったわけだ!」


 その理由の一つ。『一人』と言っても良い。

 赤毛を逆立たせた少年が、切れ長な鋭い目で凶悪に笑う。別に本人は、危険な悪意など微塵も持ち合わせていないのだが。生来の悪人面なだけだ。

 重松エイジ。魔導機甲兵団『本部生き残り組』の一人。その外見とは裏腹に、冷静かつ論理的な思考力を持つとされる。兵士としての腕前も、殺人鬼と単独で渡り合えると噂されているほどだ。


「でも、武器を二つも持つなんて効率悪いんじゃない? 魔力が分散されて、敵を倒しきれないかもしれないわよ」

「そん時ゃ、二倍の魔力を注げば良いだけだろーが!」

「呆れた……」


 エイジの対面に座る少女。彼女は、主にその美しさから注目を集める人物だった。黒く長い髪に雪化粧のような肌。本部にいても支部にいても、森舞姫の外見は周囲から浮いていた。

 そんな他者を寄せ付け難い雰囲気を纏っていながら、彼女はいつもこの固定メンバーと食事をしている。その時に見せる表情は歳相応であり、支部内でも密かにファンが多かった。

 だがごく少数の者は知っている。彼女の持つ『忌み名』を。舞姫とは、そうした部分で着目されることもある少女だった。


「はい三四郎君、あーん」

「い、いいよアリスちゃん……。左腕だけでも食べられるから……」


 舞姫の隣に座る小柄な少女が、向かいの席に座る少年にポテトサラダを笑顔で差し出す。

 顔を赤くして困惑しているのは、隻腕の夏目三四郎。普段は機械の右腕を装着しているが、幽鬼を討伐した際に破損させたと言う。

 だがあんなに小さい、それに強そうでもない少年に、そんなことができるのか。支部の中では、未だに信じられないといった意見のが多数派だった。


 そしてそんな三四郎に、スプーンに乗ったポテトサラダを食べさせようとしている少女。

 アリス・キャロルは魔導機甲兵の中でも珍しい『特質系』魔力の持ち主。彼女の装備は直接攻撃できないものの、拡散させた魔力を『盾』にすることができる技能を持っていた。

 可憐で儚げながら、戦場では味方の背中を守る壁役。そんなアリスも、隠れた好意を向けられる人気者である。


 だが誰よりも、目立っているのは。『注目度』だけで言えばこのメンバー随一なのは。

 支部内でも『異彩』とも呼べる存在感を放っているのは、三四郎の隣に座る黒い青年だった。


「女子からの『あーん』を断るとは、良い身分だな三四郎……! 俺だって舞姫さんに……! 俺だってなァ……!」


 手に持ったフォークがへし折れそうになるくらい、怒りで身を震わせている男。

 白い軍服が正装である兵団内において、その学ラン黒服では目立たない方が無理な話である。

 支部の兵士だけでなく、本部生き残り組にとっても、坂之上雲という男は突然現れた存在。だが本部を生き抜いた者達は知っている。彼の輝く魔力、圧倒的な力を。


 素性も経歴も不明な坂之上が、今この『悪目立ちグループ』に属しているのも。こうして平穏に食事をしているのも、ひとえに『ヘルシング家』の者の口添えがあったからだ。


 そしてその口添えを取り計らった人物が、彼らに歩み寄る。


「おい坂之上。兵団の備品を壊すんじゃねーぞ」

「ヘルシング先生」


 坂之上の頭を書類で軽く叩き、ブラム・ヘルシング教官が背後から語りかけた。

 普段は食堂に来ることの少ない教師が姿を見せたことで、また周囲からの注目度は高まる。


「魔力診断の結果が出たぞ。お前は切断系も爆裂系も色々入り混じった、『特質系』に分類されるってよ」

「じゃあ、私と同じですね坂之上君!」


 数少ない『同類』を見つけて嬉しそうにはしゃぐアリス。

 その姿は愛らしいが、坂之上はイマイチ理解が及んでいないようだった。


「ヘルシング先生、特質系というのは……」

「あー……。そういやそうだったな。まずそっから説明しなきゃなんねーのか」


 この世界の人々、特に魔導機甲兵にとっては常識でも、違う世界から来た坂之上は知らない。魔力の分類、その特性を。

 坂之上の過去を知らずとも、兵士とは無縁な生活だったと認識しているヘルシング先生は、簡略な講義を食堂で開く。


「人間がそれぞれ持つ生命エネルギー、『魔力』には大きく分けて3種類ある。切断系、爆裂系、特質系だ。切断系魔力は、文字通り刃物に宿るチカラ。化け物に裂傷を付け、そこから豊富な魔力を注ぎ込んで撃退する。ま、一番ポピュラーな魔力だ」

「エイジも切断系か」

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇよマフラー無し眼鏡」


 喧嘩腰のエイジをスルーし、ヘルシング教官は説明を続ける。


「次に爆裂系魔力。これは火炎に宿る魔力だ。浄化の炎で敵を焼き尽くす。切断系と比べて魔力の絶対量は多くないものの、主に火器や遠距離系の武器と相性が良い」


 舞姫や三四郎がその系統だったなと思い返す。確かに彼らは、炸裂する弓矢や火炎放射機能の付いた義腕で戦っている。


「んで、この2つに属さない、それ以外の系統を特質系って呼んでる。それぞれの魔力の特徴に合わせた魔導機甲が開発・支給されるが……。ってかお前、軍服はどうした。採寸してお前用のが渡されたはずだろ」


 殺人鬼撃退の活躍現場に居合わせたヘルシング先生は、坂之上を正式な魔導機甲兵として迎え入れるために奔走した。反発や疑念の声も当然多かったが、『ヘルシング家』のネームバリューと何より、本部の生存組を連れ帰ってきた『結果』を示したのが功を奏した。

 その結果軍服も、魔力特性に合わせた武器も支給されることになったのだが、坂之上は自らのスタイル黒服を崩さないでいる。


「俺にはこの学ランと、ミノタウロスの十字架があれば充分です」

「いやいや、そういう問題じゃねーんだよ……。軍属になる以上、規則ってのがだな……」


 まさか支給品を一切使用しないとは、ヘルシング先生としても予想外だった。こんなケースは初めてだ。

 どう言ったものかと詰まっている、その時。


 坂之上達に向けられていた視線が全て、別の方向に切り替わった。

 そして坂之上達も、食堂に現れた『目立つ彼女』へ目線を向けずにはいられなかった。


「グッドアフタヌーンですわ、誇り高き魔導機甲の兵士諸君! 相変わらず今日もシケた顔ばかりですわね!!」


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