20 川端踊子

 一声で食堂内の雑談を吹き飛ばすような、よく響く高音。

 その声に。その容姿に。若き兵士達は一斉に目線を向けるも、それは歓迎するような目つきではなかった。


「出た……」

「今日もウルセーな……」

「『オドリルコ』が、今度は何の用よ……」


 小さく聞こえる声に、坂之上は反応する。

 そして再び、悪態の対象となっている『彼女』の姿を捉える。


 他の面々と同じ白い軍服を着ていることから、魔導機甲兵の一員であることは分かる。だがその軍服の肩には金色の星が三つ輝いており、何かの記章を思わせる。

 そしてその星型バッジに負けぬ、輝く金の瞳と長い髪。まさにお嬢様然とした髪型は細かな手入れがされており、特に目を引くのが、螺旋状の縦ロールヘアーだった。

 更に両の耳元には、ドリルの形をした小さなピアスがぶら下がっている。


 とても回転力が高そうな見た目だなと、自分とは別ベクトルで目立っている彼女を坂之上は観察していた。


「いつも意気消沈している皆さんへ、今日は朗報を持ってきましたわ! まずはこれを御覧なさい!」


 金髪ドリルヘアーの少女は、パチンと指を鳴らして何か合図する。

 それに合わせ、燕尾服の老紳士が食堂へ入室してきた。その老紳士は、何か大きな物が乗った台車を押している。

 そしてその『何か』を覆い隠す布を掴み、少女はまるでパーティーの景品でもお披露目するかのように、大きなベールを取り去った。


「我が『川端家』の技術の粋を集めて開発した、新型の魔導機甲ですわ!! 吸血鬼の装甲すら砕く、史上! 最高の!! 傑作!!!」


 台車に乗っていたのは、人間の子供ほどのサイズはある大型の採掘機ドリルだった。無骨で、黒光りし、重厚感が遠目からでも伝わってくる。


 しかし周囲の反応は、実に冷ややかなものだった。


「……あら、どうしましたの? 食事中とは言え、マナーを気にせず拍手喝采して狂喜乱舞して良いところですわよ、皆さん?」


 予想していたリアクションが返ってこなかったことに、少女は不満げというより不思議がっているようだった。


「まぁ良いですわ。次! 夏目三四郎さん!」

「は、はぃい!?」


 突然高らかに名を呼ばれ、三四郎の声は裏返る。

 食堂の視線は今度は三四郎に集まり、三四郎本人としては晒し台に上げられた気分だった。


「貴方の右腕の魔導機甲も、新しいものを用意しておきましたわ! そして少しばかり、川端家からの『粋な計らい』も施しておきました!」


 老紳士が三四郎に接近し、有無を言わさぬ迫力と素早さで魔導機甲右の義碗を装着させる。

 そうして三四郎は、ようやく失った右腕を取り戻すことができた。……しかし、手首から先は高速回転するドリルとなってしまっていた。これでは、右手での食事もままならない。


「毎秒5000回転するドリルアームに、川端家の家紋をさりげなく・しかし優雅に彫っておきました! 整備もラクラク、更に予備のドリルアームももう一本用意してありますわ!!」


 嬉々とした顔で、三四郎の新しい魔導機甲右腕を解説する少女。

 しかし三四郎はこれまでにないほど苦い顔をしており、殺人鬼と戦った時と同じくらいの絶望の色を浮かべている。

 周囲の人々は、そんな彼に哀れみの視線を向けることしかできなかった。


「……あ、ありがとう……ございます……」

「イヤな時はイヤって言って良いのよ夏目君!」


 全ての不満を飲み込んで謝辞を述べる三四郎に、舞姫はいたたまれなくなり叫ぶ。


 しかしそんな状況の中で。坂之上だけは、三四郎の新しい義腕ドリルアームも興味深げに見つめていた。


「……カッコイイじゃないか三四郎。ドリルは男の浪漫だ。何を不満に思うことがある!」

「それ僕の立場だったとしても同じこと言えるの?」

「そしてコッチのドリルも素晴らしい……! まさに魔導機甲の一つの到達点とも呼べるデザインだ!」

「オイ逃げたぞあのマフラー無しメガネ野郎」


 誰しもがドン引きしている中で、黒い学ランの男だけが興味津々といった姿を見せている。

 そんな坂之上の元へ、これらのドリルを持ってきた少女が歩み寄る。


「この素晴らしさが理解できるとは、中々センスの良い御方のようですわね! 見込みがありますわ! しかし……貴方、一体何者ですの?」


 瞬間。周囲の空気が張り詰める。

 彼女の問いかけは当然だ。この闇夜の世界において、白い軍服の中に紛れる黒点など。事情を知らない者にとっては、異物感しか覚えないだろう。


「……これは失礼。俺は『坂之上 雲』。ブラム・ヘルシング教官と共に魔導機甲本部から移動してきた、素敵な眼鏡が似合う無敵の男だ。好きなものは人間。特技は化け物を殺すこと。以後、お見知りおきを」

「これはご丁寧に。ワタクシは川端かわばた 踊子おどりこ。魔導機甲兵団第四支部長の娘にして、歴史と誇り高い『川端家』の女ですわ。好きなものはドリル。特技は兵器開発。以後、お見知りしておきますわ」


 ドリルが好きな踊子で『オドリルコ』か、と坂之上は先程の陰口に納得した。しかしそれは愛称というよりやはり、蔑称として使われているのだろうとも推察していた。


 表面上は友好的な挨拶に見えても、水面下では腹の探り合いが始まっている。

 特に踊子からしてみれば、坂之上雲という男への警戒心は強いだろう。『兵士』とは名乗らない、黒き衣を纏いし者。たとえ『ヘルシング』の名を出そうとも、同格の『川端』の名を持つ彼女には、強い牽制にはならない。


「……待てよ、『川端』……?」

「ええ、そうですわ。それが何か?」

「あぁ、そうか……」


 何かを思い出し、得心したような顔を見せる坂之上。

 一体何を言い出すのか――と、踊子が注意深く坂之上を観察している時。


 坂之上は踊子に向かって静かに、深く、頭を下げた。


「……すまなかった」

「……!?」


 突然謝罪した坂之上に、踊子だけでなく周囲の兵士達も驚いたような目を向ける。

 一体何故、坂之上が謝るのか。何に対しての謝罪なのか。

 それは、坂之上の口から静かに語り出された。


「……兵団本部から脱出する時。俺は川端家の者を助けることができなかった。一番近くにいたはずなのに、幽鬼ゴーストの出現に気付かず、彼を死なせてしまった。……そのことを、謝らせてくれ」


 舞姫達は思い出していた。

 坂之上の言う人物は、あの太った高慢な中年男性のことだ。兵士の命を顧みず、家柄を笠に着ていた男だった。

 確かに彼は幽鬼に殺されてしまったが、まさか坂之上がその事を気に留め、親族へ頭を下げるほどだったとは。


 だが謝罪された川端踊子は、驚いたような顔を浮かべているものの、それはむしろ坂之上の言葉が彼女にとって予想外なものだったという意味合いが強かった。


「……そんな事ですの?」

「そんな事……?」


 今度は、坂之上が疑問に満ちた目を向ける番だった。


「ワタクシはあの御方と大して面識はありませんでしたわ。数多いる親戚の一人、といったところでしょうか。それに、彼もまた魔導機甲兵団に所属する戦士。いつでも死ぬ覚悟は出来ていたはずですわ。ここに居る者は、全員がその覚悟で白い装束に身を包んでいる。……ですから、貴方が謝ることは何も無い。そういうことですわ」


 キッパリと、何の迷いや悲しみもなく。踊子は言ってのけた。

 しかし坂之上は、未だどこか納得していないような面持ちだった。

 だがそんな彼の言葉を待たず、踊子は続けて『追求』を開始する。


「……故に、ワタクシは貴方のその格好を看過できない。何なのですの? その黒く不気味な服は。純白が尊ばれる兵団内において『あまりにも汚らわしい』と言えますわね」


 瞬間。黒い学ランを着る彼の瞳に、何か強い感情が灯った。

 一気に沸騰した激情。そこから吹き溺れる威圧。それを感じ取った踊子は、少しだけたじろいだ。


「……な、何ですの? 何か文句でもおありで?」

「いや……。だが、俺はこの服を脱ぐわけにはいかない。魔導機甲兵の軍服が『決死の証』であるように、俺の学ランも、『弔いの証』なのだから」

「弔い……?」


 踊子にとってはイマイチ要領を得ない、理解に苦しむ言い訳だった。兵団支部内の規律を乱さぬよう、より深く問い詰めようと―ー。


 ――全ての不和を打ち切るように、食堂内に定時の鐘が響いた。


「……昼休憩もあと5分で終わりだ。オラお前ら! さっさと片付けて、午後からの訓練の準備しろ!」


 ブラム・ヘルシング教官の声に従って、兵士達は席を立つ。あるいはその言葉は、坂之上と踊子に向けられたものだったのかもしれない。


「……仕方ないですわね。今日のところはこれで失礼しますわ坂之上雲さん。ドリルの魅力が理解できる点だけは評価致しますが、貴方のような得体の知れない者を魔導機甲兵とは認めませんから。それでは、ご機嫌麗しゅう」


 そう言って踊子は、老紳士と台車のドリルを連れ立って食堂を後にした。

 遠ざかるその背中を見つめる坂之上。そんな彼を、舞姫もまた心配そうに見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る