『流血鬼』
廃墟となった街から離れていく、少年少女達。
坂之上雲、森舞姫、重松エイシ、夏目三四郎、アリス・キャロルの五人の姿。
小さくなっていくその背中を、建物の屋根から見つめる二つの影があった。
「……アレが、『流血鬼』」
真紅のセカンドムーンに照らされる、青いツインテール。
白黒のドレス、所謂ゴスロリ服を身に包んだ少女――『ルリリカ・カプリコン・バートリー』もまた、あの
ただ坂之上と明確に違うのは、吸血鬼と流血鬼であるという点。
追う者と、追われる者。
生き延びようとする者と、絶滅させんとする天敵。
ルリリカ本人は、決して認めようとはしないだろうが。
そんな彼女の呟きに答えるように、金髪赤服の紳士がコミック本片手に笑顔を浮かべる。
「えぇそうです。『流血鬼』。その単語は1984年『藤子不二雄少年SF短編集』に収録された、藤子・F・不二雄の名作短編漫画が初出とされています」
22世紀から来た猫型ロボットが登場する漫画をパラパラとめくりながら、その男は。コートもシルクハットも瞳も全て赤い出で立ちの紳士は、流暢に口を回し始める。
「謎の感染症により吸血鬼が蔓延した世界で、必死の抵抗を続ける少年が、実は己こそが吸血鬼達に恐怖を与える化け物『流血鬼』として恐れられていた……という価値観の逆転を描いた物語です。元々は1954年発表の、リチャード・マシスンの小説『アイ・アム・レジェンド』に着想を得ている漫画ですね。この小説は何度か映画化もされている名作です。一番現行のものですと、ウィル・スミスが主演でしたか」
ルリリカの赤い眼光が紳士を射抜く。
その視線の意味を察し、肩をすくませて話を本題に戻す。
「……漫画『流血鬼』では、主人公の少年は友を失い恋人に噛まれ、最後は自らも吸血鬼となり完結です。価値観の逆転を受け入れたラストですね」
「……でも」
「えぇ。彼は、あの『坂之上雲』君は、それを受け入れなかった。恋人の心臓に杭を突き刺し、後は……貴女もご存知の通りです」
苦々しい、といった言葉が何より似合う表情をルリリカは浮かべる。話が違う。まるで結末が違うではないか。そう言いたげだ。
「あくまで漫画は漫画の話。世界には数多の『可能性』が星の数より存在します。我々の世界は、『受け入れなかった可能性』の世界だったのでしょう」
「最悪の外れクジね……!」
「ですが、結末は変えることができる。それこそ、『可能性』は無限にあるのですから。このまま我々が絶滅するか、あるいは逃げ込んだこの世界で、流血鬼を討伐するか。それは我々の努力次第ですね」
今度は猜疑の瞳を向け、何か考えてから口を開こうとする。
だがその小さく艶やかな唇が動く前に、先取りするようにして紳士は笑う。
「あらゆる時代、国、世界に出現する我が名は『
「……まだ何も言ってないでしょ。アンタのそーいう所、ホント苦手だわ……」
悪態を付かれているのに、紳士――霧の男爵は相変わらずニコニコとしている。
ルリリカはまるでおちょくられているように感じ、あまり気分の良い気持ちにはならない。
「……まぁ良いわ。何であれ、アタシ達のやるべき事は変わらない」
真紅の瞳に決意が宿る。闇夜の世界に立つ少女の眼光は、真っ直ぐに一点だけを見つめていた。
「……もうアイツには何も奪わせない。流血鬼を、今度こそ……! 完全に仕留める……!!」
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