29 英雄二人
第七真祖ルリリカ・カプリコン・バートリーの襲撃を辛くも凌いだ魔導機甲兵団第4支部。
多くの犠牲を出しつつも、吸血鬼を撃退したというのは、公式な記録としては人類史上初の快挙であった。
殺し切ることはできなかった。優秀な兵士が何人も死んだ。だがそれでも、勝った。勝利した。その事実は、セカンドムーン出現以降敗北を重ね続けてきた人々にとって、とても大きな意味を持っていた。
反逆の狼煙。勝機を感じる希望。誰しもが期待を胸に、絶望から顔を上げる流れが、確かに生まれ始めていた。
そしてそんな時流を生み出した、英雄達。戦いから数日経ち、吸血鬼を倒した面々が兵士達の羨望を集めるのも、当然の結果であった。
「お、おはよう川端さん!」
「今日も素敵なヘアーですね!」
「グッドモーニングですわ皆様方。今日も良いドリル日和ですわね」
「ちょっと、ソコ退いて! 川端さんと坂之上君が通るから!」
「坂之上くーん!」
黄色い声援を送る女子達に、坂之上は爽やかな笑顔で応える。
それだけで群集は色めき立ち、踊子と坂之上の前には道が生まれる。
「はっはっは。おはよう諸君。今日も良い化け物殺し日和だ」
「どういう日和なのさ、それ……」
威風堂々と先頭を歩く二人に、背後の三四郎は小さくツッコミを入れる。
しかし坂之上や踊子の態度は、特別変わってなどいない。彼らはいつもの調子だ。
むしろ、劇的に変化したと言及したいのは、周囲の兵士達の方だ。
かつては支部の爪弾き者、白い目で見られる対象だった坂之上達。それが一晩にして、このような扱いに様変わりだ。純朴な三四郎とて、この手の平返しっぷりには呆れる思いだった。
だがそれも無理からぬことだ。多くの兵士達は、その目で見たのだから。自分達が
あの獅子奮迅の活躍を見せられてしまっては、英雄視しない方がおかしいだろう。
踊子も今では『オドリルコ』などと呼ばれることもなく、坂之上も同様、一気に支部の中心人物とみなされるようになった。
「さっ、坂之上君! あの……!」
「ん?」
人だかりが出来る中、一人の少女が意を決したように前に出る。彼女もまた白い軍服を着た、魔導機甲の兵士。しかし年端もいかない見た目をしており、坂之上よりも2つ3つは年下だろう。
そんな彼女は顔を真っ赤にして、坂之上に何やら手紙を渡すと、ツインテールの髪を揺らして一目散に去っていってしまった。
「……あらあら坂之上さん、恋文ですの? 流石は我が盟友。
「ふっ……。最近じゃ毎日のように届く程になってな。このままでは、部屋がラブレターで埋め尽くされてしまいそうだ」
「もし恋文で生き埋めになったら、ワタクシ自慢の採掘機で掘り起こして差し上げますわ!」
踊子の冗談に坂之上は豪快に笑い、二人肩を組んで進んでいく。
そんな彼らの背中を5歩後ろから見つめる舞姫の眉間には、とても深い皺が刻まれていた。
そしてそんな彼女から放たれるオーラに、三四郎は恐ろしくて振り返ることができなかった。
「………………」
「舞姫さん、顔。顔」
舞姫の隣を歩くアリスが嗜める。
舞姫は咄嗟に「いや、違うのよ、別に、そうじゃなくて」などと言い訳するが、何も違わないことをアリスは理解していた。
「坂之上君、大人気ですね。川端さんともかなり仲良しになったみたいですし。坂之上君を狙っている女の子も、かなり多いって噂ですよ」
「そ、そう。まぁ確かに、あれだけ活躍すれば当然よね。でもそういう人気って、大抵は長く続かな……」
「三四郎君と一緒に私を助けてくれた時に、マフラー失くしちゃったみたいなんですよね坂之上君。首元寒そうですけど、誰かがプレゼントすれば喜ぶんじゃないかなー。でも坂之上君のトレードマークがマフラーだって事、知ってる人も少ないですし……」
「……アリスさん」
舞姫の鋭い一声で、アリスも立ち止まる。小首を傾げ、舞姫の二の句を待つ。
「夏目君も色々大変ね……」と実感しながらも、舞姫はこの小悪魔の助力を仰ぐ他はなかった。
「……あとでマフラーの編み方教えて」
待ってましたと言わんばかりに、アリスは笑顔を浮かべて了承した。
「喜んで!」
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