リカルドの情熱(2)
あれから合格通知を奪い返されることもなく、俺は文想学園で高校生活をスタートさせた。
今日は入学式から一週間。
ワナビ戦の放課後実技、第二回目が待っている。
「よう足立、前回は傑作だったな」
俺が登校して席につくなり、クラスメートが寄ってきて、挑発の言葉を浴びせてきた。
そうだよな。
一番スタートであの敗北は、悪い意味で目立つもんな。
「今日はどんなボスキャラを出す予定だ?」
「楽しみにしてるぜ? ははは」
ああ、よく見たら、コイツら前回勝った奴だな。
しかし見てろよ、笑っていられるのは今だけだ。
ワナビ戦の戦闘システムを理解した今、足立勇気に死角は存在しないのだから。
「足立くん、おはようございます」
そうこうしていると、ユリナが登校してきた。
今日もいい笑顔、そしていい胸だ。
クラスメートが絡んでくるのは、俺のパートナーがユリナだから、嫉妬してるのかもしれないな。
だってこの子、体格は小柄なのに、ほんと大きいんだもん。
「今日は二回目の実技ですよね。文章は考えてきましたか?」
「もちろんだぜ! ユリナこそ大丈夫か? 二重カギカッコの出し方は?」
「それなら心配無用です。もうちゃんと覚えました」
「よし、それじゃ今日は、二人揃って勝利するぞ!」
「はいっ」
いざ放課後。
俺達が体育館へ到着すると、例によって、アカネ先輩が待っている。
応援に来ないブラザーだって多いのに、アカネ先輩はこうして面倒を見てくれて、本当に頭が下がる思いだよな。
「足立くん、ユリナちゃん、二人とも落ち着いて戦うのよ」
「はい、今日こそ勝ってみせます!」
「が、がんばりますっ」
クラスメートが全員集合すると、豪田先生が注意事項を説明した。
「えー、前回誤解していた生徒もいるようだが、きちんとモンスターの姿を想像しないと、召喚と同時に敗北が確定してしまう。焦ってしまう気持ちもわかるが、かといって、無理な背伸びは禁物だからな?」
はい、ごめんなさい。
前回誤解していた生徒って、間違いなく俺のことだよな。
「それでは最初の生徒、前へ」
「さあ足立くん、あなたの出番よ」
アカネ先輩に促され、皆の前へ進み出る俺。
何度もしつこく繰り返すが、理由は出席簿が一番だから。
名字が「あ」から始まるのって、こういう時にイヤなんだよな。
「それでは一番の足立勇気、入力開始!」
「はいっ!」
豪田先生の掛け声と同時に、用意してきた文章を入力する。
・挑戦者 足立勇気
『平和な海に迫りくる恐怖! 血に飢えた獰猛な人喰いザメ!』
何を隠そう、俺は今日のワナビ戦に備え、映画『ジョ○ズ』を見まくったのだ。
ちなみに○に入る文字は、「ブ」ではなく「ー」の方な。
ジョブ○を使いこなすような自信はない。
おっと、召喚が発動するように、しっかりイメージを形成しないと。
(頼む、成功してくれ……!)
思わず拳を握りながら、煙が消えるのを待つと。
「大成功、イメージ通りだっ!」
その場に出現したモンスターは、映画そっくりの人喰いザメ。
瞳はギラギラと燃え盛り、左右に大きく裂けた口からは、ポタポタと真っ赤な血がしたたり落ちる。
あえて自画自賛するが、これはかなりの迫力だ。
「おおっ!」
「人喰いザメが出現したぞ!」
クラスメートの驚きを含んだ声に、上がってしまう俺のテンション。
このまま攻撃のターンへ突入だ。
『人喰いザメの強烈な一噛み! 鋭いキバがライオンを襲う!』
「さあ行け、俺の人喰いザメ!」
期待に満ちた目で行方を見守ると、血に飢えた獰猛な人喰いザメは、その場から一歩も動けないまま水を求めて喘いでいる。
いや、うん。
確かにここは、平和な海とかじゃなくて、文想学園の体育館なんだけどさ。
そうこうしているうちに、血に飢えた獰猛(海限定)な人喰いザメは、豪田先生の呼び出したライオンに敗れ去った。
「足立くん、失敗ね……」
「はい……」
すごすごと引き下がる俺のETに、自動的にコメントが表示される。
・挑戦者 足立勇気
・試合結果 敗北(0ターン)
【思いついたキャラをただ単純に出すだけではなく、周囲の状況をきちんと考えるようにしましょう】
「足立、あいつバカだな」
「ああ、事前に予測できなかったのか?」
クラスメートの呆れを含んだ声に、下がってしまう俺のテンション。
このワナビ戦は文章力と想像力を鍛える画期的なシステムだが、失敗した時にトラウマレベルで恥ずかしいのが難点である。
「足立くん……」
「いえ、アカネ先輩、慰めの言葉は不要です」
無念ではあるが、自らの敗北を受け入れるのも、これまた修行。
おっと、次はユリナの出番だ。
俺は惨敗してしまったが、ユリナを応援しないとな。
「それでは続いて、女子一番の厚木ユリナ、準備はいいか?」
「はいっ、豪田先生」
「では入力開始だ!」
「い、行きますっ!」
ユリナの姿を見た俺は、思わずホッと安堵した。
(よし、今度は戦えそうだな)
前回の二の舞を案じていたが、今回はちゃんと文字を入力してるから、召喚そのものは成功しそうだ。
問題はクオリティだが、さて一体どうなるか……。
「足立くん、これってどうやったら、漢字に変換できるんですか?」
「ちょ、またかよ! アカネ先輩!」
「あたしは教えた! あたしは教えたわ!」
「ユリナ、またお前か! 文字を打ち込んだ後に、その大きいキーを押せ!」
「大きいキーってコレですか?」
「違うっ! それはエンター!」
「あ、あ、どうしよう、平仮名になっちゃいました!」
・挑戦者 厚木ユリナ
『ふかいも
タイムオーバー。
「うう、ダメでした……」
がっくりと肩を落としながら、俺達の前へ戻ってくるユリナ。
強いデジャブを感じるが、だがしかし、ロマンチック感はゼロだ。
「まあ、気にするなよ。ユリナは充分に頑張った。二重カギカッコが出せたし、文字もしっかり入力できたし、本当に惜しかったと思う」
しかし「ふかいも」とは?
ひょっとしたら「ふかし芋」の亜種で、食って屁で攻撃するのかな、なんていう想像は声には出さない。
ユリナはそんな下品な攻撃しないよな。
いや、ユリナ以外でも、誰もしないと思うけどさ。
・挑戦者 厚木ユリナ
・試合結果 敗北(0ターン)
【まずはタイピングソフトを使って、文字入力の練習から始めましょう】
「って、前回のコメントと完全に一緒じゃないか!」
「敗因がタイムオーバーだったら、ETだって、それしかコメントできないわよ」
アカネ先輩はそう呟くと、俺達から視線をそらした。
「アカネ先輩、見捨てないでください! まだまだ未熟な部分のある二人ですが、今後も優しく見守って頂きたく存じます!」
「ちょ、足立くん、それじゃ結婚式の挨拶ですっ」
「大丈夫、あたしの指導不足よ。全部あたしが悪いのよ……」
「ああ、アカネ先輩が落ち込んでいるっ!」
俺達が盛り上がって(?)いると、背後から嫌味な声が聞こえてきた。
「コホン。お取り込み中失礼しますが、場所を譲っていただけますか?」
「!」
慌てて声の主を確認すると、そこにいるのは池田リカルド。
ワナビ戦の実技は出席簿順だから、次はコイツの出番というわけだ。
「ああ、リカルドか。お前のETの色は、ふーん、日焼けした茶色か」
「日焼けした茶色ではなく、シャンパンゴールドです」
「シャンパン、ゴールド……?」
「ふふふ、驚きましたか?」
わざとらしくマフラーをなびかせながら、俺を押しのけて前へ進み出るリカルド。
いや、ちょっと待て。
まさかコイツが、一学年に一つしか存在しない、ゴールドETの所有者だったのか?
周囲のざわつきを見た感じ、どうもその予想は正解らしい。
「池田リカルドだぞ……!」
「今日はどんな勝負をするんだろうな……!」
俺が前へ出た時とは、明らかに反応が違う。
その場にいる適当な同級生を捕まえて、俺はリカルドについて質問してみた。
「あのさ、リカルドってそんなに強いのか?」
「ああ、足立は外部入学だから知らないんだな。池田リカルドっつったら、ワナビ戦の天才だぜ。中等部時代からずっと負け知らずだし、他のクラスや他学年にまで、幅広くファンがいるほどの活躍振りだ」
「へ、へえー」
単なる勘違い野郎だと思っていたが、勘違いするだけの理由があったのか。
いや、それにしても、どんな戦い方をするのだろう?
その場にいる同級生も、リカルドの召喚をよく見ようと、前のめりになっている。
「そこの皆様、危険ですから下がっていなさい。わたくしのモンスターは強いですから」
自分で言い切るなんて、とんだナルシストだな。
一体どこでどういう経験を積めば、十五年間でこんなパーソナリティが形成されるのか、俺にはまったく想像すらつかない。
「豪田先生、始めてもよろしいですか?」
「う、うむ、それでは入力開始!」
「ふふふ、参りましょう」
手元のキーボードをほとんど見ずに、リカルドはETへ文字を打ち込む。
思わず見惚れてしまうほど、完璧なタッチタイピングだ。
(は、速い……!)
わずか数秒で入力が完了し、その場に突風が巻き起こる。
・挑戦者 池田リカルド
『ギガノトサウルス』
「な、んだと……?」
思わず我が目を疑ってしまった。
ギガノトサウルス。
詳しい説明はまったくなく、恐竜の名前を入力しただけ。
あれだけ格好をつけて前振りしたのに、俺の『世界一強いドラゴン!』の二の舞になったら、リカルドはどう収拾をつける気だろう。
そう思い顔を上げると、煙はすでに消えていた。
「こっ……」
これは本物だ。
いや、もちろんワナビ戦なのは、俺だって充分にわかってるけど。
しかし今目の前に出現したのはどう見たって本物で、体育館の天井まで届きそうな巨大な茶褐色の恐竜が、豪田先生のライオンを遥か上方から見下ろしている。
「さすがは池田リカルド……」
「今日も本当に絶好調だな……」
そのまま間髪をいれず、恐竜がライオンを襲う。
左右に大きく裂けた口、鋭いキバ、したたり落ちる唾液。
特に赤い粘膜の舌は、無機質で硬そうなウロコと対照的で、妙に生々しくグロテスクな印象が脳裏へ焼きつく。
「さあ、エサの時間ですよ」
そのセリフが放たれる前に、すでに勝負は終わっていた。
敗れたライオンが消滅し、それを確認したリカルドが、満足そうに軽く微笑む。
ほんの一瞬の出来事だった。
「…………」
クラス中が呆然としている。
そりゃそうだ。
なんなら皮肉の一つでも言ってやりたいが、こんな圧倒的な戦いを見せられてしまっては、適当な言葉がまったく思い浮かんでこない。
「リカルドくん、相変わらずね……」
思わずボーッとしていると、俺の横でアカネ先輩が呟いた。
「え? アカネ先輩、アイツと知り合いなんですか?」
「シッ、コメントが表示されるわよ」
おっと、そうだ。
勝負に勝った場合、ETがどんなコメントをくれるのか、非常に関心がある。
何しろ俺は勝った経験がないからな、いや、自分で言ってて本当に悲しいけどさ。
・挑戦者 池田リカルド
・試合結果 勝利(0ターン)
【合格です。あえて修飾語を用いず、単語一つで勝負するスタイルは、見ていてスカッとするものがあります。今後も期待していますので、学年トップの成績を維持できるよう、日々精進を続けてください】
「……ん? コメント長くないか?」
「勝利するとコメントが長くなるのよ。負けたら短いけれど」
なんだって?
敗者は恥ずかしいだけでなく、そんな部分も冷遇されるのか。
「それって差別じゃないですか? 俺は『期待しています』なんて言われてないのに、アイツばっかりやる気の出るコメントを貰って」
「仕方ないわよ。足立くんのモンスターを見ても、今後が期待できそうにないもの」
と言いながら、視線をそらすアカネ先輩。
反論の言葉が見つからないのは、俺の文章力が不充分なせいなのか。
「それはともかく反省会よ。足立くん、ユリナちゃん、二人ともいいわね?」
「……はい」
「はい」
アカネ先輩の提案に、二人の返事が重なった。
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