第六章 エキシビション・マッチ

エキシビション・マッチ(1)

 ある日のホームルームにて。

 教壇に立ったクラス委員長が黒板を指差した。

「文化祭の出し物ですが、この通り決定しました」


・お化け屋敷      9票

・ゲーム模擬店     8票

◎メイドカフェ     20票

・ライブパフォーマンス 3票


(よっしゃ、キタコレ!)

 メイドカフェに投票した俺は、心の中で渾身のガッツポーズ。

 他の選択肢も面白そうだが、どれか一つだけ選ぶとなれば、やはりコレしかないだろう。

 それにしても、獲得票がちょうど二十票って、男子全員がメイドカフェに投票したんじゃないだろうか。

「多数決の結果ですから、皆さん、この内容でいいですね? それでは次は、予算の使い道ですが……」

 司会をテキパキと進めていくのは、メガネをかけたクラス委員の女子。

 今日は普段のHRと違って、みんな非常に熱心に聞いているので、進行もやりやすそうだ。

「用意が必要なのは、衣装と食事ですね。メイド衣装を持っている生徒は、おそらくいないと思いますので、予算で購入することになります。人数分すべて用意すると、かなりの高額になりそうですが、皆さん意見はありますか?」

「男子の分はいらねーだろ」

「女子も全員分はいらないよね? 店番は交代制だから、最低限の数でいいよ」

「靴やアクセサリーは、自前でもよくない?」

 という感じの議論を経て、出し物の概要が固まった。

 まず衣装は十着ほど用意し、店番の女子スタッフが着用。

 提供メニューについては、自分達で調理するのは技術的にも機材的にも難しいので、市販品をそのまま出す。

 せっかくの文化祭だから、手作りがよかったような気もするが、それだと衛生面なんかも心配だしな。

「それでは続いて準備作業の割振りですが、時間がないので出席番号で決めましょう。まずは出席番号一番のお二人、メイド服の購入をお願いします」

「えっ、俺か?」

「はい、足立くんと厚木さんです。イヤなら別の人に頼みますが……」

「いいや、全然イヤじゃないぞっ!」

 むしろその仕事は進んでやりたい。

 メイドカフェに決まっただけでも幸運なのに、そればかりでなく、衣装まで選べちゃうなんてあまりにも贅沢だ。

 とにかくそういう事情があって、俺とユリナはホームルームが終了した後、ショッピングセンターへ足を運んだ。

 最近はパーティーグッズの一環として、雑貨屋にコスプレ衣装が置いてあるから、メイド服の購入もそれほど敷居は高くない。

「どれがいいかなー?」

 ウキウキしながら選んでいると、ユリナが遠慮がちに声を出した。

「あの、足立くん、この前はすみませんでした」

「はっ、何が?」

 すみませんでした?

 謝罪されるような心当たりなんて全然ないぞ。

「先日のお昼休みの件ですよ。足立くんには自分のお弁当があるのに、サンドイッチを無理に食べさせようとして」

「や、あれはむしろ、すごく嬉しかったよ」

「いいんです、わたしが自分勝手でした。それにアカネ先輩に対しても、失礼な態度を取ってしまったし」

「そうだっけ?」

「はい。唐揚げあーんの一件は知らなかったけど、腹を立てるなんて子供じみた真似でした。今度アカネ先輩にも謝ろうと思います」

 うーん、そうか。

 軽い嫉妬はむしろ可愛いと思うけど、それが原因で自己嫌悪に陥ってしまうくらい、ユリナは真面目で誠実な性格なのだ。

 絵本作家の夢に対しても、わざわざ添削スクールにまで通ったりして、すごく一生懸命だもんな。

 最初は美少女だなー程度の認識だったが、内面を知った今は、心から応援したいと思えるような存在だ。

「うっかり伝えるのを忘れてたけど、アカネ先輩に唐揚げを食べさせてもらった件は、決してデートとかじゃないんだよ」

 弁解じみた発言ではあるが、これは本当に事実だからな。

 俺の言葉を聞いた瞬間、ユリナの曇っていた顔が、ほんのわずかに明るくなった。

 それ、ずるい。

 デートじゃないって言葉を聞いて、そんな風に安心されたら、もっと言うしかないじゃないかよ。

「もうだいぶ前だけどさ、屋上で弁当を食べようって約束したけど、ユリナだけ図書委員の仕事で来られなかった時があるだろ?」

「あ、はい」

「その時の俺の昼飯が、たまたま栄養バランス最悪だったから、心配したアカネ先輩が唐揚げを恵んでくれたんだ」

「そうだったんですか」

「けどさ、食おうとした瞬間にアゴが外れたから、結局のところ唐揚げはお預けだったよ。つくづく悲惨なオチだろう?」

「うっ」

 面白おかしく俺が事実を伝えてやると、ユリナは珍しく腹を抱えて笑い出した。

 あ、なんか嬉しいぞ。

 ユリナは一歩引いた面があるから、そうやって素直に感情を出してくれると、こちらも安心できて居心地がいい。

 そして、その笑顔を引き出したのは俺。

 この言いようのない満足感が、もしかすると恋なのだろうか。

「足立くんと一緒にいると、わたしすごく楽しいです」

 笑い涙を片手で拭きながら、最高の笑顔を見せるユリナ。

 これは告白するタイミングか?

 それとも先に手を握って、甘いムードを作るべきか?

 しかし俺、最後にトイレから出た後、ちゃんと手を洗ったか覚えてないぞ。

「あの、足立くんっ」

「ななな、なんだっ?」

「今度、もしよかったら、わたしの家に来てください」

「……家?」

 思わずポカンとしていると、今度はユリナの方が、慌てたように弁解を始める。

「へ、変な目的じゃないですよ! ただその、もうすぐ絵本の新人賞の締切なので、投稿前の作品を是非とも足立くんに見て欲しいんです」

「…………」

 待て待て待て待て。

 仮に投稿作品の確認であっても、高校生が異性を家に呼ぶなんて、告白フラグ以外の何物でもない。

 ましてやユリナだ。

 男女関係に慎重そうな彼女が、自分から男子を家に誘うなんて、これはもう一大事と呼んでいいだろう。

「……わかったよ」

 舞い上がる気持ちを隠して、あくまで冷静に返答する俺。

 本当は今すぐサンバを踊りたいくらい興奮しているが、コスプレコーナーでそんな真似をしたら変質者だよな。

 うん、心の中で踊っておこう。

 とにかくそんなわけで、メイド服の購入は無事完了。

 それから文化祭までの数週間は、本当にあっという間に過ぎ去って、とうとう前日を迎えてしまった。

 場所は変わってここは教室、準備が終わった瞬間である。

「これにて準備完了です! 皆さんお疲れ様でした!」

 クラス委員長が手を叩くと、クラス中から、わあっと歓声がわき起こる。

 机と椅子で作った客席。

 手描きのイラストや風船で飾られた壁。

 用意済みのフード類やドリンクは、教室の後方をカーテンで仕切り、そこにまとめてストックしてある。

 当日の役割分担も決まったし、後は本番を待つだけの状態だ。

「アダチ」

「ああ、リカルド」

「いよいよ明日ですね。わたくしはワナビ戦があるので、クラスの出し物には残念ながら協力できませんが、運営どうぞ頑張ってください」

「おお、任せとけって」

 俺は自分の胸を叩いてみせた。

 普段はライバル的な関係だが、こういう学校行事の時くらいは、同じクラスの人間として協力したい。

「それより、お前こそ平気なのか? 明日のバトルの結果によって、修学旅行の内容が決まるなんて、めちゃめちゃ責任重大じゃないか」

「確かに緊張もありますが、それ以上に楽しみですよ」

「さすがだなぁ」

「ふふふ。我々のエキシビション・マッチは、文化祭の最後ですから、もしよかったら見に来てください」

「ああ、もちろん見るって」

 修学旅行の予算配分もさることながら、池田リカルドと葵先輩のガチバトルなんて、個人的にも非常に楽しみなイベントだ。

 どちらが勝っても二人の関係が悪化しそうだが、ワナビ戦に引き分けは存在しないから、泣いても笑っても勝者は一人というデスマッチ。

 どう考えたってこれは見るしかないだろう。

「じゃあリカルド、また明日な」

「ええ、ごきげんよう」

 そしてついに文化祭当日を迎えた。

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