エキシビション・マッチ(2)

 とうとう文化祭当日になって、メイドカフェがオープンした。

 俺は現在、我がクラスの教室の前で、待機列の誘導係をやっている。

 本当はレジに立候補したのだが、クラス委員長に「足立くんって計算苦手でしょ?」と一蹴されて、この通り誘導係へ回されたのだ。

 え、レジに立候補した理由?

 店内でメイドさんを眺めたいからに決まってんだろ。

「一年一組、メイドカフェやってまーす! 最後尾はこちらです!」

 今の待機列は約二十人で、まだオープン直後だというのに、予想を上回る盛況振りだ。

 そうこうしていると、おそらく外の様子が気になったのか、教室からメイド服を着たユリナが出てきた。

「足立くん、状況はどうですか?」

 髪を飾るフリルのカチューシャ。

 清楚で上品な純白のメイドエプロン。

 歩くとふんわり揺れるひざ上丈のスカート。

 そもそもただでさえ美少女なのに、そんな衣装を着られてしまうと、絶対領域が眩しくて直視できない。

 いや、実際はガン見させてもらうけど。

「状況? こっちは特に問題ないぜ。店の中はどういう感じだ?」

「コーラの買い置きが足りないので、店番の子を一人出して、近所へ買いに行ってもらいました。というわけで、ちょっと人手が足りないです」

「うーん、そりゃ困ったな」

 店番は交代制を採用しており、担当以外の生徒は、他の出し物を見て回っている。

 なので応援が欲しくても、急に呼び出すのは難しい。

「クラスの奴らが通りかかったら、店を手伝うように声をかけるよ。悪いがそれまでは、今の人数で辛抱してくれ」

「わかりました」

 というわけで俺とユリナは、それぞれの持ち場へ戻った。

 クラスの連中はなかなか捕まらなかったが、コーラを買いに出掛けた生徒が戻ってきて、午前中はどうにか乗り切れそうな雰囲気である。

 しかし本当に大盛況だな。

 開店時間は朝十時だったのに、あっという間に二時間が過ぎ去って、もうすぐ十二時になりそうだ。

 なんて考えていると、交代の生徒が現れた。

「おっす足立、交代すっか」

「おお、待ってたぜ!」

「午後の誘導はオレに任せろ。しかし店の中がうるさいな?」

 確かにそう言われてみれば、さっきから店内が騒がしい。

「足立、見てこいよ」

「ああ」

 やって来た交代係にその場を任せ、教室の中へ入ってみると、ユリナがお客さんに怒られていた。

 相手は若い男性の二人組で、外見から推察するに、大学部の学生だと思われる。

「おい、何があったんだ?」

 近くにいた店番の女子に、小声で経緯を尋ねてみた。

「それがね、オーダーを間違えて出しちゃったのよ。色がよく似てるから、コーラと烏龍茶を取り違えちゃって」

「コーラと烏龍茶なんて、普通は見分けつくだろ」

「しっ、仕方ないじゃない、こっちは忙しかったのよ!」

 まあ確かに、朝から大盛況だったもんな。

 みんなアルバイトは未経験だし、初めての接客でこれだけお客さんが入ったら、店内が混乱するのも無理はない。

「ねえ足立くん、どうしよう? 責任者を呼べって言われてるんだけど……」

「豪田先生は?」

「探してるけど見つからないわ。こんな時に限って携帯も圏外だし」

 それで収拾がつけられなくて、騒ぎになってしまったわけか。

 いやしかし、男子の店番だって数人いるのに、黙って様子見してるなんて薄情すぎるぞ。

 クレーム対応が怖いのは理解できる。

 相手は大学生だし、しかも複数だし、俺だって正直怖い。

 だがしかし、こんな時にひよったら、男である意味がないじゃないか。

「わかった、任せてくれよ」

 俺は店番の女子にそう告げて、客とユリナの間へ割り入った。

 心臓が早鐘を打っているが、オドオドするのは逆効果だから、しっかりと背筋を伸ばそう。

「なんだよ、お前?」

「俺は足立勇気、このクラスの代表者です」

 今のは決してデタラメじゃない。

 俺は出席番号が一番だから、ある意味この学級の代表だ。

 いや、かなり強引すぎる理屈だが、ここは嘘も方便で行かせてもらおう。

(うう、注目されてるぞ……)

 店番のメンバーだけでなく、教室外の通行人まで俺を見ていて、ひざがガクガク震えそうになってしまう。

 いやいや、だからどうした?

 ユリナが困っているのに、黙って様子見してる方が、遥かに居心地が悪いからな。

「オーダーを間違えてしまって、誠に申し訳ありませんでした。すぐに正しいドリンクをご用意します」

「そう言われても、もう全部飲んじまったよ」

「でしたら、返金致します」

 そう告げてレジの方角を見ると、クラス委員長が俺の意図を察してくれて、ドリンク分の代金を持ってきた。

 男二人は顔を見合わせていたが、結局それを受け取って、ウチのクラスから去って行った。

 去り際に「気を付けろ」と吐かれたが、意外にあっさりとした引き際である。

(あ、あれ?)

 せめて先生が来るまでの場繋ぎに……と思ったが、今の対応だけで場を収めることができたみたいだ。

 俺が成り行きに驚いていると、店番の女子が駆け寄ってくる。

「やるじゃない!」

「今の格好よかったよ!」

「足立くんって頼りになるねっ!」

 尊敬に満ちた女子達の視線。

 それに対してクラスの男子は、嫉妬を含んだ目で俺を見ているが、ユリナを見捨てた人間にこちらを恨む権利などない。

「あたし思うんだけどさ、さっきのお客さん達って、メイドさんを困らせたかっただけじゃないかな?」

「えっ?」

「あたしのお姉ちゃん、本物のメイドカフェで働いてるけど、その手合いのお客さんが多いって話を聞くもん。もちろんオーダー間違いはこっちの不手際だけど、過剰に怒ってメイドさんが困る姿を楽しむんだよ。男子が対応したらすぐ帰ったのも、もしかしたらそういう理由かもよ?」

 むむむ。

 まったく知らなかったけど、そんな思考の奴がいるのか。

 その気持ちはわからなくもないが、俺だったら困った顔をさせるより、相手を笑顔にしたいと思うけどな。

 なんて考えていると、クラス委員長がパンパンと手を叩く。

「いったんお客さんが引いたから、今のうちに着替えを済ませて、午後担当の生徒と交代しましょう。さあ、男子は教室から出た出た」

 そういうわけで教室を出ると、そこには葵先輩が立っていた。

「足立、やるじゃねえか」

「葵先輩、見てたんですか?」

「おうよ。オメェ成績はイマイチだけど、ああいう部分は根性あるよな。オレがやった透明カバーも、結局は使ってるみてえだし」

「もちろん愛用してますよ」

「そんなオメェに、プレゼントだぜ」

 おいおい、またプレゼントか。

 今度はどんな意地悪をする気だろう。

「まあそう警戒すんなって。今度のは純粋に役立つぜ?」

 葵先輩が取り出したのは、『ワナビ戦エキシビション・マッチ』優先観覧エリア、と書かれたチケットだった。

 同じ券が全部で三枚。

 そうだ、この人ワナビ戦に出場するはずなのに、こんな場所で油を売っている時間はあるのだろうか。

「葵先輩、準備しなくていいんですか?」

「オレはどっかのリカルドと違って、文化祭を楽しむ余裕があるんだよ」

「へえー」

「こうして出し物を見て回って、その後ちょっくら雀荘を手伝って、戦の準備はその後でも充分さ」

「雀荘?」

 おっと、そうだ。

 葵先輩とアカネ先輩は二人ともクラスが一緒で、出し物は雀荘で、女子はチャイナドレスを着用すると前に聞いた。

 我がクラスのメイド服もいいが、チャイナドレスも捨てがたいぞ。

 どちらも魅力的すぎて、俺にはとても選べない。

「あの、葵先輩、つまらない質問をしますが……」

「ん、どうした?」

「メイド衣装とチャイナドレス、葵先輩はどっちが好きですか?」

「オレか? その中では水着だな」

「それ選択肢にありません」

 しかも、真顔で即答かよ。

 意地悪されて嵌められても、俺はやっぱり、葵先輩のノリが好きである。

「そろそろ女子が出てくるんじゃね? んじゃま、邪魔者は退散しますか」

「あの、ワナビ戦、頑張ってください」

「うっす、サンキュー」

 軽く口笛を吹きながら、葵先輩は去って行った。

 待てよ、つい励ましちゃったけど、今日はリカルドを応援するんだっけ?

 まあいいか、二人とも平等に応援しよう。

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