エキシビション・マッチ(3)

「足立くん、お待たせしました」

 葵先輩がその場を去った後、教室からユリナが出てきた。

 制服へ着替えるのかと思ったが、衣装はメイド服のままの状態だ。

「あれ、着替えなかったのか?」

「はい。衣装が一着余っているので、せっかくだからこの格好で回って来いと、クラス委員長に言われまして……」

 クラス委員長、ナイス配慮だ。

 普段のセーラー服も可愛いが、こんな機会でもないと見られないメイド姿は、やっぱり特別感が違うもんな。

 とにかく午前の店番を済ませた俺達は、アカネ先輩のクラスへ行くことにした。

「あの、さっきは嬉しかったです」

 廊下を並んで歩きながら、ユリナが小声で口にする。

「月並みな感謝しかできませんが、本当にありがとうございました」

「いやー、俺は何もしてないって」

「何もしてなくありません。他の男子は見て見ぬ振りだったのに、足立くんはすぐに迷わず助けてくれて、わたし本当に嬉しいと思ったんです」

 そう言って恥ずかしそうに微笑むユリナ。

 普段から笑顔を絶やさない少女ではあるが、特にここ最近は、笑顔の質が少し変わったように感じられる。

「足立くんはわたしの夢を応援してくれたし、ついさっきもピンチを救ってくれたし、こうして二人でいるとすごく安心できます。この先どんな大変な出来事が起こっても、足立くんと一緒だったら、乗り越えて行けそうだなって思うんです」

「そ、そうか」

「最近は学校にいる時だけじゃなく、家に帰ってからも、気付けばそんな風に考えています。男子にこんな感情を持ったのは、わたし、生まれて初めてかもしれません」

 ユリナは戸惑いながら、しかし同時に幸せそうに、その言葉を口に乗せる。

 そう思ってくれたなんて、こちらこそ望外の幸せで、思わず身体が熱くなった。

 胸が震えるようなこの感覚は、どんな言葉を使っても、まったく表現できそうにない。

(よ、よし)

 バレないように深呼吸して、それから俺は、ユリナの左手を握り締めた。

 ヤバイ。

 手を繋いでしまった。

 ここは冷静に振る舞いたいが、落ち着こうと頑張れば頑張るほど、鼓動のリズムが乱れてしまう。

「あっ……」

 ユリナは何か言おうとしたが、そのまま口を閉ざし、俺と反対側へ視線をそらした。

 一瞬嫌われてしまったと誤解したが、次の瞬間、繋いだ手をギュッと握り返してくる。

 ああ、そっか。

 俺もユリナも恥ずかしすぎて、お互いの顔が見られないんだ。

「…………」

「…………」

 俺達の手は小さく震えて、そして同時に汗ばんでいるが、今はむしろそれが嬉しい。

 会話こそまったくないものの、二人の心は一つだという、非常に強い確信が感じられる。

 うん、そうだ。

 きちんとユリナに告白しよう。

 今は騒がしい廊下だから言わないでおくが、家へ来るように誘われたから、その時がシチュエーション的にベストかな。

 なんて考えているうちに目的地へ無事到着。

 ちょうどアカネ先輩が出てきたので、俺とユリナは繋いでいた手を離した。

「まあ、足立くんにユリナちゃん、ウチのクラスを見に来てくれたの?」

 アカネ先輩はチャイナドレスだ。

 そではノースリーブで、スリットはかなり高め。

 ボディーラインを引き立たせる真紅のサテンは、光の加減によってツヤが変化し、いかにもゴージャスな雰囲気を醸し出している。

 いや、うん。

 これは俺の個人的な意見だが、最初にチャイナドレスを考えた人間は、本当に天才だと思うんだよな。

「せっかくなので一局打ちたいんですが……」

「あら、あたしの店番だったら、ちょうど今終わったところよ」

「それは残念です」

「チャイナドレスが何着か余ってるから、このまま休憩していいって言われてね。どうせだから三人で文化祭を回らない?」

「三人で?」

 俺はそれでも構わないが、せっかく甘いムードになったのに、ユリナは不満に思ったりしないだろうか。

 そう思いつつ様子を見ると、彼女は不満どころか、とても嬉しそうな顔だった。

「是非三人で回りましょう! 足立くんもいいですよね?」

「あ、ああ」

「あらまあ、どうしたの? 今日のユリナちゃんは、いつも以上に元気ねぇ」

「えへへ。実はウチの学級のメイドカフェで、足立くんが大活躍したんですよっ」

 ユリナは非常に熱い口調で、アカネ先輩へ事実を伝えた。

 その表情は嬉しそうで、そして同時に誇らしそうで、聞いてるこっちが照れくさい。

 だがしかし、ユリナがそうやって俺を褒めちぎったら、今度はアカネ先輩が機嫌を悪くするのではないだろうか?

 などと考えてしまったが、それは単なる杞憂だった。

「へえー、さすがは足立くんね。教え子がそんな行動を取ったなんて、あたしもブラザーとして鼻が高いわ」

「わたしもパートナーとして、足立くんが誇らしいですっ」

「い、いやぁ、ははは……」

 あれ、一体どうしたんだ?

 つい先日の昼休みは、俺を巡って火花を散らせていた二人なのに、今日は妙に穏やかだ。

「ユリナとアカネ先輩って、そんなに親しかったっけ?」

 俺の純粋な疑問の声に、二人が交互に返答する。

「あの屋上の一件でしたら、アカネ先輩へ謝りました」

「そうそう。あたしとユリナちゃんは、二人でよーく話し合ったの」

「アカネ先輩は足立くんのブラザーで、わたしはパートナーという立場です」

「ワナビ戦で勝ち上がる為には、どちらの助けも重要じゃない?」

「だから、ケンカはやめようって決めたんですよ」

「というわけで、あたしとユリナちゃんは争わず、仲良く足立くんをサポートするわね」

 うわ、いつの間に。

 これには少々ビックリしたが、結果的にはいい流れだと思う。

 決して二股ではないが、片方を選んで片方を捨てるなんて、後味がよくないもんな。

 今後もユリナやアカネ先輩と交流できて、しかも両者が争わないなんて、まさしく理想の状態と呼べるじゃないか。

「それじゃさっそく三人で、文化祭を回りましょうか」

「あ、でもわたし、ワナビ戦の会場はすごく混むって聞きました。早めに場所取りした方がよくないですか?」

「ああ、それもそっか。それだと出し物を楽しむ時間はないわねぇ……」

 アカネ先輩が表情を曇らせる。

 よっしゃ、ここでアレの出番だな。

「えっへん、俺こんなの持ってますよ?」

 ジャジャーンとポケットから取り出したのは、葵先輩にさっき貰った、ワナビ戦の優先観覧エリアのチケット×三枚。

 この魔法のチケットさえあれば、しっかり出し物を楽しんだ上で、ワナビ戦も優先席で堪能できる。

「でかしたわ、足立くん!」

「さすが用意周到ですねっ」

 女性二人の尊敬の眼差し。

 葵先輩はこの状況を想定して、わざわざ三枚くれたわけか。

 透明カバーの一件でも痛感したが、あの人は本当に、人のテンションを操るのが上手い。

「うふふ。それじゃ時間いっぱい、出し物を楽しみましょ」

「はいっ」

「よし、行くか!」

 というわけで。

 俺達はお化け屋敷へ入ったり、ヨーヨーすくいをしたり、焼きモロコシを食べたり、文化祭を目いっぱい楽しんだ。

 隣りにはメイド服のユリナと、チャイナドレスのアカネ先輩。

 おかげですれ違う男子には睨まれたが、気まずいと同時に優越感が満たされる。

(まったく、今日はサイコーだぜ!)

 この時、俺は心から確信していた。

 ワナビ戦では負けの連続だが、日頃の努力がユリナとアカネ先輩へ伝わって、ハーレム展開へ突入したのだ。

 こんなオイシイ体験をしたら、誰だってそう思っちゃうだろ?

 でもな、あらかじめ結論を述べてしまうと、これは決してハーレム展開の始まりじゃなかったんだ。

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