ユリナの夢(3)
「おはようございます、アダチ」
月曜日。
俺が登校して席へ着くなり、リカルドが話しかけてきた。
コイツと友達になった覚えはないが、出席番号の都合で席が前後なので、さすがに無視するわけにもいかない。
「よう、リカルド、朝っぱらから何の用だ?」
「用と呼ぶほどではありませんが、アダチは、葵喜一郎と親しいのですか?」
「葵喜一郎?」
ああ、そうだそうだ。
屋上で知り合いになった、ドキュンっぽい先輩だな。
例のデートで舞い上がりすぎて、そういやすっかり忘れていたぜ。
「悪いことは申しません。葵喜一郎と関わるのは、今後やめておきなさい。ロクな男ではありませんから」
「は、どうしてだよ? 葵先輩に恨みでもあんのか?」
「ええ、ありますとも。二年前のエキシビション・マッチで、当時中二だったわたくしは、中三だったあの男に敗れたのです。おかげで戦績に唯一の黒星がつきました」
「それで恨むなんて、逆恨みじゃないか」
「敗北は仕方ありません。わたくしが許せないのは、試合が終わった後に、『ザマア』と言われたことです」
そうか、そりゃ恨むわな。
とにかくリカルドと葵先輩は、そのエキシビション・マッチが原因で、お互い憎み合っているわけだ。
何しろ修学旅行の予算を決めるバトルだっけ?
背負う責任は非常に大きいが、俺もいつかは、そんな舞台に立ってみたいぜ。
ああそうだ、放課後はワナビ戦だから、今日こそ絶対に勝ってみせよう。
(よーし!)
いざ放課後。
俺が体育館へ到着すると、例によって、アカネ先輩が待っている。
協力するという言葉通り、今日は葵先輩も一緒だった。
「おっす足立、見に来てやったぜ」
「足立くん、今日は絶対に勝ちましょうね」
「はい、やってみせます!」
クラスメートが体育館へ集合すると、豪田先生がいつも通り説明を始める。
「今日は久し振りのワナビ戦だ。それぞれ緊張もあると思うが、落ち着いて頑張ってくれよ。それでは実技を開始するが、えーと、出席番号順でいいかな?」
控えめな声でそう言いながら、チラチラと俺を見る豪田先生。
毎回一番に負けていると、トラウマになって学校へ来なくなるのでは……という気遣いが見え隠れしているが、そんな情けは不要である。
「足立、悪いが一番でいいか?」
「もちろんです」
「よし、いい返事だ。今日こそ本気で戦うんだぞ」
「…………」
俺はいつも本気だぜ?
おっと、ダメだ、集中集中。
ワナビ戦はイメージが大切だからな。
「それでは一番の足立勇気、入力開始!」
「望むところだ!」
豪田先生の声と同時に、素早く入力を開始する。
大丈夫。
何を隠そう、俺はユリナと動物園へ行った時、とある動物をじっくりと観察したのだ。
さあ、今日はこのモンスターで勝つぜ!
・挑戦者 足立勇気
『その駿足は世界一! 最高時速は約100キロ! サバンナを全力疾走する無敵の
……チーター。
そう書く予定だったのに、入力が間に合わなかった。
「ちょっと足立くん! 文章が途中で終わってるじゃない!」
「大丈夫です、アカネ先輩! 白い煙はちゃんと起こってますから、きっとあの中から無敵のチーターが……!」
召喚がしっかり発動するように、無敵のチーターを強くイメージ。
やがて漂っていた煙が消えると、しかしながら、そこには何も存在しなかった。
「何も見えないが……?」
「いや、待て、透明人間だ!」
「足立の奴、本気を出してきたぞ!」
クラスメートが息を呑んで見守る中、俺のETに、早くもコメントが浮かび上がった。
・挑戦者 足立勇気
・試合結果 敗北(0ターン)
【続きを匂わせる終わり方はやめて、一文をきちんと完結させてください】
ガーン。
まさかの不戦敗である。
「足立くん、失敗ね……」
「はい……」
「どれだけ文章力や想像力に自信があっても、動物名を入力しないと召喚は失敗するわよ。何を呼び出すつもりなのか、ETにだって伝わらないもの。ううん、教えていなかったあたしの責任ね……」
そっと視線をそらすアカネ先輩。
しかし透明人間だと叫んだクラスメートも異常だよな。
サバンナを全力疾走する透明人間って、どう考えてもアブノーマルすぎるだろ。
「ああ、失敗しただけか」
「確かに変だと思ったぜ」
「だよな、足立だもんな」
ぐぬぬ、ちくしょう。
今のは予定外のハプニングで、本当は無敵のチーターが出現するはずだったんだ……という言葉を飲み込んで、俺はその場から引き下がった。
敗軍の将に兵を語る資格はない。
「俺は残念だったが、ユリナは頑張れよ」
すれ違いざまに肩を叩くと、ユリナはしっかり頷いて、先生の前へ堂々と進み出た。
以前はオドオドしていたが、今日は自信に満ちており、気のせいか表情も頼もしい。
「それでは次の生徒だが、えーと、出席簿順でいいかな?」
またまた気遣いを見せる豪田先生。
確かに戦績を思い出したら、ユリナも勝った経験がない。
「はい、次はわたしが戦います」
「わかった、それでは厚木ユリナ、入力開始!」
「……行きます!」
・挑戦者 厚木ユリナ
『ふかい森のオオカミ』
その場に白い煙が巻き起こり、中から登場したのは、絵本チックなオオカミだった。
そういえば、ユリナのスケッチブックに、ああいうオオカミがいたっけな。
あと「ふかいも」の正体はコレだったのか。
なんて思い出していると、アカネ先輩が大声で叫ぶ。
「ユリナちゃん、このまま攻撃のターンへ行けるわ! 急いで文章を入力して!」
「は、はいっ」
「これは演習で相手は反撃しないから、勝てるまで文章入力を続けるのよ!」
『オオカミはらんぼうもので、ちかづいてきたライオンに、ぼうりょくをふるいました。』
『おまえなんか食べちゃうぞ、ガブリ!』
『ライオンはとってもいたそう。はしってにげていきました。』
『かったオオカミは、うれしくて大わらい。ガハハハハ!』
ユリナが文章をタイプすると、俺達の目の前で、その通りの戦いが展開される。
やがて入力通り豪田先生のライオンが敗走し、ユリナのETにコメントが浮かび上がった。
・挑戦者 厚木ユリナ
・試合結果 勝利(4ターン)
【合格です。本来ひらがなの多用は減点対象ですが、世界観によく合っている為、今回はむしろプラスの評価となりました。今後もこの方向性で頑張ってください】
「わっ、わたし、勝ったんですか?」
「ええ、そうよ」
まだ信じられない様子のユリナに、優しい笑顔でアカネ先輩が答える。
「素晴らしいタイピング速度だったわ。かなり練習したんじゃないの?」
「はい、一人で猛特訓したんです。それに……悩みが晴れたので、今日は自信を持って臨めました」
「悩み?」
「えへへ、今は内緒です」
ユリナは俺に視線を向けて、ペロッと舌を出してみせた。
そうか、動物園の件は内緒なんだな。
アカネ先輩には申し訳ないが、それなら俺も黙っておこうか。
(へへっ、二人の秘密ってヤツか……)
嬉しいような照れくさいような、妙な感情が俺の心にわき上がる。
今日は負けてしまったが、ユリナのこの奮闘を見習って、次回こそは勝たないとな。
え、リカルド?
今日もTレックスを呼び出して圧勝だったぜ。
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