ユリナの夢(4)

 ここはいつもの、帰り道のカフェ。

 勝ったユリナは反省会を免れた為、俺は今アカネ先輩、それに葵先輩と向き合っている。

 二対一で説教されるって、圧迫面接みたいだよな。

 うう、トホホだぜ。

「じゃあ反省会を始めるけど、その前に足立くんは、床に座ってくれるかしら?」

「へっ?」

「前回の反省会で約束したでしょ? 忘れたなんて言わせないわよ」

「いえ、忘れてませんけど、本当にやるんですかっ?」

「もちろんよ。あたしは嘘なんか言わないわ」

 鋭い視線で俺を睨むアカネ先輩。

 元々気の強そうな顔立ちなので、怒って目をつり上げると、なんとも言えない迫力がある。

 しかし、実行するのはヤバくないか?

 脳内で想像するだけならいいが、ここはカフェの一角だから周囲の視線も気になるし……って、それを含めてお仕置きなんだな。

(助けてください、葵先輩!)

 視線でヘルプサインを出すと、葵先輩はすぐに気が付いて、こっそり親指を立ててくれた。

 ああ、よかった。

 持つべきものは空気の読める先輩だ。

「そりゃ面白ぇ! ほら足立、さっさと床に座れ。グズグズすんなよ」

「ちょ、えええっ?」

 さっきの親指は何だったんだ?

 というか、二対一で先輩に命令されたら、俺に勝ち目なんてあるはずがない。

「……やらせていただきます」

 こんな展開になるなら、座布団を持ってくればよかったな……なんて思いながら、床の上に正座する俺。

 恐る恐る顔を上げると、葵先輩が何か言いたそうに、目で合図を送ってきた。

 え、なになに?

 アカネ先輩を見てみろ?

「!」

 目線が低くなったせいで、アカネ先輩のスカートの中が、はっきりと視界に入った。

 今は斜めの角度なので柔らかそうな太腿しか見えないが、もう少し正面へ寄ったら下着が覗けちゃうかもしれない。

(くっ……)

 思わず気持ちが高ぶってくるが、ここで焦ってバレてはいけない。

 アカネ先輩本人に悟られないよう、俺は慎重に視線の位置を動かした。

(おお、黒だぞ……!)

 目標物を視界にとらえた俺は、その光景を、瞬時に目の裏へと刻み込んだ。

 こんな機会を与えてくれた葵先輩は神。

 はい、これ確定事項な。

「なっ、何してんのよ!」

 その瞬間俺の行動に気が付いて、スカートを押さえるアカネ先輩。

「今、あたしのスカートの中を見たでしょ? 最低ね!」

「いいえ、俺は何も見てません。それに百歩譲って見たとしても、俺を床に座らせたのはアカネ先輩ですから、あなたに怒る権利はありませんよ」

「真顔でそう言いながら、さらに真剣に覗かないで! お仕置きはもういいから、椅子に座ってちょうだい。まったく……」

 アカネ先輩の言葉を受け、テーブルの下から出る俺。

 そう、俺はスカートを覗く為に、テーブルの下まで潜り込んだ。

 我ながら素晴らしい情熱だよな。

「その集中力と情熱と意気込みを、何故ワナビ戦で発揮できないの? 今日だってリカルドくんは、『Tレックス』という単語一つで、最強の恐竜を呼び出したのに」

「お言葉ですが、俺に『Tレックス』は無理ですよ。『Tバック』だったら真剣にイメージする自信があるんですけど」

「!」

 俺の冗談(?)を聞いた瞬間、アカネ先輩が顔色を変える。

「ちょっと、やっぱり見たんじゃない!」

「え、何の話ですか?」

「とぼけないで! だから下着が……」

「下着? ほんの一瞬だったので、黒だってことしか、俺にはわかりませんでした」

 え、つまり?

 この会話の流れって、もしかしてだけど?

「アカネ先輩、下着はTバックなんですか?」

「しまった、墓穴を掘ったわ……!」

 アカネ先輩は頬を真っ赤にして、それからテーブルへ顔を伏せた。

 おお、そうなのか。

 黒のTバックを穿くなんて、さすがは上級生の貫禄だな。

「ごめんなさい、あたし頭痛がするから今日は帰るわ……。反省会は二人で適当にやってちょうだい……」

 よっぽど恥ずかしかったのか、アカネ先輩はそう言い残し、重い足取りで帰ってしまった。

 ちょっと気の毒な気もするが、最後の会話は彼女が自爆しただけで、俺は悪いことをしてないと思う。

「どうだ足立、ちったぁ元気出ただろ? 反省なんざ適当にしてりゃいーんだ。ガチでヘコむとかダセェよ」

「ありがとうございます。一瞬、裏切られたと思いました」

「オレの敵はリカルドだからな。足立をワナに嵌めたって、何のメリットもねえだろ」

 うん、まあ確かに。

 ワナに嵌めてもらうまでもなく、俺の成績はいつだって底辺だしな。

「んじゃま、これで解散もなんだし、二人で仲良く反省会すっかね。まずは戦闘履歴のチェックだな。ほら、ETを見せてみろ」

 お、どうやら本当に協力してくれるらしい。

 でも、葵先輩を信じていいのか、いまいち迷う面もあるんだよな。

「葵先輩って、リカルドに失礼な発言をしたんですよね?」

「はあ?」

「試合後に『ザマア』って言ったんでしょう? そりゃ恨まれて当然ですよ」

「んだと? そもそもこっちは、試合前に『愚民』って言われたんだぜ?」

「…………」

 これ、アレだ。

 どっちが悪いとかじゃなく、お互いに憎み合って、砂のかけ合いをしてるだけだ。

 まあ俺にしてみれば、リカルドにつく理由は何一つないし、葵先輩を信じてみよう。

「それじゃ、お願いします」

 指示通りETを手渡す俺。

 絶対に笑われると覚悟していたが、葵先輩の表情は真剣そのもので、バカにされるような気配はゼロだ。

 ああ、よかった。

 やがてチェックが終了すると、葵先輩はこんな助言をくれた。

「足立、オメェに足りねえ要素は愛だ」

「……愛?」

「だから0ターンで負けんだよ。オメェ、サメもチーターも透明人間も、なんとなく出そうと思っただけで、別にちっとも好きじゃねえだろ? 勝ってる奴らを思い浮かべろ。たいてい愛があるはずだ」

「勝ってる奴ら……」

 リカルドは恐竜を愛しているし、ユリナは絵本の執筆が大好きだ。

 一方俺は、葵先輩に指摘された通り、サメもチーターも透明人間も好きではない。

 っていうか、何故か例に挙がっているが、透明人間なんて一度も召喚してないぞ。

 でもそうすると、自分は何なら愛せるんだろう。

「オメェ、趣味とか好きなモンは?」

「うーん、これといって特に……」

「じゃあ、週末は何してんだよ?」

「最近はずっと小説を書いてます」

「そりゃいい、オレに見せてみろ」

 葵先輩がいきなり検索を始めたので、俺は慌てて椅子から立って、自分のETを力尽くで奪い返した。

 書きかけの小説を見られるなんて、とてもじゃないけど耐えられない。

「俺が書いてるのは小説というか、ショウセツカッコカリというか、とにかく人様に見せられるレベルじゃないですっ!」

「そんなら見ねえよ。オレは人の秘密を暴くような、野暮な人間じゃねえからなァ」

 ホッ、助かった。

 自分の作品を見せるのって、やっぱり恥ずかしいもんな。

 それにしても、ユリナはこんな思いを乗り越えてまで、俺にスケッチブックを見せてくれたわけか。

 あの時緊張していた気持ちも、今ならすごく正確に理解できる。

「とにかく、足立はアレだ。何が好きなのか、何なら真剣に想像できるのか、一度じっくり考えてみるといいぜ。小手先の文章で勝負するより、その方が結局は近道だからな。うし、今日の反省会は以上!」

 そんなこんなで、途中でアクシデントは発生したが、反省会は無事終了。

 指導方法はまったく違うが、葵先輩は葵先輩で、頼りになるのが理解できた。

 ユリナとも親しくなったし、これであとは成績が伴えば、俺のモテルートは確定だぜ。


 ……以上が一学期序盤の出来事だ。

 今改めて思い出しても、この段階あたりまでは、正しかったはずなんだよな。

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