第四章 初めての投稿

初めての投稿(1)

「ふーん、遠足かぁ」

 ある日の終礼で配られた、一枚のお知らせプリント。

 そこには「みんなで楽しくハイキング! 素敵な記念品もあります!」と書いてあった。

「やれやれ、ハイキングですか」

 リカルドの声がしたので、俺は仕方なしに振り返る。

 会話の相手はしたくないが、一人でブツブツ言われるのも、それはそれで不気味だからな。

「どうした? 遠足の内容が不満なのか?」

「そうではありませんが、今週はこの遠足があるせいで、ワナビ戦の実技がないでしょう?」

「ああ」

「それが不満なのですよ。ワナビ戦で0ターン勝利して、戦闘履歴の恐竜コレクションを増やすのが、わたくしの生き甲斐ですから」

 まさかそれが生き甲斐とは、さすが0ターンの男は違う。

 いや、俺もある意味、0ターンの男だけどな。

「と、文句ばかり言っても仕方ないので、わたくしも遠足には参加しましょう。やれやれ、アニマル・ビンゴの準備でもしておきますか」

「アニマル・ビンゴ?」

「ええ。お調子者でうっかり者のアダチも、ETを忘れないように注意しなさい」

「ET? 遠足にETがいるのか?」

 と思いながら手元のプリントを見ると、確かに持ち物欄に「ET」と書いてある。

「?」

 ハイキング中どう使うのか不明だが、まあとにかく忘れずに持って行こう。

 それより今の俺にとっては、週末の遠足よりも、遥かに気になる事項がある。

 どうにか書き上げた初めての短編小説を、今日締切の新人賞へ投稿する予定なのだ。

(思えば苦労したよなぁ……)

 好きな物を見つけろと葵先輩には言われたが、俺には何も取り柄がないから、とりあえず書きかけだった小説を完成させた。

 原稿用紙に換算すると五十枚。

 三枚の作文さえ苦労する自分が、睡眠時間を削ってこんなに長い文章を書き上げたなんて、これは奇跡と呼んでいいだろう。

 だってほら、万一これが受賞しちゃって、作家デビューなんかしちゃったら、チヤホヤされてモテモテになれそうじゃん?

 いっぱいファンに囲まれて、サイン会とかしたいじゃん?

 動機がとっても不純だが、とにかくそういう願望もあって、完成にこぎつけたのだ。

(放課後は郵便局へダッシュだな! あ、でも、その前に……)

 さて放課後。

 学校からの帰り道、俺は郵便局へ駆け込む前に、とある場所を訪れた。

 そう、それは有名な神社。

 決して他力本願ではないが、投稿直前に成功を祈願するのも、悪い行動ではないだろう。

(いざ参らん!)

 朱色の大鳥居を厳かにくぐり、まずは手水鉢で両手をお清め。

 肌に心地よい風を感じながら、拝殿の前に立った俺は、深く二礼して柏手を二回打つ。

 願い事は、ここはうん、シンプルな方がいいよな。

(これから投稿する新人賞で、いい結果が出ますように!)

 そう祈願して参拝終了。

 これでやるべき行動は済ませたし、後は郵便局へ向かうだけ、そう思って一歩踏み出した瞬間だ。

「あれっ、アカネ先輩?」

 間違いない。

 社務所の前でアカネ先輩とすれ違った。

 向こうは不意打ちだったらしく、俺が声をかけると、いつになく動揺した姿を見せる。

「あ、えっ、やだ、足立くん?」

「こんにちは。その手に持っているのは、良縁祈願の御守……ですよね?」

「!」

 俺が御守をよく見ると、慌てて隠すアカネ先輩。

 むむむ?

 この反応は、もしかして?

「そうやって隠したって、もう見ちゃいましたよ。アカネ先輩、ひょっとして、好きな男性がいるんですか?」

「いえ、その、これは……」

 アカネ先輩は頬を赤く染め、ひどく歯切れの悪い返事をしたが、やがて諦めたように語り出した。

「べ、別にその、特定の相手はいないわよ」

「ふーん」

「でもほら、あたしも高二でしょ? 今まで仲のよかった友達が、この頃どんどん彼氏を作っちゃって、ちょっと焦ってるっていうか。この年齢で交際経験ゼロとか、さすがに結構まずいじゃない」

「そうなんですか? それは本気で驚きました」

 交際経験ゼロなのは、別にまずい話ではない。

 そういう奴はたくさんいるし、もちろん俺だってその中の一人だし、恥じる必要は皆無だと思う。

 ただ、アカネ先輩に限って話せば、彼氏がいないのは相当な驚きである。

「アカネ先輩って、まさに才色兼備じゃないですか。モテない理由がわかりませんよ」

「あたしはこっそりガリ勉するタイプで、リカルドくんや葵みたいに、元々才能に恵まれた人間じゃないもの。顔立ちだってつり目で怖いって言われるし、思ったことをズケズケ言っちゃう性格だし」

「ああ、確かにアカネ先輩って、クールで近寄りがたい雰囲気ですよね。あっ、もちろん褒め言葉ですよ?」

 かく言う俺だって、ブラザーだから親しくなれたが、アカネ先輩がただの上級生だったら、とてもじゃないが声なんてかけられなかった。

 アレだ、ほら、高嶺の花。

 すべてはこの一言に集約される。

「アカネ先輩はモテないわけじゃなくって、すごく魅力的だからこそ、釣り合う男がなかなかいないだけですよ。今は焦りもあるでしょうけど、そのうち絶対に、いい恋愛ができると思います」

 その相手に俺とかどうです?

 どう考えても蛇足なので、それは言わないでおこう。

「足立くんは優しいわね。ありがとう、ちょっと元気が出たわ」

 アカネ先輩は視線を上げ、恥ずかしそうに微笑んだ。

 いやもう、その表情だけでイチコロだ。

 しかも下着は黒のTバック……って、あんまり言うとセクハラだから、その件は我が脳内にしまっておくか。

 それにしても、ユリナもアカネ先輩も、それぞれ悩みがあるんだな。

 いい悪いは別として、リカルドだって意識が高いし、何も考えていないのは俺だけらしい。

(いや待て、俺にはこの原稿があるじゃないか!)

 何しろ俺は、この小説で大賞を受賞するのだ。

 まだ投稿さえする前だが、早くも結果が待ち遠しい。

「そういえば、足立くんはここで何をしていたの?」

「いえっ、特に用事はなく、近くを通りかかっただけです!」

「そうなの? ふーん」

「それじゃ俺はこれで! また学校で会いましょう!」

 逃げるように神社から出た俺は、その足で郵便局へ駆け込んで、人生初の小説投稿を完了させた。

 一連の流れは完璧である。

 封筒を丁寧に取り扱ってもらえるよう、郵便局員に明るく自己紹介したし、品名欄には「新人賞受賞小説」と書き込んだ。

 原稿の所在をいつでも確認できるよう、十二ケタの追跡番号は完全に暗記済み。

 いざ受賞連絡が来た時に慌てないよう、『正しい電話マナー』という本も買った。

(へへっ、発表は来月か)

 短編限定の賞なので、これでも結構早いらしいが、一か月後が楽しみだ。

 郵便局を出て見上げた空は、まるで俺の背中を後押しするような、雲一つない気持ちのいい青空だった。

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