初めての投稿(2)
今日は遠足当日だ。
集合場所はハイキング・コースの正面入口。
少し早めにその場へ到着すると、ユリナが元気に駆け寄ってくる。
「足立くん、おはようございますっ」
「おっすユリナ、早いじゃないか」
「えへへ、楽しみで早く来ちゃいました」
と言って照れ笑いしつつ、ペロリと舌を出すユリナ。
うんうん、いい子だなぁ。
態度や仕草だけではなく、今日の服装もまた可愛い。
少し大きめの半袖Tシャツ、デニムのショートパンツ、足元は紺色のハイソックス。
そう、今日は遠足だから全員が私服なのだ。
ちなみに俺の格好は、え、どうでもいいって?
「前のワンピースも可愛かったけど、ユリナって、そういう活動的な服も似合うんだな」
「ええ、今日はハイキングですからね。それにその、あの白いワンピースは、ちょっと微妙な思い出もありますし……」
そこで曖昧に言葉を切ると、ユリナは顔を赤く染め、両手で自分の胸を隠した。
おっと、そうだな。
あの白ワンピース透け透け事件は、俺には素敵な思い出だが、本人には残念な思い出に違いない。
なんてユリナと喋っていると、後ろから無駄にテンションの高い、リカルドの声が聞こえてくる。
「おはようございます、アダチ! わたくしの私服をどうぞご覧なさい」
「…………」
ここは素直に振り向いておくべきか、それとも、聞こえなかった振りをするべきか。
かなり真剣に悩んだ結果、俺は仕方なく振り向いた。
今ここで無視してもどうせ後で会うんだから、それなら、イヤな瞬間は早めに済ませておくべきだよな。
「よう、リカルド」
あさっての方角を見ながら適当に挨拶。
「どうしたのです? ちゃんと私服姿のわたくしをご覧なさい」
「いや、お前の私服には興味ないから。何か着てればそれでいいよ」
とはいえ目の前のリカルドは、イヤでも視界へ入ってしまう。
真っ白なポロシャツ、ベージュ色のチノパンツ、スポーツブランドのスニーカー。
マフラーと十字架のペンダントは普段と一緒で、その両アイテムは私服でも制服でも共通らしい。
「ふふふ、どうです、格好いいでしょう? もし格好いいと感じたならば、真似していただいて結構ですよ」
「そうだな。それでさユリナ、今日の弁当の件だけど……」
「あ、あの、リカルドくんを無視していいんですか? ちゃんと私服姿の感想を言ってあげないと……」
などと話しているうちに集合時間になり、俺達の担任教師である豪田先生が現れた。
「よし、みんな揃ったな。今日のハイキングに関する注意事項だが、個人によってペースが違うだろうから、列は崩して自由に歩いてくれて構わない。十二時から山頂で弁当の時間をとるので、それまでには全員登り切ってくれよ」
クラスメートから質問の声が上がった。
「豪田先生、アニマル・ビンゴについては……」
「おっと、そうだった。アニマル・ビンゴについて説明するから、各自ETを出して電源を入れるように。起動させたら『アニマル・ビンゴ』を選択してくれ」
豪田先生に言われた通り、ETを取り出して電源オン。
「なんだ、コレ?」
メニュー画面からアニマル・ビンゴを選択すると、ETのモニターに五列×五列のマスが表示された。
どうやらビンゴの枠っぽいが、今はすべて空欄になっている。
「よし、全員起動させたな? それでは全部で二十五個ある空欄のマス目に、この山で出会いそうな動物を書き込むように。実際にその動物が出てきたらチェックを入れて、下山するまでにビンゴを完成させるのが目的だ」
「はい豪田先生、景品はあるんですか?」
「あるとも、ETの増設メモリー、1GBだ。先着順の配布ではなく、ビンゴを完成させた生徒全員に配るから、是非とも頑張ってくれよ」
全員配布という言葉を聞いて、クラスメート達が盛り上がる。
「よーし、やってやるぜ!」
「おれ、今日のビンゴの為に、この前下見に来たんだ」
「ちょっと、それって反則じゃないか?」
「いいんだよ。下見は禁止なんて、ルールにないだろ」
クラスの連中が浮き立つのも無理はなく、メモリーを増設したらETのパフォーマンスが飛躍的に向上するから、ワナビ戦で有利に戦えるのは間違いない。
しかしこの山へは初めて来たし、ここで出会いそうな動物なんて、まったく見当すらつかないぞ。
(やっぱり俺って、想像力ないのか……?)
一人で落ち込んでいると、リカルドが助言をくれた。
「別に哺乳類にこだわる必要はありませんよ。鳥でも昆虫でも爬虫類でも、とにかく広い意味で動物なら、何を書いたっていいのです」
「あ、そうなのか」
それならどうにかマスを埋められそうだ。
「それと、普通のビンゴもそうですが、中央のマスは重要ですからね。必ずいる動物を記入した方がいいですよ」
「わかった、サンキュー」
確かに中央はビンゴの肝だから、確実に出会う動物にしないとな。
しばらく真剣に悩んだ末、俺はこの五匹の精鋭部隊に、勝負を賭けることにした。
『ハエ』
『ケムシ』
『アリ』
『チョウ』
『ダンゴムシ』
夢の感じられないビンゴだが、今はロマン以上に、ETの増設メモリーが欲しい。
微妙に罪悪感を覚えるが、すべて動物には違いないから、ルール違反ではないはずだ。
「完成、っと」
残りのマスを適当に埋めてエンターを押すと、その瞬間、文字の色が反転して編集不可能に切り替わる。
よしよし、今日はこのビンゴで勝負するぞ。
「足立くん、一緒に登りませんか?」
ビンゴの入力が済んだ後、ユリナが話しかけてきた。
「ああ、もちろんだ」
「あ、でもわたしって足が遅いから、足立くんに迷惑をかけちゃうかも」
「構わないさ。時間は充分あるから、ゆっくりと登ろうぜ」
ちなみに横目でリカルドを見ると、奴はまだ熱心に、ビンゴの入力作業を続けている。
うん、声をかけられないうちに、先に出発してしまうのが得策だな。
「それにしても、ハイキング中に動物でビンゴっていう発想は、面白いよなぁ。さすがは文想学園ってところか?」
「そうですね。自然とキョロキョロして動物を探しちゃうし、普通に登山するより楽しい気分で歩けますよね」
なんて話しながら山道を歩き出すと、早くも地面にアリの行列を発見した。
「よし、アリだ! 真ん中のマス目ゲット!」
「そっかぁ、アリでもよかったんだ。山の動物って部分を意識しすぎて、普通の虫は思いつきませんでした……」
ユリナの呟きを聞きながら、さっそくETを取り出す俺。
「しかしコレ、画面を編集できないが、どうやってチェックするんだ?」
その疑問には、通りすがりの同級生が答えてくれた。
「自分が書き込んだ動物に会ったら、カメラを起動して写真を撮るんだ。そうすりゃETが認識して、自動的にチェックが入るぜ」
「へえー」
言われた通り写真を撮ると、アリと書いた真ん中のマスが、今撮った画像へ切り替わる。
おお、なるほど。
ビンゴを次々完成させていくと、文字のマスが写真に変わるから、アルバム代わりにもなるわけか。
こんなハイテク機能があるなんて、さすが文想学園が誇るETである。
「それじゃ、気を取り直して、どんどん行こうぜ!」
「はいっ」
その後、俺とユリナは二人っきりで、仲良くハイキング・コースを歩いた。
心配したほど勾配もキツくないので、話しながら歩く余裕もあり、学校行事ではあるがデート気分だ。
「あっ、サルがいますよ!」
山の中腹あたりまで登った頃、ユリナが茂みの中を指差した。
その方角に目をやると、確かにサルが二匹いる。
「おー、サルだな! 俺、空いたマスに、一応サルも書いたんだ!」
「足立くん、絶好調ですねっ」
「へへっ、写真を撮るから、ちょっとだけ待ってくれな」
ETのカメラモードを起動して、俺がシャッターを押した瞬間。
片方のサルがもう一匹を背後から掴み、突然すごい勢いで下半身を振り始める。
(うおっ!)
これはその、なんというか、交尾だよな。
俺が動揺しているうちにETの自動認識が完了し、交尾中のサルの写真がビンゴマスに表示される。
なんてこった。
人に見せられないビンゴになってしまった。
(いや、それより、どうしよう……っ)
俺はサルから目をそらし、空中に視線を彷徨わせた。
男の友達と一緒なら盛り上がる状況だが、よりによって気になる女の子と二人だけなんて、ものすごく気まずい気分になってしまう。
このピンチをどう乗り切る?
俺達も負けていられないな、と明るく言って、前向きさをアピールするか?
いや、それは前向きではあるが、女性にドン引きされるセリフだよな。
「…………」
ユリナはどんな顔をしているだろうか。
横目でチラリと盗み見ると、彼女はなんと脇目もふらずに、サルの交尾を観察している。
い、意外と積極的なんだな……と感心していると、こんな信じられない言葉がユリナの口から飛び出した。
「足立くん、あれって何でしょうね? 後ろのおサルさんが、すごく激しい動きをしているけれど、ケンカでしょうか?」
「ケ、ケンカ?」
いいえ、あれは仲良しの印です。
というか、ちょっと待て。
これだけリアルな光景を見ておきながら、ユリナには、どうやらその意味がわかっていないらしい。
「あっ、ケンカ終わったみたいですよ。二匹とも茂みの奥へ隠れちゃいました」
「あ、ああ……」
「ふえぇ、足立くん、どうしたんですか?」
「……いいや、どうもしないさ」
俺があれほど気まずい思いをしたっていうのに、少しも動じていないとはさすが最強の天然少女。
それにしたって、ユリナは交尾を知らないと思うと、逆に興奮してしまうのは何故なんだろうか。
(ああ……)
天真爛漫なユリナに悶々としながら、俺達はそのままハイキングを続けた。
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