初めての投稿(3)
「さて、みんな揃ったな」
昼の十二時。
全員が山頂へ着いたのを確認すると、豪田先生がメガホンを使って叫んだ。
「それではこれより、お待ちかねの弁当タイムだ。一時間後に下山を始めるから、それまで自由に過ごしてくれ。以上、解散!」
「ユリナ、一緒に弁当を食おうぜ」
「はい」
「えっと、どこかいい場所は……」
と言いながら、キョロキョロと周囲を見回す。
かなり広いのでスペースには困らないが、せっかくだから、人に邪魔されないような場所へ座りたい。
「よし、あそこで食おう」
ちょうど椅子になりそうな、サイズの大きい石があったので、ユリナと一緒にそこへ座る。
弁当を取り出す為にカバンを開けると、一緒にしまっていたETが目に入った。
「そうだ、アニマル・ビンゴの確認をしておくか。どれどれ、今の状況は……」
ETのモニターを覗き込むと、せこい手を使っただけあって、早くもリーチになっている。
アリ、ハエ、ケムシ、ダンゴムシが点灯しているが、意外なことにチョウチョがまだ出ていなかった。
「あー、惜しいなぁ。ユリナはどんな感じだ?」
「えっと、わたしは……」
急いでETを確認するユリナ。
「わわっ、わたしもリーチです!」
「おっ、すごいじゃないか!」
「はい! 縦も横もリーチになっていて、後は真ん中の動物さえ出てきたら、一気にビンゴが完成します!」
「やったな! 帰りは行きと別の道を通るから、ビンゴになる可能性は高いぜ! 真ん中には何を書いたんだ? その動物さえ出てくれば……!」
ユリナのETを横から覗き込むと、中央には堂々とこう書いてあった。
『クマ』
「ぶはっ」
思わず吹き出してしまい、弁当に鼻水が入ってしまう。
「ちょ、お前、そんなイケナイ想像して! 今日は想像力で戦うワナビ戦じゃなくて、実際に出会いそうな動物を書くっていう……」
「そ、それはわかってます! でも『山に住んでる動物』って考えたら、一番最初にクマが浮かんできたので……」
「いや、気持ちはわかるけど、書かなくていいから! しかも真ん中に!」
「うう、そう言われても、もう変更できません……」
ETを抱き締めながら、軽く涙目になるユリナ。
ダメだ。
彼女のビンゴを応援したいのはやまやまだが、ここは心を鬼にして完成を阻止しなければ。
そう思いつつ弁当を食っていると、次第に空がどんより曇って、ついには小粒の雨が降ってきた。
「うわ、雨かよ」
曇天を見上げているうちに、雨粒は、みるみる大きくなっていく。
「ユリナ、移動するぞ!」
「はいっ」
と言って立ち上がったものの、雨宿りできそうな場所がない。
俺達はかなりの距離を走って、だいぶ離れた場所にあった、大きな樹の下へ身を隠した。
「ちくしょう、いきなりだな」
先程まで文句なしの青空だったのに、たった五分でこんな土砂降りになってしまうなんて、山の天気って本当に変わりやすいな。
ちなみに今回は、Tシャツの色が濃いせいもあり、ユリナの胸は残念ながら透けていない。
またあの光景を見たかった気もするが、こっそり楽しむのは本人にも申し訳ないし、今回は大人しく諦めるのがいいだろう。
「ん?」
ハンドタオルで雨を拭いていると、リカルドが走って来るのが見えた。
どうやら雨宿りの場所を探しているようだ。
あまり助けたい相手ではないが、今朝はビンゴのアドバイスを貰ったし、ここは素直に声をかけてやろう。
「よう、リカルド」
「すみません、しばらく雨宿りしてよろしいですか?」
「いいぜ、ここに座れよ」
快く承諾する俺。
リカルドの白いポロシャツはびしょ濡れで、胸どころか乳首がモロ見えになっているが、それはまったくどうだっていい光景である。
「やれやれ、ひどい雨ですね」
溜め息まじりにそう呟くと、リカルドはポケットから恐竜柄のハンカチを取り出して、濡れたETを丁寧に拭いた。
「そうだ、俺もETを拭かないと!」
「あ、わたしもっ」
「ああ、ETは防水仕様になっておりますので、放っておいても別に壊れたりはしませんよ。しかしまあ、念の為に。何しろわたくしのETは、一学年に一つしか存在しない、シャンパンゴールドですからね」
「そうかい、そりゃご苦労なこった」
俺はリカルドのETを横目で覗いたが、ビンゴはまだ完成していないようだ。
「あれ? お前のアニマル・ビンゴ、一つも点灯してないじゃないか?」
「ええ、そうですね」
俺の言葉にあっさりと頷くリカルド。
優等生のコイツにしては意外だが、これは普段の憂さ晴らしをする、まさに絶好のチャンスと言えよう。
「ははは、だっせぇ! リカルド、お前って恐竜はやたら詳しいのに、現代の動物にはてんで疎いんだな。一つも当たらないなんて、どんな風に書いたんだよ?」
そう言ってからかいながら、リカルドのETを確認すると。
『プテラノドン』
『イグアノドン』
『ステゴサウルス』
『スピノサウルス』
『トリケラトプス』
ビンゴのマスに恐竜の名前が並んでいる。
コイツ頭は大丈夫か。
「ちょ、リカルド! ユリナだけでなく、まさかお前まで……!」
「ええ。二十五個しかマス目がないので、これでもだいぶ絞ったのですが」
「バカ! そんなの完成するわけないだろ!」
「わかっていますとも。もし仮に完成したら、どんなに素敵でしょう」
「そうですね……」
「ユリナ、そこで同情するなっ!」
ダメだ。
リカルドは一応常識人だと思っていたのに、これでは圧倒的にツッコミ人員が足りない。
「お前、勝負捨てんなよ! 真面目にビンゴやろうぜ!」
とリカルドをたしなめる俺だが、どうしても丸見え状態になった、乳首へ視線が向かってしまう。
いや、別にまったく関心はないが、そこだけ色が違うから目立つのだ。
「とっ、とにかく増設メモリーはゲットできないな、確実に」
「別に構いませんとも。わたくしのゴールドETでしたら、すでに上限まで、メモリーを増設しておりますので」
「あ、そうなのか?」
「はい、中等部時代にビンゴで当たりました。これ以上あっても増設できませんので、それで今回は趣味に走ってみたのです」
「なるほどな」
なんて俺達が会話しているうちに、ようやく雨も小降りになってきた。
「じーっ……」
ふと気が付くと、ユリナが熱心にリカルドを見つめている。
最初は透けた乳首を眺めているのかと思ったが、どうやらそうではなく、リカルドのETのストラップを見ているらしい。
先端には恐竜のマスコットが付いているが、緑色の太った体型で、なかなか愛嬌が感じられるキャラクターだ。
「ん、どうなさいました?」
「その恐竜のマスコット、とってもカワイイですね」
両目をキラキラ輝かせながら、リカルドの恐竜を見るユリナ。
「何のキャラですか? どこで買ったんですか?」
「特に何のキャラでもありません。わたくしが自分で作成しました」
「へー、すごい! 名前はあるんですか?」
「ええ、名前はリカルドンです」
リカルドンって。
いや、突っ込むのも面倒だし、俺は何も口出ししないぞ。
「リカルドン、カワイイなぁ。わたしも欲しいなぁ」
「よろしければ、お作りしましょうか?」
「わ、本当ですかっ?」
「はい。難しい物ではありませんので、そのくらいお安いご用ですよ。色は何色がいいでしょうか?」
と言って爽やかに微笑むリカルド。
なんだよ、女子にばっかり優しくして。
俺には嫌味を言うくせに、恐竜マニアでナルシストでフェミニストなんて、本当におかしな野郎だ。
「アダチにも作りましょうか? ほら、何色がいいか決めなさい」
おいおい、俺にも作ってくれるのか。
意外に親切な一面もあるようだが、しかしそれはそれでおかしな野郎だ。
「ふふっ、嬉しいな! あ、でもやっぱり、一方的に作らせるなんて悪いですよね……」
「ユリナ、無理するな。さっきのは単なるお世辞で、本当はリカルドンなんか嫌いだし、押し付けられたら迷惑ですって、正直に言っていいんだぞ」
「ちっ、違います! リカルドンは本当にカワイイですっ」
「そうか、ユリナは優しいな」
「アダチ、そんな憎まれ口を叩くと、あなたのリカルドンに画びょうを封入しますよ?」
リカルドがこちらを睨んでくるが、やはりどうしても、シャツが透けている点が気になる。
コイツは俺の正面に座っているから、どの方角を向いたって、必ず視界へ入ってきてしまうのだ。
(ああ、どうして男の裸を見続けなくちゃならないんだ……?)
俺はがっくり肩を落としたが、こんな風に後ろ向きな感情を持つのは、精神衛生にマイナスだろう。
うん、そうだ。
この状況を前向きに考える努力をしよう。
上半身は透け透けの状態だが、下半身までモロ見えにならなくって、本当によかったじゃないか。
「リカルドンを作るのは手間ではありませんが、もし厚木さんが悪いと感じるなら、作成時の型紙と設計図を差し上げましょう。ご自分で作ってみるといいですよ」
「あ、そうですね! そうしますっ」
確かにユリナは、絵本の執筆が趣味で手先が器用だから、リカルド本人より上手に作成できるかもしれない。
部活は確か美術部だっけ?
図書委員の仕事だってあるだろうに、部活動もするなんて真面目な少女だ。
「リカルド、お前は何部なんだ?」
別にほとんど興味はないが、会話の流れで質問してみる。
「わたくしですか? それはもちろん、恐竜研究部ですよ」
「そりゃまた、地味な部活だな」
「地味な部活ではありません。部員数は五十名を超えます」
「文化部なのに? ずいぶん多いんだな」
いや、ひょっとすると、リカルドのファンだろうか。
真面目に恐竜を研究したい生徒が、普通に五十人もいるとは思えない。
とにかくユリナもリカルドも、ちゃんと部活動をしているにも関わらず、ワナビ戦でもしっかり勝利できているわけだ。
(俺は何も部活をしていない上に、ワナビ戦でも、まだ一度も勝ってないんだよな)
自己嫌悪に陥って視線をそらすと、雨がやんだのを喜んでいるのか、チョウチョが鮮やかに舞っている。
「あ、チョウチョですよ! 足立くん、ビンゴですねっ!」
「おや、そうなのですか? それはおめでとうございます」
「……ああ、サンキュー」
そうだ。
他人と比べて焦ったって仕方ないから、今は自分にできることを、ちょっとずつ積み重ねていくしかない。
「よし! 雨も上がったし、そろそろ行くか!」
顔を上げて立ち上がると、そこには七色にうっすら輝く、綺麗な虹が浮かんでいた。
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