初めての投稿(4)
遠足が無事に終わった。
しかし今日はそれ以上に重要な日。
少し前に投稿した新人賞の結果が、今日発売の雑誌に掲載されるのだ。
(ああ、緊張するぜ……)
今は放課後。
終礼と掃除を済ませ、下足室で靴を履き替えていると、葵先輩に遭遇した。
「おっす、足立!」
「あ、葵先輩」
「オメェ、今日はヒマか? 近所にいいラーメン屋ができたんだ。おごってやっから、一緒に行かねえ?」
「いいラーメン屋、ですか」
俺はラーメンが大好きだ。
世界一好きと言っても過言ではないだろう。
しかし今日は本屋へ行くから、おごりの誘いは断るしかない。
「すみませんが、今日は寄る場所があるので、またの機会に」
「寄る場所ぉ? なーんだ、どこだよ?」
「ちょっと急いでるので、それは後日話しますね。じゃあまた!」
葵先輩を一方的に振り切って、向かった場所は、駅前のショッピングセンター。
そこには大小様々な店が入っていて、三階には本屋もあるから、そこで該当の雑誌をゲットするのだ。
うう、それにしても、激しい緊張で尿意を感じる。
合格発表の時も緊張したが、今はそれ以上かもしれない。
(仕方ない、トイレが先だ)
このまま結果を確認したら、いざ自分の名前が見つかった瞬間、嬉しすぎて漏らす可能性がなきにしもあらず。
いくらなんでも、そんな事故は避けたいからな。
トイレで小用を足した俺は、三階の本屋で、雑誌の会計を無事済ませた。
家へ帰るまで待てないので、エレベーターの脇にあった椅子へ座り、ビニール包装を強引に破く。
(頼む、俺の名前よ、あってくれ……!)
心臓の鼓動を聴きながら、発表ページを急いで探す。
買ったばかりの雑誌なのに、滝のような手汗のせいで、ページはすでにヨレヨレ状態。
通過リストは、ああ見つけた、このページだ。
(足立、足立……)
一次通過リスト、俺の名前なし。
二次通過リスト、俺の名前なし。
三次通過リスト、俺の名前なし。
受賞者のリスト、俺の名前なし。
……あれ、終わっちゃったぞ?
(待てよ、そんなわけないって!)
そうだ、きっと見落としたんだ。
そう信じて最初から探しても、やはりどこにも、俺の名前など書かれていない。
落選。
その二文字が頭をよぎる。
ショックというよりも、呆然とした気分だった。
(嘘だろ……?)
いや、冷静に考えれば、これは当然の結果だろう。
ロクに文章を書いた経験もない素人風情が、初投稿で新人賞を受賞しようなんて、いくらなんでも身の程知らずというものだ。
しかし俺は、何故か自分の受賞を信じて疑わず、それが夢だとわかってしまった今、こうしてショックを受けている。
あ、ヤバイ、泣きそうかも。
「……足立くん?」
顔を上げると、ユリナがいた。
ショックによる幻覚かと思ったが、どうやらそのユリナは本物らしく、戸惑った顔で俺を覗き込んでいる。
「あの、どうしたんですか?」
「ユリナこそ」
「わたしはこのビルの五階にある、絵本スクールへ通ってるんです。それより足立くん、普通じゃないように見えますけれど」
「ああ、それは……」
一瞬ごまかそうと思ったが、今はそれをする気力もない。
俺は格好悪いと自覚しつつ、ユリナに事情を打ち明けた。
「実は小説を書いて、思い切って新人賞へ投稿したんだけど、落選しちまってさ。受賞するどころか、一次選考すら通過しなかったから、呆然としてたんだ」
「そうなんですか……」
「へへっ、格好悪いよな。短編とはいえ処女作だし、締切前の数日は、徹夜までしたんだぜ? あの時間が全部無駄だったなんて、本当に情けないし悲しい気分だよ」
「無駄なんかじゃありません!」
ユリナは俺の横へ座って、汗にまみれた俺の手を、両手で力強く包み込んだ。
瞳は真剣そのもので、その勢いに、思わず動揺してしまう。
彼女は本気だ。
普段は穏やかな少女だが、いざとなれば、こんな表情もできるのだ。
「そんな悲しいこと言わないでください! それはまあ、受賞できなかったという意味では、確かに無駄だったかもしれません。だけど、執筆中のワクワクした気持ちも、落選して本気で落ち込んだ経験も、足立くんの人生において有意義な時間だと思います。今はそう感じられなくても、将来いつか、そう思える日が来るはずです」
「ユリナ……」
「差し出がましい発言だとは思いますが、わたしも落選経験は多いので、その点では足立くんの先輩なんですよ? そのわたしが断言します。何かに本気で取り組んだ経験が、無駄なはずないじゃありませんか。そうでしょう?」
そう言って優しく微笑むと、ユリナはギュッと両手を握って、それから俺の手を解放した。
熱の余韻はまだ少し残っている。
「わたし絵本スクールがあるので、もう行かなくちゃ」
「ああ」
「もし今夜、悔しくて眠れなかったら、どうかわたしに電話をください。泣いてもいいし怒ってもいいです。足立くんの悲しい気持ちは、わたしが受け止めますから。ね?」
そう言い残して、立ち去るユリナ。
時間にすれば三分くらいだが、今の短いやり取りで、彼女の印象が大きく変わった。
絵本作家の夢が本気なのは知っていたが、自分の夢だけでなく、他人の夢も本気で応援できる少女なのだ。
(わたしが気持ちを受け止める、か……)
本来は逆でなきゃいけないのに、な。
軽い苦笑を浮かべた後、自分が笑っている事実に気が付いて、俺はハッと我に返った。
さっきは泣きそうだったのに、これも「先輩」の励ましの効果だな。
なんて思っていたら、本物の先輩が現れた。
「なーんだよ、投稿よりも女か? オメェも現金なヤツだなぁ」
「えっ、葵先輩?」
そこにいるのは葵先輩。
ここは学校ではないのに、今日は何故だか、知り合いによく会う日だ。
「どうしてここに?」
「足立がラーメンの誘いを断るなんて、ぜってえ理由があると思ったんだよ。んで、こっそり尾行してみりゃ、案の定コレだ」
「じゃあさっきの、ユリナとの会話は……」
「ああ。空気読んで隠れてたけど、全部聞かせてもらったぜ」
うわ。
葵先輩に聞かれたなんて、めちゃめちゃ恥ずかしい。
「オメェ、アカネ以外にも、他に本命がいたんだなぁ?」
「いえ、その、これは決して二股ではなくて……」
「別に二股でも問題ねーだろ? もう両方と付き合っちまえよ」
俺の弁解を軽く流して、ガハハと笑う葵先輩。
確かにこの人、リカルドと真逆だもんな。
というか、もし葵先輩が潔癖だったら、申し訳ないがそれこそ逆に気持ち悪い。
「んじゃ、足立の今の状況をまとめっか。まずアカネの感触は悪くねえ。アイツ年下好きだからな。あと今の会話を見た感じ、ユリナにも応援されてる。どっちもゲットのチャンスはあると思うぜ」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ、オレの目に狂いはねえ。ここから先はオメェの成績次第だな。掴みは成功したんだから、このまま格好よく勝っていきゃ、好感度もグイグイ上がるぜ?」
「それが一番難しい気が……」
「なーに、オレ様が味方なんだ。ワナビ戦の成績はどうにでもなるさ」
というわけで。
初めての投稿は落選したが、そのおかげで、ユリナとの距離が縮まった。
高嶺の花だと思っていたアカネ先輩も、実際は交際経験がないらしく、おまけに年下好きという情報をゲット。
ここから先の展開は本当に、俺の努力次第というわけだ。
……さてと。
なかなか始まらなかった、俺が主役の最強伝説も、ついに本格スタートだな。
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