リカルドの情熱(3)
「アカネ先輩、申し訳ありませんでした」
学校の近所にあるカフェで、俺はアカネ先輩に謝罪した。
前回とまったく同じ状況で、その上まったく同じセリフ。
会話のマンネリ化は防ぎたいが、他に適当な言葉が見つからない以上、こう言って頭を下げるしかないだろう。
「いいのよ、足立くん。謝らないで顔を上げて、ね?」
そうはいっても、このまま何度も反省会を続けていたら、俺達が勝利する前にアカネ先輩が破産してしまう。
「でも、そうねぇ。カフェで紅茶を飲むだけの反省会では、確かに効果が薄いかもしれないわね。それじゃ次回の反省会から、ゲーム要素を加えましょう」
「ゲーム要素って?」
「罰ゲームよ。勝った場合は席に座る、負けた場合は床に座る」
「ちょ、本気ですか!」
「文句ないでしょ? 次回は本当にそうするからね」
「ふえぇ、床に座ったら冷たいです。わたし座布団持ってこようかな……」
「ってユリナ、負ける気満々じゃないか!」
なんて突っ込んでる場合ではなく、アカネ先輩の表情は本気に見える。
ああ、これはピンチだ。
こんな公衆の面前で、そんなハードなお仕置きを受けたら、俺の心はもう確実に目覚めちゃうよな。
何に目覚めるって、聞くのは野暮だぜ?
「それはそうと、アカネ先輩はリカルドと……?」
「ええ、知り合いよ」
「どういう関係なんですか?」
「リカルドくんが中一だった時、あたしがブラザーだったの。まあ例によって、出席番号で自動的に選ばれた関係だけど」
「リカルドのブラザー?」
いや、ちょっと待ってくれ。
リカルドを教育したってことは、アカネ先輩は、アイツ以上に強いって意味だ。
そんな最強のお姉様に、本気でお仕置きされちゃうなんて、俺の心は(以下略)
「そういう経歴もあって、あたしは『池田リカルドを育てた最強のブラザー』として有名だったんだけど、それが今となっては……。いえ、ごめんなさい、今の発言は忘れてちょうだい」
「すみません、俺達のせいで評判が落ちてるんですね……」
しかし裏を返せば、俺・ユリナ・リカルドは、ブラザーが同一人物なわけだ。
つまりあれだけ強くなれる可能性は、これからの努力次第で、俺達にも充分あるって意味だよな。
「はいっ、アカネ先輩、質問です」
「どうぞ、ユリナちゃん」
「ワナビ戦って文章力が大事なんですよね? リカルドくんが入力したのは単語一つだったのに、どうしてあんなに強い恐竜を呼び出せたんですか?」
「そう、今日はそれを説明する為に呼んだのよ」
アカネ先輩がテーブルの上で手を組む。
「かれこれ三年ほど見守ってきたけれど、リカルドくんは、ワナビ戦にかける情熱が尋常じゃないわ。恐竜に関する本を徹底的に読んで、休日は恐竜博物館へ通い、恐竜の化石の発掘現場を見て回り……」
「それってワナビ戦にかける情熱というより、恐竜にかける情熱なんじゃないですか?」
「そうね。恐竜が大好きなのよ、彼」
なんとまあ。
変態ナルシストなだけじゃなく、池田リカルドは、恐竜マニアでもあったわけか。
「とにかく本当にすごい情熱よ。学校の図書室にある恐竜関係の本は、中一の段階ですべて読破していたわ」
「それってつまり、図書室へ行って恐竜の本を開いたら、貸出履歴の欄に必ずリカルドの名前があるって意味ですか? ドン引きですね」
「ちょ、違うでしょ! そこは尊敬するところでしょ?」
「イヤです! 俺はあんな人間になりたくありません!」
「ダメよ、足立くんもこれから修行してああなるの! あと友達に対して『ドン引き』なんて言っちゃダメ!」
「お言葉ですが、アイツは友達じゃありませんから!」
いくらアカネ先輩の発言でも、その部分は絶対に否定したい。
リカルドと会話をするくらいなら、壁相手に一人で喋る方がまだマシだ。
「足立くんは誤解してるわ。確かにリカルドくんって、少し変わった部分もあるけれど、仲良くなったらすごくいい子なんだから」
「へえー? まさかアカネ先輩は、アイツに気があるんですか?」
「違うわよ。いえ、もちろん後輩としては好きだけどね」
よかった、真顔で即答してくれた。
ワナビ戦のライバルならまだしも、リカルドが恋のライバルにもなるなんて、そんな展開は絶対に避けたいからな。
「あ、あのう、お二人とも脱線してませんか? ワナビ戦の件は……?」
「コホン、そうだったわ」
アカネ先輩は咳払いして、脱線した話を元へ戻した。
「リカルドくんがあれだけ強いのは、『ギガノトサウルス』という単語の下に、並外れた知識の土台があるからよ。主食、気質、生息地、体長体格、化石が発掘された場所……、全部挙げたら本当にキリがないわ」
「なるほど。何も知らない素人が、単純に恐竜の名前を書くのとは、根本的にわけが違うっていうことですね」
「そう。その対象に関する知識が充分にあれば、入力はシンプルでも、素晴らしいモンスターを召喚できるわ。逆にどれだけ大袈裟な文章を書いても、知識や想像力が伴っていないと、0ターンで負けが確定してしまうの」
その失敗の最たる例が、俺の例のドラゴンだ。
若さ故の失敗とはいえ、今思い返しても、ああ本当に恥ずかしい。
「なんか、ワナビ戦って難しいんだな……」
俺はテーブルに視線を落とした。
「そうですね……」
ユリナも俺に同調している。
しかしユリナの敗因はタイムオーバーだから、ワナビ戦以前の問題のような気もするけど。
「二人とも、大丈夫よ。ユリナちゃんはタイピングの練習を最優先しましょう。最初はもどかしいと思うけど、練習すれば必ず上達する、つまり乗り越えられる問題よ」
「は、はいっ」
「足立くんは文章が大袈裟になる傾向があるわね。前回コメントで注意されたのに、今日もまた『!』を使っていたし」
「ギクリ。だって俺『!』好きなんですよ」
あと、体言止めな。
今ここに始まる、俺の最強伝説!
……こういう感じの文章構造が好きなのだ。
「まあ好きで書いてるんなら、無理に控える必要はないわ。確かに今日呼び出した人喰いザメも、クオリティ自体は高かったし、海の戦いなら0ターンで勝てたと思う」
おお、なんと褒められた。
シルバーETの所有者に、そう言われると心強い。
ああでも、リカルドはさらにそれを越す、ゴールドETの持ち主なんだっけ。
「俺、いつかリカルドを倒せるよう、これからさらに頑張ってみます」
リカルドの人間性は絶対真似したくないが、タッチタイピングの速度や圧倒的な強さを誇るモンスター、それからゴールドETにはとても惹かれる。
俺もあんな風に戦ってみたい。
再度しつこく念を押すが、人間性の話ではなくて、ワナビ戦でああなりたい。
(よし、当面の目標はリカルドだな)
俺もアイツもブラザーはアカネ先輩。
これから頑張って修行すれば、いつか自分だってああなれる。
この瞬間、リカルドをワナビ戦で倒すのが、俺の心の中で最大の目標となった。
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