リカルドの情熱(4)

 ワナビ戦で勝利するには、まず敵を知る必要がある。

 そう考えた俺は、反省会の翌日の放課後に、図書室を訪れた。

 今日はワナビ戦の実技がないから、こっそり情報収集する計画なのだ。

(えっと、恐竜のコーナーは……)

 あまり図書室へ来た経験はないが、適当に歩き回って探した結果、目的のコーナーを無事に発見。

 いや、それにしても、恐竜の本ってこんなに多いのか。

 棚一つがそれだけで埋まっていて、さすがにビックリしてしまった。

(さて、どれどれ?)

 試しに何冊か手に取って、巻末の貸出履歴をチェックすると、確かにリカルドの名前が書いてあった。

 この本も、その本も、あの本も。

 アカネ先輩を疑うわけではないが、ここにある本をアイツが読破している件は、どうやら事実だったようである。

 これだけ本を読むなんて、本当にものすごい情熱だ。

(うーん、俺にはちょっと不可能だな……)

 こんなに大量の本は読破できそうにないし、仮にすべて読み切ったとしても、恐竜の知識でリカルドに勝つのは無理だろう。

 それに、人の真似なんてダサいよな。

 俺には俺の個性があるんだし、ライバルの二番煎じなんかやめて、恐竜以外のモンスターで戦っていこう。

 そう決意した瞬間である。

「おや、アダチではありませんか?」

「げっ、リカルド!」

 これは誤算だ。

 リカルドの情報を探っている最中に、まさか本人と会ってしまうなんて、あまりにもタイミングが悪すぎる。

「どっ、どどど、どうしてここに?」

「どうしてと聞かれましても、わたくしはこの学校の生徒ですから、本を借りに来たって別におかしくないでしょう?」

 確かにそうだ。

 挙動不審なのは、この場合、むしろ俺の方だな。

「アダチの方こそ、図書室へ何の用です? 読書が趣味には見えませんが……」

「や、それはその、通学中ヒマで仕方なくってさ! 文庫本でも借りようと思ったんだ!」

「アダチは自転車通学ですよね? 通学中ヒマで仕方なくて読書するなんて、雑技団レベルの身体能力をお持ちですね」

「うっ」

 そうだった。

 俺は自転車通学だった。

 いや、これでもトークスキルには自信がある。

 この不自然な会話の流れを、自然に回復させてみせよう。

「ち、違う違う、読書は雨の日にするんだよ。ほら、これから梅雨だからな。電車で登下校する日も増えるだろう?」

「ああ、なるほど」

「そんでまあ、図書室へ来たのは、いわゆるネタ探しってヤツ? 先週から小説を書き始めたんだけど、ちょっと展開に行き詰まってるんだ」

 ちなみにこれは本当だ。

 先日アカネ先輩に伝えた通り、俺は小説(仮)を書き始めた。

 内容は冴えない男子のハーレムラブコメだが、いかんせん俺本人に交際経験がないせいで、女性キャラクターの描写が自然にできない。

 冴えない男子ならリアルに描けるが、そこを克明に描写しても、読者にはきっとウケないだろうしな。

「そういえば、リカルドも小説家志望なのか?」

 他の高校は知らないが、文想学園の優等生は、その確率が非常に高い。

「いいえ、わたくしは違います」

「またまたぁ、隠す必要ないんだぜ?」

「方便ではなく本当に違いますよ。わたくしの夢は研究者ですから」

「研究って恐竜の研究か?」

「はい。大学では古生物学を専攻したいと考えています。その夢を確実に叶える為にも、成績トップを維持しなくては」

 聞けばリカルドの父は研究者で、コイツが恐竜を愛しているのも、父親の影響が大きな理由の一つらしい。

 うーん、ちょっとだけ納得だ。

 それだけ恐竜という存在に惚れていて、生涯を捧げる覚悟まであれば、ワナビ戦でもそりゃ活躍できるだろう。

(コイツ、意外と真面目なんだなぁ)

 もっと嫌味な男かと思ったが、本当はいい奴だと言っていたアカネ先輩の発言は、あながち嘘ではなさそうだ。

 うん、好感度が少し上がったな。

 マイナス100だったのが、マイナス99に上昇したぞ。

「そういや、本人に言うのもアレだけど、リカルドってモテモテなんだろ? 内部進学の奴に聞いたんだけど、他クラスや他学年にまで、お前のファンがいるんだってな」

「ええ、確かにファンレターを頂戴することはありますね。ただそれは、色恋沙汰の感情というよりも、ワナビ戦に対する応援の気持ちだと思います」

「けどさ、ファンはファンだろ? 中から適当に可愛い子を見つけて、キープしといたらいいじゃないか」

「適当にキープ?」

 あ、急に顔色が変わった。

 コイツ根は真面目みたいだし、今の発言はダメだったかもな。

「女性を適当にキープですか? そんないい加減な気持ちで交際を始めて、気が合わなかったらどうするおつもりで? 付き合ってすぐに別れるのですか? その際に理由を聞かれたらどう返答を? お前はキープだと相手に告げるのですか?」

「い、いや……」

 真顔で俺を責めるリカルド。

 軽い質問だったのに、そんな猛烈にマジレスされても、こっちだって困るぞ。

「アダチの恋愛観なんて、所詮その程度なんですね。特に期待はしていませんが、改めてガッカリしましたよ。それでは」

 そんな捨てゼリフを残し、リカルドは去って行った。

 しかし思えば、図書室で談笑(楽しくないけど)してしまったな。

 周囲はガランとしてるから、誰の迷惑でもないとは思うが、今度からは気を付けよう。

(結局リカルドって、いい意味でも悪い意味でも、意識が高いんだな)

 ワナビ戦で強いのは、恐竜が大好きだから。

 成績トップを維持しているのは、希望学科へ確実に進学する為。

 あと外見はキザで派手で嫌味だが、恋愛については、古式ゆかしい価値観を持っている。

 一方、俺はどうだろう?

 成績は常に底辺。

 将来の夢はまだ特に決まっていない。

 ワナビ戦で活躍したいと願う理由は、人気者になって、モテモテハーレムを築きたいから。

(な、なんか分厚い壁が……)

 今のところ、俺が勝っている部分は、ギャグのセンスくらいだろうか。

 しかし、それで勝ってもなぁ?

 俺達は高校生であって、芸人じゃないんだから。

(……ま、いっか)

 さっきも一度考えた通り、俺には俺の個性がある。

 そう、アレだ、もともと特別なオンリーワンってヤツだ。


 ……とまあここまでが、入学後一週間の状況な。

 今になって思い返しても、この段階の俺の行動は、間違ってなかったと思う。

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