第三章 ユリナの夢
ユリナの夢(1)
入学後しばらく過ぎたが、俺の成績は相変わらずだ。
リカルドを倒すどころか、豪田先生のライオンにも負け続け、ひたすら三流ギャグのような戦いを繰り返す日々。
しかし今は少しだけ、その事実を忘れよう。
何故って?
これからアカネ先輩と屋上で待ち合わせ、二人きりでランチタイムを過ごすからだ。
「アカネ先輩、こんにちは!」
全力ダッシュで屋上へ行くと、アカネ先輩はすでに来ていた。
青い空。
ふわふわ流れる白い雲。
幸い他には誰もいないし、学校の一角とはいえ、まるでデート気分である。
「待たせちゃいました?」
「いいえ、あたしも今来たところよ。それにしても、ユリナちゃんが来られないのは残念ね」
「そうですね。図書委員の仕事が入ったとかで、本人もひどく残念がってました」
この「屋上でお弁当を食べよう」企画、最初は三人の予定だったが、ユリナが直前に来られなくなったのだ。
もちろんアカネ先輩と二人きりも嬉しいが、計画通りなら俺は両手に花だったわけで、次回は是非そういう状況も味わってみたい。
「ま、図書委員なら仕方ないわね。それじゃお弁当を食べましょう」
「ああ、アカネ先輩、直接座ったらスカートが汚れますよ。もしよかったらコレを地面に敷いてください」
ここでサッとハンカチを差し出す俺。
成績がパッとしない分、こういう細かい気遣いで、好感度を上げないとな。
「あら嬉しい、ありがとう。後で洗って返すわね」
「洗わなくても構いませんよ」
これは遠慮ではなく本心だ。
アカネ先輩が座ったハンカチ……、ムフフ。
妄想を膨らませつつ、持参したコンビニ袋を取り出して、俺は食事を開始した。
「ちょっと待って、足立くんのお昼ご飯、まさかそれだけ?」
「え? はい」
今日の昼飯はコンビニおにぎり(主食)、焼きそばパン(おかず)、ちょっと贅沢なスイートポテト(おやつ)。
俺的には最高のフルコースだが、どこか問題があっただろうか。
「ご飯、焼きそば、パン、さつまいも、ぜーんぶ炭水化物じゃない! 肉や野菜も食べなきゃダメよ! 食事のバランスって大事なんだからね!」
「うっ、すみません……」
ショボーン。
せっかくハンカチを渡して好感度を上げたのに、栄養管理ができない男だと思われてしまったな。
「しょうがないわね、あたしの唐揚げを食べなさい」
「でもそれはアカネ先輩のお弁当で……」
「多めに作ったから問題ないわ」
「手料理ですか?」
「ええ、あたし料理は結構好きなの」
「…………」
待て待て待て。
昼飯の選択をミスったせいで、アカネ先輩の手料理が味わえるなんて、災い転じて福となりすぎだ。
「あら、抵抗する気? それなら無理やり食べさせちゃうから」
こちらの沈黙を抵抗と誤解したらしく、アカネ先輩は唐揚げを箸でつまんで、俺の口元へゆっくりと近付けてくる。
いわゆる、あーんだ。
なんと俺は、憧れのアカネ先輩に、あーんされてしまうのだ。
(どうしよう、予習しないと!)
大丈夫、流れは以下の通りである。
まずは大きく口を開け、唐揚げの侵入を気配と目視で確認したら、口を閉じて咀嚼を開始。
勢い余って、アカネ先輩の箸を噛み砕くなんて失敗は、絶対にNGだ。
「はい、あーん」
「はい、あー…………」
悲劇はまさにその時だった。
口を開けすぎて、アゴが外れてしまった俺は、あーんに失敗。
初体験は痛いって聞くけど、あの噂は本当だったんだな。
「い、ひゃ、いひゃい!」
「え、ちょ、足立くん、どうしたの?」
どうにかアカネ先輩を安心させたいが、あーんの途中でアゴが外れた時の対処方法なんて、俺が愛読している恋愛のハウツー本には少しも載っていなかった。
そりゃそうだよ。
そんな状況が想定された書籍があったら、いくらなんでも筆者の頭を疑うしかない。
っていうかマジで痛いぞ、コレ。
(落ち着くんだ俺! 自慢のトークでこの状況を切り抜けろ! アゴが外れてトークできないけどな!)
と、その時。
いつの間にか現れた男子生徒が、アカネ先輩の唐揚げを横取りして、俺の代わりに食べてしまった。
制服は短ランで、ボタンは全開、適当な腕まくり。
髪は黒だが男のくせに長髪ポニテで、なんというか、時代を間違えたヤンキーみたいだ。
「ちょっと、あたしの唐揚げ返してよ!」
「いーじゃねーか、多めに作ってきたんだろ?」
「足立くんならいいけど、アンタにくれてやる分は、一つたりともないわっ!」
どうやら二人は知り合いらしい。
ようやく発話能力を取り戻した俺は、恐る恐るアカネ先輩に質問してみた。
「すみません、こちら様は……?」
「ああ、コイツは
「えっ、付き合ってるんですか?」
「バカを言うのはやめてちょうだい。この男はワナビ戦のパートナーよ」
ふう、よかった。
それにしても葵先輩か。
さり気なく視線を上げると、相手と目が合ってしまった。
「よう、オメェが足立だな?」
「はい」
「アカネに聞かせてもらったが、オメェ、リカルドを倒す気なんだろ? だったらオレが協力してやる。なーに、任せとけよ」
と言いながら、葵先輩は扇子を取り出して、パシッと開く。
そこには達者な毛筆で「天下布武」と書いてあった。
「あっ、これ格好いいだろ? 天下統一フラグだぜっ!」
「いや、それはむしろ、部下に暗殺されるフラグじゃないかと……」
なんかこの人、リカルドとは別の意味で、とっても付き合いにくそうだ。
あまり親密になれそうもないし、協力の件は丁重にお断りしよう。
そう思って相手を見ると、小脇に抱えているETが、俺の目に飛び込んでくる。
(……ん?)
その色はゴールドだった。
二度見しても三度見しても、間違いなくリカルドと一緒。
一学年に一つしか存在しない、シャンパンゴールドのETだ。
「ちょ、それ、ゴールド……!」
「おうよ! どうせオメェも、オレのルックスを見て、アタマ悪そうとか思ったんだろ? 視線にモロ滲み出てたぜ。けどまあ、この反応の変化を見るのは、何度味わってもすっげえ快感だけどなァ」
「葵、調子に乗りすぎよ。アンタなんて、リカルドくんに負けた分際じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、葵先輩の顔色が変わる。
「うっせーな、ありゃわざとだ。後輩に花を持たせてやったのよ」
うわ、言葉は割と冷静だけど、この人めちゃめちゃ怒ってるぞ。
ゴールドETの持ち主ながら、性格は単純なのか、怒りが態度に溢れ出ている。
「リカルドに負けたって本当ですか?」
「ああ、足立くん、実はこんな事情があってね……」
アカネ先輩の説明はこうだった。
文想学園の文化祭では、各学年のゴールドET所有者による、ワナビ戦のエキシビション・マッチが開催される。
去年のそのイベントで、当時高一だった葵先輩は、中三だったリカルドに敗北した。
さらに恐ろしいことに、そのバトルの結果で修学旅行の予算配分が決まるので、負けた葵先輩は学年中から強烈なブーイングを浴びたらしい。
「優勝したリカルドくんの学年は、修学旅行が、アメリカ周遊一週間の旅だったわ」
「アカネ先輩達の学年は?」
「お台場周遊一日間の旅よ」
一日間って、それ日帰りじゃないですか。
いや、お台場はいい場所だけど、修学旅行で行くには近すぎだよな。
日帰りじゃ枕投げもできないし、女子の部屋へだって侵入できないし、そうなったら俺も葵先輩を恨むだろう。
「とにかくだ! オレはリカルドが憎い、足立はリカルドを倒したい、オレ達の利害は完全に一致してるだろ? だから協力してやんよ。じゃあな」
「あっ、葵ってば待ちなさい! 唐揚げを盗んだ罪は重いわよ!」
葵先輩が勝手に立ち去り、アカネ先輩がそれを追いかけ、俺は屋上に取り残された。
楽しいランチタイムだったのに、途中でアゴが外れたあたりから、おかしな流れになっちまったな。
まあしかし、二年生のトップ生徒が味方についたのは、リカルドを倒す上でかなりプラスに働きそうだ。
(それにつけても、ゴールドETの威光たるや……)
まるで水戸黄門の印籠だな、なんて考えていると、ユリナが屋上へやって来た。
「あれ、ユリナじゃないか?」
「はい。委員会の仕事を済ませて、急いで走って来たんですが、アカネ先輩はどちらに?」
「もう帰っちまったぜ」
「ガーン……。わたしもランチしたかったのに、そんな間に合わなかったなんて」
おやおや。
そんなに真面目に落ち込むなんて、俺達と一緒のランチタイムを、よほど楽しみにしていたんだな。
微笑ましい感情が、俺の頬を緩ませる。
「まあ、今日は仕方ないさ。昼飯は今度ゆっくり一緒に食おうぜ。な?」
「じゃ、じゃあ、明日とかどうでしょう?」
「へっ、明日は土曜日だけど?」
「はい。ですからその、学校の外で会いたいな、と思ったんです」
「…………」
「実はわたし、こっそり相談したい件があって。アカネ先輩にもいずれ言う予定なんですが、今はまだちょっと勇気が出ないので、まずは足立くんに聞いて欲しいんです。……迷惑でしょうか?」
すがるような目。
胸の前で合わせた両手。
こうして至近距離へ近寄られると、俺の方がちょっと身長が高いので、セーラー服の隙間から服の中が覗き見える。
いつまでもずっと見ていたい光景だ。
「わ、わかったよ」
というわけで、俺は急な誘いを受けて、ユリナと外で会うことになった。
ちょっと、コレ、大丈夫か?
俺まさか、明日死んだりしないよな?
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