噂のワナビ戦(4)
「アカネ先輩、申し訳ありませんでした」
学校の近所にあるカフェで、俺はアカネ先輩に謝罪した。
今はそう、反省会の最中である。
「え、何を謝ってるの?」
「何をってそりゃもちろん、さっきのワナビ戦ですよ」
教え子二人があの戦いでは、ブラザーのアカネ先輩にまで、風評被害が及んでしまう。
確かに初挑戦だったとはいえ、ちゃんと勝ってる奴も結構いたから、それは敗北の言い訳にならないのだ。
「足立くんったら、謝らないでよ。あたしも説明不足だった面があるから」
「ですが、これではアカネ先輩の評判まで……!」
「本当にいいのよ。足立くんが呼び出したドラゴンは、ファミコンのボスキャラとしては、すごくリアルで完璧だったわ。あたし懐ゲーって結構好きなの」
「それはフォローでしょうか? それとも皮肉でしょうか?」
「後者よ」
「ひどいっ!」
ああもう、やめてくれ。
そんな冷たい目で見られたら、俺の心は、未知の興奮に目覚めてしまう。
「それじゃさっそく反省会ね。でもまず、その前に」
アカネ先輩はそう言いつつ、メモ帳を取り出して、俺とユリナへ渡してくれた。
「足立くん、ユリナちゃん、二人ともミッ……いえ、世界で一番有名なネズミのキャラクターは知っているわね?」
「はい」
「知っています」
「じゃあそのキャラの顔を、頭の中に思い浮かべて。具体的にね」
アカネ先輩に言われた通り、ネズミの姿を思い浮かべる。
ああ、あの遊園地でデートしたいな、なんて雑念が入り交じってしまうが、これは果たして想像力のテストだろうか。
「思い浮かべた?」
「はい」
「それじゃ次は、メモ帳に描いてみて」
「絵をですか?」
「そうよ」
ポケットからシャーペンを取り出して、実際にイラストを描こうとすると。
「……あれ?」
頭の中には浮かんでいるのに、いざシャーペンを持って紙へ向かうと、どう描いていいかわからない。
どうにか頑張って完成させても、うーん、これじゃまったく違うキャラだ。
「おっかしいなぁ……? ユリナは描けたか?」
ユリナの絵を覗いた俺は、思わず鼻水を吹き出した。
「ぶはっ」
全体的にはそこそこ上手いが、顔を根本的に間違えている。
やけに爽やかで二枚目で、白い歯がキラキラまぶしく輝いて、まるで昔の少女マンガに出てくるヒーローだ。
なあ、あのキャラ、歯ってあったか?
「ミッ……いや待て、アイツはそんな奴じゃない! お前絶対、騙されてるって! 早めに別れた方がいい! これ俺との約束な!」
「え? こんな感じですよ、ミッ……」
「それ以上は言うな!」
「二人とも描けた? それじゃ、見せてくれる?」
俺達の絵を確認したアカネ先輩は、優雅に飲んでいた紅茶を吹いた。
ユリナよ、美人に紅茶を吹かせた罪は重いからな。
いや、俺が原因の可能性もあるけどさ。
「すみません、下手くそで」
「いいのよ。ここで上手に描かれたら、話を先へ進めにくいから」
胸ポケットからハンカチを取り出して口元を拭くと、アカネ先輩は気分を落ち着けるように咳払いした。
よほど刺激が強かったのか、呼吸はまだ少し乱れている。
「こんな風に描いたら違うキャラになるのは、きちんと想像できていないってことよ」
「でも、頭の中ではちゃんと想像できますよ? どんなキャラかも知ってるし、脳内には顔がはっきり浮かんでます」
「それはいわゆる脳内補正。自分ではちゃんと想像できてると思っても、ただの曖昧なイメージで、実際はほとんど想像できていないのよ。だからいざ実際に描いてみると、全然似てない絵になっちゃうの。それじゃ次は、本物の写真を見ながら挑戦ね」
「はい」
渡された写真を見ながら、失敗作(と呼んでいいだろう)の横に、もう一度イラストを描く。
実物を見ながら描いたおかげで、今度はそれなりに似せて描けた。
ユリナの絵を横から見ても、ちゃんとしっかり描けていて、少女マンガの状態ではない。
「どう、感想は?」
テーブルの上で手を組みながら、アカネ先輩はニコッと微笑んだ。
「何かを想像するっていうのは、この通り、ものすごく難しい作業なの。ワナビ戦においてもそれは同様で、いきなり『世界一強いドラゴン!』と打ち込んでも、自分の脳内に具体的なイメージがないと負けてしまうわ」
「なるほど、わかってきました」
考えてみれば、そりゃそうだ。
ただ『世界一強いドラゴン!』と書くだけで、本当に世界一強いドラゴンが出現するなら、どんな奴でもあっさり勝利できちゃうもんな。
「俺、ドラゴンって格好いいと思ってたけど、脳内にあるイメージはファミコンレベルだったんだな……」
「まあ仕方がないわ。いくらイメージが強そうでも、架空の生き物をリアルに想像するのは難しいから、ドラゴンなんかは上級者向けね。最初のうちは背伸びしないで、実在する動物とかを呼び出した方が、想像が簡単でオススメかしら」
「うう、参考にします……」
「ユリナちゃんは、何か質問ある?」
「あ、はいっ」
黙っていたユリナが、アカネ先輩に質問する。
「動物自体の強さは関係あるんですか? 例えば今日の相手はライオンでしたけど、対戦相手との相性は意識するべきでしょうか?」
「それはまったく関係ないわ。クオリティさえ充分に高ければ、ネズミでもライオンに勝利できる。ワナビ戦は文章力と想像力の戦いだから」
「なるほどです。それじゃ対戦相手については意識しないで、自分のイメージに集中すればいいんですね」
「その通り」
「わかりました、ありがとうございますっ」
ユリナは丁寧にお辞儀したが、横に座っている俺には、角度的に谷間が見えない。
チッ、前に座るべきだった。
こんな事態も事前に予測できないとは、やはり俺には想像力が欠如している。
「ちなみにアカネ先輩って、どのくらい強いんですか?」
「あら、あたし?」
ふと気になって尋ねると、アカネ先輩はニヤリと笑って、自分のETを取り出した。
ボディの色は光沢感のある銀色で……え、シルバー?
「待ってください! ETがシルバーってことは、まさか学年二位なんですか?」
「そうよ、余裕余裕」
と言って前髪をかき上げるアカネ先輩。
余裕余裕。
俺もいつかは言ってみたいセリフだな。
「けどね、一位をキープしてる奴が、すっげームカつく野郎なの! あらやだ、言葉遣いが乱れたわ。とにかくその男をズタボロにして、ゴールドETを奪い取るのが、今のあたしの最大の目標ってわけ」
「ふえぇ、一位と二位の争いですか。なんかあまりにもハイレベルすぎて、わたしには想像もつかない世界です」
ユリナは及び腰になっているが、一位の奴からゴールドETを奪還したら、きっと素晴らしく快感だろうな。
全校生徒から羨望の視線を送られ、教師からも信頼されて……ああ、想像しただけでドキドキしてくる。
(よし、決めたぞ!)
今日の思いがけない敗北は、最弱から最強の存在へ成り上がる、最初の一ページだと思えばいいのだ。
そう、アレだ、すべては計画通りってヤツ?
……なーんちゃって。
この時の俺は、今後の苦労なんてまるで知る由もなく、自分は最強なんだと素直に信じ込んでいたのである。
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