噂のワナビ戦(3)

 待ちに待った放課後。

 勇んで体育館へ向かったら、アカネ先輩が先に来ていた。

「頑張ってね、足立くん。落ち着いて文章を入力するのよ」

「任せてください!」

 自分の胸をドンと叩いて、溢れ出る自信をアピール。

 クラスメート全員が体育館へ集合すると、担任の豪田先生が、ワナビ戦の具体的なルール説明を始めた。

「それではこれより、出席番号順に実技を開始する。今日は私がETで呼び出したライオンと戦ってもらうから、全員勝利できるよう頑張ってくれ。それから一ターンの制限時間は十秒間だ。それを越えるとタイムオーバーなので、残り時間には充分に注意するように」

「えっ、十秒間?」

 なんと、そのルールは初耳だ。

 背後にいるアカネ先輩が、そっと耳打ちしてくれる。

「タイピング速度が速くても、十秒間で入力できるのは、せいぜい一行以内の文章よ。長文は打ち込めないから、制限時間で入力できる範囲で、自分のイメージを的確に表現してね」

「なるほど。文章力と想像力だけじゃなく、表現技術も要求されるわけですね」

 聞けば聞くほど面白い。

 幸い今日用意してきたのは、非常にシンプルな文章だから、十秒あれば足りるだろう。

「どう、できそう?」

「ええ、もちろんですとも」

 アカネ先輩に頷いて、一歩前へと進み出る。

 最初に実技をするのは正直イヤだが、出席番号が一番なのでやむを得ない。

「一番の足立勇気、準備はいいか?」

「はいっ、豪田先生!」

「それでは入力開始!」

「うっしゃ、行くぜ!」

 豪田先生の掛け声と同時に、キーボードに指を滑らせる。

 何も難しい話ではない。

 カエルと打てば、カエルが出現。

 大きなアカガエルと打てば、大きなアカガエルが出現。

 それなら勝つ方法は、これしかないよな!


・挑戦者 足立勇気

『世界一強いドラゴン!』


 どうだ、見たか!

 自身の勝利を確信しながら、俺はその場に渦巻く白煙を見つめ、そこから格好よく出現したのは……。

「なっ」

「なんだ、あれは!」

 どよめくクラスメート達。

 そこには確かにドラゴンがいるが、まるで初期のファミコンを思わせるような、二次元的で平面的なグラフィック。

 いわゆるドット絵の状態で、色は緑と黄色の二色だけ。

 おまけに目が点なところが、なんとも言えず情けない。

「ちょ、待てよ! 本当にこれが世界一強いドラゴンか?」

 対峙する相手は牙を剥いたライオンだ。

 先生が呼び出したそいつは本物そっくりで、今にも襲いかかってきそうな迫力である。

 ヤバイ、負けちゃう?

「足立くん、失敗ね……」

「いいえ、見ていてください! ここから先が勝負ですから!」

 アカネ先輩の言葉を否定して、ETの二行目に文字を入力だ。


『ドラゴンは灼熱の炎を吐いた! 激しい火炎攻撃がライオンを襲う!』


「さあ、これでどうだ!」

 行け、世界一強いドラゴン!

 しかし俺のドラゴンは攻撃を開始せず、まったく無表情のまま、何故かその場で足踏みしている。

「なに、その足踏み!」

「どうやら、自分のターンを待っているようね……」

「いや、今がそのターンだから! 遠慮なく攻撃してくれ!」

 と俺が言い終わらないうちに、ドラゴンはその場を一歩も動かないまま豪田先生のライオンに敗北し、試合はあっさり終了を迎えた。

「ああ……」

 ものすごく恥ずかしい。

 今すぐここから逃げ出したい。

 って、なんじゃコレ、ETに文字が浮かび上がったぞ?


・挑戦者 足立勇気

・試合結果 敗北(0ターン)

【安易に「!」を多用するのは控えましょう】


「そうそう。勝敗が決まった後は、ETが自動的にコメントをくれるから、今後の参考にしてね。それから自分が呼び出したモンスターの一覧は、トップメニューの履歴からいつでも確認できるわ」

 そう言われても、あの二次元ドラゴンは、何度も見たいものじゃない。

 後でこっそり履歴のページから消してしまおう。

「平気よ、足立くん。そんなに落ち込まないで?」

「アカネ先輩……」

「ほら、顔を上げて。ね?」

 アカネ先輩は俺の顔を覗き込み、気遣うように笑いかけてくれた。

「大丈夫。足立くんは充分笑いを取ったから、きっと明日から人気者になれるわ」

「そんなのイヤですっ!」

 意図的に「笑わせた」ならいいが、意図せず「笑われた」んだから、どう考えたって単なる不名誉だ。

 俺が顔を覆って泣きたい衝動と戦っていると、豪田先生の無駄に力強い声が聞こえてきた。

「足立は今回残念だったが、次回また頑張ってくれ。それでは続いて、女子の出席番号一番の生徒、前へ出るように」

「ほら、今度はユリナちゃんの番よ。応援しましょう」

「そ、そうですね」

 俺は惨敗してしまったが、ユリナを応援しないとな。

 ちなみに俺もユリナも、ETの色はホワイトだ。

 今は新入生なのでこの色だが、今後はワナビ戦の勝利回数によって、どんどん色が変動していく。

 中でも学年トップ3の生徒に与えられる、ゴールド・シルバー・ブロンズのETは、全校生徒の憧れの的になっているのだ。

「厚木ユリナ、準備はできたか? それでは入力開始だ!」

「は、はいっ」

 と豪田先生に返事をしたが、ユリナの指は一向に動かない。

 まさか文章を用意していないはずはないが、緊張のあまり手が動かないのだろうか?

 不思議に思いつつ見つめていると、ユリナがこちらを振り返ってくる。

「あのっ、二重カギカッコって、どうやったら出せるんですか?」

「にっ……、オリエンテーションで練習しなかったのか!」

 なんてこったい。

 俺は隣りにいるアカネ先輩を睨みつけた。

「アカネ先輩! 男子は手取り足取り丁寧に指導して、女子生徒は放置するなんて、あなたって人の人間性を疑います!」

「ちょっと、あたしは教えたわよ! ユリナちゃんも『わかりました』って言ってたし、ちゃんと一緒に練習したんだから!」

「ユリナ、本当か?」

「は、はいっ。練習の時はわかったんですけど、ちょっと緊張で忘れちゃって……」

 いや、今は原因を追及してる場合ではない。

 ワナビ戦には十秒間という制限時間があるんだから、二重カギカッコの出し方を教えるのが先決だ。

「ほら、そこのシフトを押して……」

「えっ、あの、シフトって何でしょうか?」

「シフトはシフトだろ! まさかお前、そこから知らないのか!」

「あ、あ、出せました!」


・挑戦者 厚木ユリナ

「{@、*『


 タイムオーバー。

「うう、ダメでした……」

 がっくりと肩を落としながら、俺達の前へ戻ってくるユリナ。

 ETに文字が浮かんでいるところを見ると、どうやらタイムオーバーでも、試合結果についてコメントが貰えるらしい。

 どれどれ、拝見しますよっと。


・挑戦者 厚木ユリナ

・試合結果 敗北(0ターン)

【まずはタイピングソフトを使って、文字入力の練習から始めましょう】


「うわぁ……」

 俺とユリナとどっちが恥ずかしいかな、なんて真剣に考えていると、アカネ先輩が頭を抱えながら呟いた。

「足立くん、ユリナちゃん、この後二人とも反省会をしましょう。あたしが紅茶おごるから。いいわね?」

「……はい」

「はい」

 アカネ先輩の提案に、二人の返事が重なった。

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