噂のワナビ戦(2)

「へへっ、放課後が待ち遠しいぜ」

 翌日の休み時間。

 思わず呟いた独りごとに、後ろから返事があった。

「放課後が待ち遠しい? ああ、ワナビ戦の実技ですか」

「!」

 慌てて振り向くと、声の主は、後ろの席の池田いけだ

 そうだ、昨日はオリエンテーションを優先してしまったが、これから一年間このクラスで過ごすんだから、今のうちに友達を作っておく必要があるんだよな。

 手始めに池田と仲良くしようかと思ったが、どうやらそれは危険な賭けであるようだ。

「どうしました? わたくしに見惚れているのですか?」

 池田リカルド(男)。

 聞けば父がイタリア人らしく、金髪碧眼で容姿はまあ美形だが、色々な部分が根本的におかしい。

 具体的に何がどうおかしいか、それはコイツと少し喋っただけで、充分すぎるほど伝わってくる。

「池田だっけ? お前って変わってるな」

「わたくしのことは池田ではなく、『リカルド』とお呼びください」

「じゃあリカルド、お前って変わってるな」

「おやおや、わたくしが格好いいから嫉妬ですか? ふふふ、そのお気持ちは充分に理解できます。わたくしはあまりにも美形すぎて、同性に嫌われるタイプですから」

「いや、異性にも嫌われてるだろ?」

 俺が率直に指摘してやると、リカルドは表情をしかめた。

「まったく、何を根拠にそのような妄言を吐くのか」

「何を根拠にって、お前の存在そのものが根拠かな」

 というのもコイツは、口調と性格がおかしいだけでなく、もはや制服とは呼べないような変形制服を着ているのだ。

 具体的に説明すると、学ランをボタンからファスナーへ改造し、肩にはマフラーのような厚手の布を巻きつけている。

 胸には十字架のペンダント、両手には絹の手袋、足元は黒革のロングブーツ。

 コイツ一体、何者なんだ?

 自分では格好いいつもりかもしれないが、口調も性格も服装も、すべてにおいて激しい勘違いが見受けられる。

「まさかこれほど格好いいわたくしが、異性に嫌われるはずがないでしょう。この変形制服やストールだって、神父のようで美しいと思いませんか?」

 なるほど、この出で立ちは神父を意識した結果なのか。

 しかしこんな野郎に挙式されたら、仲睦まじいカップルも別れそうだ。

「神父を意識するのは別にいいが、ひたすら変人に見えるだけで、格好いいとは思えないな」

「そんなわけありません。現にクラスの女子生徒だって、先程からチラチラと、わたくしの方を見ています」

「いや、正気を疑って見てるんだよ。それくらい察してくれ」

「まったく、アダチは強情ですね……」

 俺の的確な指摘を完全に無視して、リカルドは盛大な溜め息をついた。

「アダチがパートナーなんて、相手の女性が気の毒ですよ」

「パートナー? ブラザーのことか?」

「いいえ。指導役のブラザーではなく、一緒に戦うパートナーです」

「一緒に戦うパートナー?」

 はてと首を傾げていると、横から声をかけられた。

「あのっ」

 細く可憐な声の持ち主は、俺の隣りの席の女子で、見れば結構な美少女だ。

 髪を結ぶピンクのリボン、透き通るように真っ白な肌、二重まぶたの大きな瞳。

 ふんわり揺れるツインテールは、色素の薄い栗毛色で、ゆるやかにウェーブしている。

(っていうか、胸デカくね?)

 しかも単純な巨乳ではなく、顔は童顔のまま胸だけ成長期を迎えてしまったような、そんなアンバランスな空気感が俺の心をたまらなく刺激する。

 一応言っておくが、これはスケベな感想じゃないぞ。

 腰を据えて観賞したくなるような、それはもう素晴らしい曲線なのだ。

「わたし、厚木あつきユリナっていいます。これから始まるワナビ戦で、足立くんのパートナーになるので、どうぞよろしくお願いしますっ」

 と丁寧に自己紹介をしながら、勢いよく頭を下げる厚木さん。

 セーラー服の襟の隙間から、豊かな谷間が覗き見える。

(おおっ!)

 これは嬉しいラッキースケベだ。

 いや、さっきも言った通り、俺にスケベ心はないけどな。

(これは、もうちょっとで全部見えるぞ……!)

 俺は厚木さんの胸元を凝視したが、あと少しという惜しいところで、栗毛色の髪に隠されてしまった。

 ちくしょう。

 ロングヘアは好きだが、今はそれが心底憎い。

「あ、あの、足立くん……?」

「やっ、うん、よろしく頼む!」

 いけない、いけない。

 厚木さんの制服の中にも興味はあるが、今はワナビ戦について、必要な情報を集めるのが先決だろう。

「それで、パートナーって?」

「あれれ、足立くんは聞かなかったんですか? ワナビ戦は出席番号が同じ者同士、男女二人で協力して戦うんですよ。オリエンテーションの時に、アカネ先輩が教えてくれました」

「へえー、そうなのか。厚木さんもアカネ先輩がブラザーなのか?」

「はい。美人で優しくって、素敵な先輩ですよね」

「なるほど、じゃあつまり俺って……」

 黒髪美人のお姉様がブラザーで、可憐な同級生がパートナー。

 高校受験で一生の運を使ったはずなのに、こんなにラッキーでいいんだろうか?

 文想学園に合格したのは間違いでした、明日から二度と来ないでください、なんていうオチじゃないだろうな。

「まったくアダチときたら、そろそろ現実へ戻ってきなさい」

「!」

 後ろのリカルドの声で、俺はハッと我に返った。

「どうせ『二人とも好みのタイプだし、俺って超ラッキーじゃね?』とか考えていたのでしょう? 顔を見ればわかります」

「うっ」

 とっても図星。

「しかしながら、実戦で活躍できなければ意味がありませんよ。勝利できれば問題ありませんが、負けたらブラザーやパートナーの足を引っ張ってしまうのですから、その点をくれぐれもお忘れなく」

「わ、わかってるさ」

 大丈夫。

 まだ実戦は未経験だが、文章力にも想像力にも自信があるから、絶対に強くて格好いいモンスターを呼び出してみせる。

「厚木さん、俺に任せろよ」

 俺は厚木さんに視線を送り、そっとウィンクしてみせた。

 高校での素敵な出会いに備えて、春休み返上で、ウィンクの特訓をした成果だ。

「あの、足立くん」

「ああ、なんだ?」

 厚木さんは赤くなってモジモジしながら、こんな信じられないセリフを口にした。

「わたしのことは『ユリナ』って呼んでくれませんか? その、せっかくパートナーになるんだから。ね?」

「…………」

 俺は次の休み時間におふくろへ電話して、文想学園の合格通知を誰にも奪われないように、金庫に入れて保管してくれと頼み込んだ。

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