第二章 リカルドの情熱
リカルドの情熱(1)
【ワナビ戦ルールまとめ】
・試合開始と同時にモンスターを召喚
・力量差が明確な場合、この時点で勝敗決着
・力が拮抗している場合、各十秒間の持ち時間を使い、ターン制の攻撃を展開
・10ターン以内に決着がつかない場合、ETの自動判定によって勝敗を決定
夜の九時、場所は自室。
夕飯を食い終わってヒマになった俺は、ETを起動させて、ワナビ戦のルールを改めて確認している。
そう、いわゆる自習ってヤツだ。
「力量差が明確な場合、か……」
つまり俺が呼び出した世界一強いドラゴンは、あまりにも弱すぎて、攻撃のターンへ進めなかったわけである。
結果表示も「敗北(0ターン)」だったもんな。
いや、あれは本当に恥ずかしかった。
「おっと、そうだ!」
すっかり忘れていたが、黒歴史を消去しないと。
さっそくメニューから履歴画面を呼び出して、該当のアイコンをタッチすると、ドラゴンの立体映像が眼前に浮かび上がる。
目を合わせないようにしつつ、そっとデリートボタンを選択だ。
ごめんな、ドラゴン。
「……あれ?」
何回消去を押しても、まったく反応がない。
不審に思ってヘルプを見ると、非情な現実が明らかになった。
【消去可能なデータはコピーのみです。ワナビ戦で使用したオリジナルデータを削除することはできません】
「マジかよ……」
つまり、アレか。
今も能天気な顔で足踏みしているドラゴンは、記念すべき初召喚モンスターとして、我がETへ永遠に記録されてしまったわけだ。
ちくしょう。
俺の初めてを返して欲しい。
「い、いや、前向きになろう……」
消去する方法が存在しないなら、考え方を変えて、コイツを愛でればいいんだよな。
つぶらな瞳。
規則的な足踏み。
メタボすぎる腹の曲線。
ほらな、こうしてじっくり見ると、とても愛嬌があるじゃないか。
「へへっ」
我ながら単純すぎるが、自己暗示をかけているうちに、本当に可愛いんじゃないかと思えてきた。
いや、確かに稚拙な部分はある。
だがコイツは俺が生み出したモンスターで、俺が文章を入力しなければ、この世に生まれてこなかった存在なのだ。
何なんだろうな、この不思議な満足感は。
思わず感慨に浸っていると、急に携帯電話が鳴り出した。
「おっ」
相手はなんとアカネ先輩。
着信表示にドキッとしながら、急いで通話ボタンをタップする。
『足立くん、こんばんは。突然迷惑だったかしら?』
「いえ、まさか!」
『それならよかったわ。今何をしていたの?』
「ワナビ戦の復習をしていました。前回はあの通り惨敗でしたけど、次は絶対に勝ちたいですから」
『復習? まあ、立派な心掛けね』
よしよし。
アカネ先輩に好印象を与えたぞ。
せっかくのチャンスだから、俺が今どれほどやる気になっているか、さらにアピールしないとな。
「ワナビ戦って面白いですよね。最初のカエルも感動しましたが、一度実際に戦ってみて、さらにその魅力を実感しました。自分で自由に文章を書いて、まだ見ぬ存在をこの世に生み出せるなんて、まるで神様みたいっていうか」
『ふふっ、確かにそうね』
「ちょっと大袈裟かもしれませんが、とにかく俺、すっごいやる気に燃えてるんです。次回の勝負が楽しみですよ」
『それは心強いこと』
アカネ先輩が微笑んだのが、受話器越しの声色で伝わる。
「あの、ところで、アカネ先輩の用事は?」
『あたしの用事ならもう済んだわ』
「えっ?」
『実を言うと足立くんが心配だったの。あたしも初めての実技で負けちゃって、その時ものすごく落ち込んだから、そんな状態になってないといいな……って。でも杞憂だったわね。力強い声を聴いて安心したわ』
アカネ先輩、あなたは女神様ですか?
わざわざ反省会まで開催しておいて、夜にはフォローの電話までくれるなんて、これ以上のブラザーはいないだろう。
それにしても、学年二位を誇る彼女でも、初めての実技は負けだったのか。
「アカネ先輩の書く文章って、どういう感じなんですか? ああ、そうだ、今度モンスターの履歴を見せてくださいよ」
『それはダメ。ネタを盗むつもりでしょう?』
「うっ、ギクリ」
『反省会でも伝えたけれど、自分で生み出した文章でないと、基本的に負けちゃうわよ。文章そのものは人真似できても、想像力は真似できないからね』
そうですよねー。
アカネ先輩に履歴を見せてもらい、ネタを吸収しつつ親密になる作戦は、どうやら失敗に終わったらしい。
『あたしのモンスターの履歴は、まあそのうち機会があれば、足立くんにも見せてあげる。それより今は、オリジナリティの追求が一番よ。せっかく文章を書く楽しさを知ったのに、他人の真似をしちゃうなんて勿体ないわ。そうでしょう?』
文章を書く楽しさ。
そうか、俺はそれに目覚めたんだ。
これまでずっと作文は苦手だったが、この情熱を爆発させて、小説を書いてみるのも悪くないな。
うん、創作意欲が湧いてきたぞ。
「俺、小説書いてみようかな……?」
なかば独り言のように呟くと、アカネ先輩も同意してくれた。
『それは名案ね。ワナビ戦の修行にもなるし、是非チャレンジするといいわ』
「はい、自分なりに頑張ってみます」
というわけで。
アカネ先輩との通話を終えた俺は、真っ白な文章作成の画面を立ち上げて、ETに最初の一文を打ち込んだ。
集中力はなんと五分間も持続した。
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