葵先輩の意地悪(3)

「よし、みんな揃ったな」

 クラスメート全員が体育館へ集合すると、いつも通り、担任の豪田先生がワナビ戦の説明を始めた。

「すでに一学期も中盤へ差しかかり、ほとんどの生徒が、モンスターの召喚に成功している。そこでだ、今日は好きなモンスターを操って、各自パートナーと実戦訓練をしてもらおう」

「先生、実戦訓練って何ですか?」

「簡単に言えば、テニスの打ち合いのようなものだ。勝敗にはこだわらなくていいから、ターンを目いっぱい使用して、互いに攻撃の応酬を続けていくんだ。それでは開始!」

 豪田先生がパンと手を叩くと、各生徒が体育館の隅々へ散らばって、それぞれのパートナーと訓練を始める。

 しかし、これは困ったぞ。

 0ターンの男である俺は、召喚と同時に敗北が確定するから、実戦を想定した打ち合いなんて不可能だ。

「あの、足立くん、どうしましょうか?」

「そうだなぁ……」

 俺が訓練できないのは自業自得だが、ユリナに迷惑が及ぶのは申し訳ない。

 二人揃って困惑していると、リカルドに声をかけられた。

「もしよろしければ、わたくしが厚木さんの相手をしましょうか?」

「えっ、いいんですか?」

「はい。今日はわたくしのパートナーが欠席ですので、お互いにちょうどいいかと」

 と言って、チラリと俺を見るリカルド。

 なんとなくシャクに障るが、確かに組み合わせ的にはちょうどいいから、この提案は受けるしかない。

「ああ、ユリナと組んでやってくれ。俺はここで見学してるよ」

 大人しく後ろへ退くと、二人は訓練を開始した。

「それでは厚木さん、よろしくお願いします」

「こちらこそっ。あ、でもリカルドくんが本気を出したら、わたしのモンスターは0ターンで負けちゃいます……」

「もちろん打ち合いですから、こちらの力は加減しますよ」

 リカルドはそう口にして微笑むが、優しいのか嫌味なのかわからない。

 こんな男がモテるとは、まったく世も末だよな。

 いや、思うところは色々あるが、今は二人の訓練をしっかりと見学しよう。


【召喚モンスター】

・厚木ユリナ  『さみしがりやのクマさん』

・池田リカルド 『コモドドラゴン』


 文章の入力が完了すると、いつも通り煙が巻き起こる。

 ユリナが呼び出したのは、メルヘン調なクマのキャラ。

 それに対してリカルドは、恐竜では力加減ができないらしく、実在する巨大なトカゲを召喚した。

 ここから攻撃のターンへ突入である。

「厚木さん、先攻をどうぞ」

「いいんですか?」

「はい。わたくしは反撃しませんから、お先に攻撃するといいですよ」

「そっ、それでは……」

 先攻を貰ったユリナが、急いで文字を入力する。

 最初の召喚だけじゃなく、攻撃のターンも、制限時間は十秒だからな。


『さみしがりやのクマさんは、であったあいてに、いきなりおそいかかります。』

『コモドドラゴン、敵を確認し様子見』

『おおきなトカゲめ、やっつけてやるぞ! うしろからツメでこうげき!』

『本種は嗅覚に優れる為、背後からの攻撃を回避』


 二人が交互に文章を打ち込むと、俺達の目の前で、まったく同じ攻防が展開される。

 しかしコレ、実際に本人達を見ていると、俺の想像より遥かに難しい作業だぞ。

 十秒で反撃できないと、その瞬間に敗北が確定。

 慌てて誤字脱字や誤変換を出すと、攻撃のクオリティが圧倒的に低下。

 相手が打ち込んだ文章を読み、瞬時に次の文章を入力するという、いわばチャットのような機転と判断力が必要だ。

「もう終わりですか? そろそろ反撃しますよ?」

「ま、負けませんっ!」


『クマさんはあきらめません。こんどはジャンプをして、トカゲへとびつきました。』

『相手の着地点へ先回りし、キバにより後ろ足を捕捉』


 一瞬クマのジャンプが当たるかと思われたが、コモドドラゴンが後ろ足へ噛みついて、相手の戦闘能力を一気に奪った。

 行動を封じられたクマは、次第に生気を失っていく。

 まずい。

 このまま勝負が決まりそうだ。

「ユリナ、このままじゃ負けるぞ! 早く反撃の文章だ!」

「は、はいっ」

 いかにも苦しげな表情で、ユリナが文章を入力する。


『熊は金属バットでトカゲを殴り、そして世界は平和を取り戻した』


 おい待て。

 金属バットはどこから出した。

 あとお前らいつの間に、世界平和を懸けていた。

 俺がツッコミの順序を考えているうちに、試合が無事(?)終了し、互いのETに結果表示が浮かび上がった。


【試合結果】

・勝者 池田リカルド

・使用ターン 6ターン


【コメント】

・池田リカルド

 簡潔でわかりやすい文章ですが、さらに装飾的な表現方法にも、これから挑戦してみてください。

・厚木ユリナ

 絵本的で好感の持てる筆致ですが、最後の世界観の崩壊が残念でした。焦っても自分のスタイルを貫くように注意しましょう。


 うーん、なるほど。

 十秒以内に反撃できても、明らかに無理のある文章を書いてしまうと、こちらが敗北するわけだ。

 なんて一人で思っていると、リカルドが説明してくれた。

「いきなり『俺の格好いい攻撃で敵が全滅!』などと書いても勝てませんよ」

「そうなのか?」

「はい。小説を読んでいる時と一緒です。突然あり得ない展開が出てきたら、想像力が膨らむどころか、逆に気分が萎えてしまうでしょう?」

 確かにそうだな。

 ETはそういう部分まで考慮して、試合の勝敗を決めているわけだ。

(だけどやっぱり、実戦は面白いなぁ)

 今のはリカルドが手加減したので、なんだか物足りない試合になってしまったが、実力者同士が本気で激突したら見応えがありそうだ。

 例えばそう、ゴールドET所有者同士の、ワナビ戦エキシビション・マッチとか。

「そういや、文想学園の文化祭っていつなんだ?」

「来月ですよ」

「えっ、一学期なのか?」

「はい。わたくしは高一代表として、憎き葵喜一郎と対戦します」

「いや、葵先輩はいい人だぜ?」

 まあでも、修学旅行の予算が決まるなら、ここは同学年のリカルドを応援しようか。

 負けてしまって落ち込んでいたユリナも、文化祭の話を聞くと、途端に元気になって俺達の会話へ加わる。

「わたし噂で聞きました。文想学園の文化祭はすごく大規模で、クラスの出し物もあるんですよねっ」

「そうですね。わたくしはワナビ戦に専念しますが、皆様はそちらを頑張るといいでしょう」

「ですって、足立くん! 来月が楽しみですねっ」

「ああ、そうだな」

 という感じで、その日のワナビ戦の実技は終了した。

 しかし、そうか、文化祭は来月なのか。

 こういう派手なイベントは、異性と距離を縮めるチャンスでもあるし、急に楽しみになってきたぞ。

(こりゃ来月は祭りだな!)

 我ながら単純すぎるが、それが俺の唯一の取り柄だし、今はこれでいいだろう。

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