葵先輩の意地悪(2)
その日の放課後。
俺はETカバーを購入するべく、学校の帰り道にある、ショッピングセンターを訪れた。
以前は三階の本屋へ行ったが、家電量販店もテナントに入っているから、そこならサイズの合うカバーが見つかるはずだ。
(おっ、この売場だな)
店の中へ入ってみると、目立つ場所にモバイルコーナーがあり、その脇に各種アクセサリーが並んでいる。
カバーもたくさん置いてあり、装着用のサンプル品も豊富だから、じっくり商品を選ぶとしよう。
(どれにするかなぁ)
どうせなら派手な柄にしてみようか。
それなら「俺はこの柄が好きなんだ」って顔ができるし、カバーで本体を隠しているのが周囲にバレにくいはずだ。
そう考えてしまう自分が情けないが、そこはほら、人目が気になっちゃう年頃だからな。
そうだ、この迷彩柄なんていいんじゃないか?
(うん、サイズも合ってる)
サンプル品で大きさを確認した後、俺は商品パッケージを手に取った。
商品価格は三千円で、少々予算オーバー気味だが、そこはまあ仕方ない。
これでメンツを守れるならば、それこそ安い買い物だ……なんて思っていたら、知り合いに出会ってしまった。
「……足立?」
「うわっ、葵先輩!」
呼びかけに振り向くと、そこには葵先輩がいた。
ここは学校の近所だから、寄り道する生徒は確かに多いが、それにしたって最近知り合いによく会うな。
「あっ、もしかすると、また俺の尾行ですか?」
「毎日オメェを尾行するほど、オレだって暇人じゃねえ。今日は新作ゲームを見に来たんだ」
「新作ゲーム?」
葵先輩が持っているのは、戦国武将の格闘ゲームだ。
そういやこの人、今でもたまに使ってるけど、天下布武の扇子を持っていたっけ。
「葵先輩ってひょっとして、ワナビ戦で呼び出すのは……」
「おうよ、オレの武器はもっぱら刀だ。男の戦いといやぁ、チャンバラだろ? あ、念の為に言っとくが、強いのはゲームだけじゃねえからな」
聞けば葵先輩の実家は道場で、部活には入っていないが、剣道の有段者でもあるらしい。
うーん、なるほど。
本人に剣術の心得があれば、イメージが大切なワナビ戦でも、自然と有利に戦えるわけだ。
リカルドとは方向性が違うが、得意分野を持つのって、やっぱりすごく大事なんだな。
「んで、足立は何をしてんだ? それってETのカバーだよな?」
「ギクリ」
「オメェ、汚れとか気にすんの? そんな几帳面な奴にゃ見えねえが……」
「べっ、別にこれは、見てただけですっ!」
俺は手に持っていたカバーを、急いで商品の陳列棚へ戻した。
本当は堂々と振る舞いたいが、自分でも後ろめたさを感じている分、焦りが態度に出てきてしまう。
「あれ、買わねーの?」
「手持ちがないので、また今度にします」
「けどさっき、レジを探してなかったか?」
「うっ」
この人見た目はチャラいくせに、こういう部分が変に鋭くて困る。
だがここは、俺の自慢のトークスキルで、どうにか話題を変えてみせよう。
「そっ、そういえば葵先輩のおかげで、アカネ先輩といい空気になれました」
「おっ、詳しく聞かせろよ」
「今朝恋愛の話をしている最中に、『彼氏に俺はどうですか?』って聞いたんです。そしたら、まんざらでもない反応でした。まあ、チャックが全開だったせいで、その後逃げられちゃったんですけど……」
「チャック全開で愛の告白か。そりゃ確かに攻めすぎだな」
攻めたわけじゃなく、実際は単なるドジだ。
しかし、やったぜ、話題が変わったぞ。
恋愛の話は誰でも食いつくから、話をそらしたい時に便利だよな。
「アカネはああ見えて、意外と繊細だからな。真っ向勝負を仕掛けるよりも、さり気なく、気遣いを見せるのが大事だぜ。後で携帯メールでも入れて、朝の件をフォローしてやれ」
「はい」
「ユリナについても確認したけど、絵本の投稿をしてるんだってな。そういうタイプにゃ、変に恋愛を意識させずに、夢を応援してやんのが一番だ。そうすりゃ警戒もすぐ解けて、あっさり距離を縮められるぜ」
確かに葵先輩の言う通り、アカネ先輩が意外と繊細なのは、神社の一件で理解できた。
今朝のやり取りだって、彼女の揺れる心を突いたからこそ、動揺を誘えたわけだし。
それからユリナ。
ユリナとの距離が縮まったのは、動物園でスケッチブックを見た時と、俺が新人賞で一次落ちした時だ。
俺達を近付けたカギは、恋愛感情というよりも、お互いの夢だったよな。
「すごい観察眼ですね。そういえば葵先輩って、彼女とかいるんですか?」
それだけ人間観察が得意なら、恋愛スキルだって高いはずだ。
しかし本人の返答は、意外にもノーだった。
「女? いねーぜ」
「えっ、意外です。どうしてですか?」
「そりゃオメェ、特定の相手を作っちまうと、その分モテなくなっからな。それじゃつまんねえだろが」
「はあ」
「女に告白された回数を自慢して、周囲の野郎どもに恨まれんのが、このオレ様の生き甲斐なんだよ。その為にも交際はしねえ主義だ」
「うーん……」
モテたいから交際しないって、本末転倒じゃないんだろうか。
しかも恨まれるのが好きとか、つくづく変わった趣味だよな。
リカルドとは正反対だが、この人はこの人で、結構色々おかしいと思う。
(まあでも、葵先輩は味方だしな)
何しろ俺という人間は、自慢じゃないが、恋愛経験がゼロなのだ。
経験豊富な先輩のアドバイスは、言葉にできないほどありがたい。
「今の助言を参考にします。ありがとうございました」
「おっと、礼なら不要だぜ。それより一刻も早く、リカルドを倒すんだ。オレの気分ならそれで晴れるさ」
「そうですか?」
「ああ。オレはリカルドと学年が違うから、どう頑張っても、アイツを引きずり下ろせねえんだ。しかしオメェならそれができる。期待してるぜ?」
うわ、期待されてしまった。
でもまあ、人に期待されるのって、なんだか悪い気分じゃない。
「そうだ! ETカバーの件だが……」
「げっ」
自然に話題をそらしたのに、この人まだ覚えていたのか。
「せっかくだからオレが贈ってやろう。前祝いってヤツだ」
「へっ?」
「ただし今日はカネがねえんだ。来週学校で渡してやるよ。じゃあな!」
葵先輩はそう言い残すと、迷彩柄のカバーをチラリと見つつ、その場から去って行った。
うむむ。
確かに三千円は痛いから、プレゼントで貰えるなら嬉しいが、本当にいいんだろうか。
(こりゃ本気でリカルドを倒さないとな……)
葵先輩の期待に応える為にも、ユリナやアカネ先輩にモテる為にも、とにかくまずはワナビ戦で勝たなきゃいけない。
しかし、どうやって?
俺は恐竜マニアでもないし、戦国好きでもないし、絵本の執筆が趣味でもない。
自分の得意分野を見つけるって、簡単そうだけど本当に難しいな。
(そういえばアカネ先輩って、一体何を呼び出すんだろう?)
リカルド、ユリナ、葵先輩はわかったが、アカネ先輩の戦い方は不明である。
そうだ、本人へ聞いてみよう。
葵先輩はメールしろと言っていたが、今朝の汚名返上も兼ねて、せっかくだから電話で直接話したい。
静かな場所へ移動して、さっそく電話を掛けてみると、通話はすぐに繋がった。
「もしもし?」
『あら、足立くん?』
「今って大丈夫ですか?」
『ええ、問題ないわ。どうしたの?』
「今朝は大変失礼しました。まずはそれを謝りたくて」
『今朝……そっ、そうよ! ビックリしたじゃない!』
ですよね。
後輩がパンツ丸見えだったら、さすがにビックリしますよね。
『俺はどうですか……とか、ああいう話は、簡単に言っちゃダメよ! 誤解する女の子だっているんだからね!』
え、あれ?
チャック全開の件を謝ったのに、どうやらアカネ先輩は、告白未遂の話だと誤解している。
『とにかく足立くんは、あたしの悩みなんか気にしないで、ワナビ戦に専念するの。ブラザー命令よっ』
「そのワナビ戦で相談があるんです」
『え、あっ、そうなの?』
今度は少しがっかりした様子。
アカネ先輩らしくもなく、喜怒哀楽の変化が激しい。
「もし問題なければですが、アカネ先輩のモンスターの履歴を、少し見せて欲しいんです。前に一度断られましたけど、自分の得意分野がわからないので、見ればヒントになるかと思いまして……」
『ああ、その件ね』
「ダメですか? もちろんネタを盗ったりはしません」
しばらくの沈黙の後、アカネ先輩は同意した。
『……わかったわ。データを用意しておくわね』
「ありがとうございます!」
『でも、あともう少しだけ、自力で戦ってみてちょうだい。決して突き放すわけじゃないけれど、一人で悩む時間も大切だと思うのよ。それでもどうしてもダメだったら、あたしが全力でサポートするから。ね?』
「わかりました」
というわけで。
ワナビ戦では負けているが、葵先輩やアカネ先輩のサポートのおかげで、俺はどうにか頑張れている。
親身な協力者というのは、特に逆境へ身を置いた時、本当にありがたい存在だ。
そう改めて痛感しながら、俺は電気屋をあとにした。
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