アカネ先輩の秘密(3)
その夜、俺は自分の部屋で、アカネ先輩の戦闘履歴を確認した。
なんだか秘密を暴くみたいで落ち着かないが、せっかく用意してくれたデータを、閲覧せずに放置するわけにはいかないだろう。
「……ゴクリ」
恐る恐るフォルダーを開くと、そこにはアカネ先輩がワナビ戦で召喚したモンスターが、日付順にズラリと並んでいる。
いや、これはモンスターと呼べるのだろうか?
正直どれも潰れたジャガイモ状態で、一体何を召喚したのか、パッと眺めただけでは判別が難しい。
園児が描いた落書きだって、普通はもっと上手いだろう。
戦績はもちろん敗北。
ひたすら黒星が並び続けて、失礼ながら、逆に壮観だと感じてしまう。
「アカネ先輩、相当ヤバイな……」
いたたまれない気持ちになって、途中で何度もフォルダーを閉じたくなったが、途中から急に白星が増えている。
ああ、よかった。
自分のことでもないのに、何故かホッとしてしまう。
どんどん結果を追っていくと、途中で白星と黒星の数が逆転して、最近は負けなしをキープ中だ。
モンスターを表示すると、召喚の内容は拳銃だった。
スパイ映画のような美男、あるいは美女が、ガンを操って華麗に戦う。
最初の醜態は意外すぎるが、ここまで来ると、アカネ先輩らしいと言える。
「…………」
もう一度最初から履歴を追うと、白星が増えるのは、拳銃を使うようになってからだ。
これはつまり、得意分野さえ発見できれば、急速に成長できるって意味だよな。
逆に得意分野が何もないと、ワナビ戦で勝利するのは難しい、という意味でもあるのだが。
「はあー……」
思わず机に顔を伏せると、原稿用紙が目にとまった。
それは書きかけの長編小説。
主人公は目立たない平凡な男子だが、特殊な学園バトルで勝ち上がって英雄になり、女子にモテモテになるという内容だ。
だがしかし、途中まではノリノリだったが、最近は興味が失せて放置している。
小説内でヒーローになるのも、それはそれで独特の楽しさがあるが、俺は現実でそうなりたいのだ。
「勇気、聞こえるー?」
玄関から、おふくろの声が聞こえてきた。
「お友達が来てくれたわよ」
「……友達?」
急いで玄関へ向かってみると、そこにいるのは葵先輩だった。
「葵先輩!」
「おっす足立、たまたま近くを通ったんだ」
「はあ」
「ちょっと世間話でもしようぜ? ドリンク一本おごってやるよ」
そんなわけで俺達は、自販機でドリンクを買い、家の近所にある公園へ向かった。
時刻はおよそ夜の九時。
夜の公園には誰もいないが、今は男二人だし、別に危険でもなんでもない。
「ゆっくり喋るのは、思えば久し振りか?」
葵先輩はそう言うと、ベンチに座って足を組み、甘酒のフタを開けた。
自動販売機に甘酒があったのも、自分にとっては相当な驚きだが、買って飲む人がいるのも驚きだ。
いや、似合ってるから別にいいか。
俺もその隣りへ腰を下ろし、コーラのフタを開けて飲む。
「そういえば葵先輩、先日のワナビ戦、格好よかったです」
「あー、負けちまったけどな」
「でも最後の握手には感動しました。葵先輩のことだから、リカルドが手を差し出しても、絶対に無視すると思ってましたよ」
その言葉を聞いた途端、葵先輩がニヤリと笑う。
「バーカ、あんなもんはパフォーマンスよ。ああやって好青年ぶっときゃ、観客の印象がよくなるだろ? チョロい、チョロい」
「チョロいって……」
こっちは真剣に感動したのに、あの握手、実は本気じゃなかったんだな。
リカルドとは正反対の男だが、葵先輩は葵先輩で、本当にブレない性格だと思う。
「んな話より、オメェだよ。アカネのデータはもう見たか?」
「ちょうど、ついさっき」
「驚いただろ?」
「はい」
才色兼備と思っていたアカネ先輩が、最初は俺以上の劣等生だったなんて、知って驚かない方がおかしいだろう。
しかし決して、見損なったわけではない。
こうして秘密を知った今は、むしろ今まで以上に、アカネ先輩が好きになった。
恋愛感情もさることながら、彼女は大切なブラザーであって、同時にかけがえない仲間でもある。
「ちなみにアカネだが、足立にそのメモリーを渡す時、どういう態度だった?」
「態度って?」
「いや、その、泣いてなかったか?」
葵先輩は真顔で尋ねるが、そんな事実は存在しない。
泣いたのはむしろ俺だが、それは内緒にしておこう。
「アカネ先輩は凛としていて、とても頼もしかったですよ」
「ああ、それならいい」
「どうしてそう思ったんですか?」
「アイツ、ワナビ戦で負けた後、毎回一人で泣いてたからな。まあしかし、堂々と後輩に言えるってこたぁ、心の折り合いがついたんだろうよ。いや、余計なお世話だったぜ」
葵先輩は甘酒を飲み干して、満足そうに夜空を見上げた。
仲が悪そうに見える二人だが、なんだかんだで、いいパートナー関係なんだな。
思わず微笑ましい気分になってしまう。
「俺もユリナと支え合って、そんな信頼関係を築きたいです」
「おう、その為にも勝たねえとな。でなきゃパートナーが変わっちまう」
「えっ?」
「おい待てよ、まさか知らねえのか? 出席番号で組むのは一年の一学期だけだ。二学期以降は成績で再編成されるんだぞ」
「再編成……」
「ユリナは最近勝ってるから、このままじゃ離れちまうな」
「そんな!」
せっかくいい雰囲気になったのに、ユリナと離れるなんて絶対イヤだ。
これから俺が勝ちまくって、彼女の成績に追いつけば、再編成に間に合うだろうか?
っていうか、今から期末テストまでに、ワナビ戦の実技って何回あるっけ?
うわ、ダメだ、急に混乱してきたぞ。
「葵先輩、助けてくださいっ!」
「おいおい、落ち着けって。アカネを見てわかっただろ? 得意分野さえ見つかれば、意外とあっさり勝利できる。それがワナビ戦ってモンだからな」
「けど俺、得意分野なんてありません!」
「なくねえよ、誰にだって一つはあるさ」
葵先輩はとても真面目な表情だ。
「例えば寝る前とか、風呂に入ってる最中とか、ふとした時間に足立は何を考える? エロい妄想か? いいや、人間として生きてる以上、それ以外にも必ず何かあるはずだ」
「うーん……」
「それを正直に言ってみろ。どんだけおかしな内容でも、笑ったり怒ったりしねえよ。オレはそういう無粋な男じゃねえからな」
ふとした時間につい考えてしまうこと。
確かにある。
口に出すのは恥ずかしいが、葵先輩に後押しされて、俺は震える声を絞り出した。
「……俺、人気者になりたくて、いつもそればっかり考えてます」
「具体的には?」
「まずはゴールドETが欲しいです。今はそれに加えて、ワナビ戦のエキシビ・マッチ、あれに出場するのが夢なんです。全校生徒に注目されて、あんな風に歓声を浴びたら、すごく気持ちいいと思いますし……」
その為には勝たなきゃいけないが、勝つ為には得意分野が必要である。
これでは永遠に堂々巡りで、負のループを抜け出せない。
「ワナビ戦で人気者になりたい、か。その熱意をどう利用するか……いや、待てよ?」
突然何か閃いたようで、葵先輩は指を鳴らした。
「足立、オメェは足立を召喚しろ!」
「はあ?」
「オメェ、朝から晩までずーっと、人気者の自分を想像してんだろ? その自分を呼び出すんだよ! きっとハイクオリティに違いねえぞ!」
「じっ、自分を召喚するなんて、無理に決まってるじゃないですか!」
「どうして無理なんだ?」
「だって俺、ベンガルトラの召喚に失敗して、白い目で見られたばかりなんですよ? そんなナルシストみたいな真似したら、クラスの中で孤立しちゃいますってば!」
「ベンガルトラぁ? どう失敗したんだよ?」
「いや、それは……」
便がるトラの件を伝えると、葵先輩は盛大に噴き出した。
そこまで愉快な失敗でもないと思うが、どうやら笑いのツボに大ヒットしたらしく、腹を抱えて苦しそうに笑い転げている。
「ちょっと葵先輩! ついさっき、オレは他人を笑う男じゃないって、はっきりと断言した直後ですよね? 抱腹絶倒ってどういうことですか!」
「ぶはははは! だってオメェ、便がるって……」
「ただの誤変換ですよ! そんなに面白くありませんっ!」
「いや、誤変換にしたって、普通そんな召喚が発動するか? うわ、ダメだ、マジ腹いてぇ」
「あーもういいです、葵先輩に打ち明けた俺がバカでした!」
途中までシリアスな空気だったのに、これではもう、ワナビ戦の相談なんてできやしない。
だいたい自分を召喚なんて、どう考えたって無理がある。
だってそれ、もし仮に失敗してしまった場合、自分がライオンに惨殺されるシーンを見るんだよな?
いくら俺がドMだからって、笑顔でそんな提案をするなんて、葵先輩はどうかしている。
ああ、不可能だ、何があっても絶対に。
(不可能……だよな?)
いや、何を自問してるんだ。
そんな召喚、俺は絶対にしないからな!
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