最弱のプライド(3)

 状況は混乱を極めている。

 周囲の生徒が次々と立ち向かってゆくが、ドラゴンを倒せる者は一人もおらず、それどころか激しい反撃に倒れてしまう。

 ドラゴンの無差別攻撃は、俺達の方へも飛んできた。

「ユリナ、危ないっ!」

 俺は急いでユリナの前へ飛び出して、その場に立ち尽くす彼女をかばった。

「あ、足立くん……?」

「へへっ、ギリギリ間に合ったな」

「ど、どうして、わたしなんか守るんですか!」

「当然だろう? 俺達はパートナーなんだから」

「でも、わたし……」

 そこで言葉を切るユリナ。

 彼女は自信を失っている真っ最中だ。

 詳しい理由は結局のところ不明だが、そのせいで、モンスターの召喚をためらっている。

 ここは俺がキッカケを与えて、元気になってもらわないとな。

「さあ、今のうちに! 俺が盾になって守るから、ドラゴンへ攻撃するんだ!」

「だけど、だけど……!」

「大丈夫、絶対できるさ! ユリナは俺と違って、創作の才能があるんだから!」

 だからもう一度、元気に文章を書く姿を、みんなの前で見せて欲しい。

 俺なんかのパートナーになったせいで、何度もイヤな思いをさせてしまったが、今こそ磨いてきた才能を解き放つ時だ。

「どうして足立くんって人は、毎回毎回そうやって、自分を過小評価するんですか!」

「えっ?」

 全力で励ましたつもりだが、ユリナは逆に、怒ったような態度を見せた。

「いや、過小評価じゃないって。俺は成績底辺だし、ETだって一人だけ白だし、それに今はユリナにも嫌われて……」

「足立くんを嫌いだった瞬間なんて一度もありません! たった今も、わたしなんかを全力で守ってくれたし、大好きに決まってるじゃないですか!」

「なっ……」

 なんだって?

 大好きに決まってる?

 俺はビックリして、思わず目を瞬いた。

 ドラゴンの攻撃や周囲の喧騒が、ひどく遠い出来事に感じられる。

「わたしは、足立くんが大好きです。嫌いになれるわけありません」

 ひどく恥ずかしそうに、しかし俺の目をはっきりと見て、ユリナはもう一度その言葉を口に乗せた。

「じゃ、じゃあどうして、必死に俺を避けてたんだ? それに、ワナビ戦で勝てなくなったのは……」

「それは、二学期も足立くんのパートナーでいたいから、ワナビ戦の成績を下げたくて勝たないようにしていたんです」

「…………」

「でもそんなの、卑怯な行動で心苦しいし、なにより足立くんに対して失礼です。そう思ったら、まともに顔が見られなくなって、必死に避けるしかありませんでした」

 まるで懺悔のように、真実を告げるユリナ。

 あまりに突然すぎる告白で、事情を聞いても、情報の処理が追いつかない。

 ドラゴンの攻撃が当たりそうになると、今度はユリナが俺を押しのけ、暴れ狂うドラゴンをしっかり見据えた。

「わたしは自分の気持ちから、もう二度と逃げたりしません。だから足立くんも、自分自身を過小評価せず、恐れずに立ち向かってください」

「ユリナ……」

「たとえ誰かが笑っても、この先どれだけ落選しても、わたしが足立くんを応援します。わたしが足立くんの書いた文章を読みます。だから、最初の一行を入力しましょう?」

 たった今から、二人で一緒に。

 最後にそう付け加えて、ユリナは軽く微笑んだ。

 しばらく見せてくれなかった、あの眩しい笑顔がそこにある。

「それじゃ、告白の返事は……?」

 未練がましく尋ねると、ユリナはそっと背伸びして、俺の横顔にキスをする。

 頬に柔らかい唇が当たり、花のような甘い香りが、その場にふわりと漂った。

 俺の腕には柔らかい物体が触れており、それはおそらく制服越しのユリナの胸だと思われるが、ドキドキしすぎて直視するのが難しい。

「まったく、アツイねぇ。完全に二人っきりの世界じゃねえか」

「!」

 葵先輩の冷やかしを受け、俺達二人はパッと離れた。

 そうだった。

 今はドラゴンが暴走している最中であって、二人の世界を楽しんでいる場合じゃないな。

「まったく、こんな時に何やってんのよ!」

 アカネ先輩がこちらを睨んで、俺達の真横を駆け抜けて行く。

「いいこと? あたしはまだ、負けたわけじゃないからねっ!」

 走りながら自分のETを取り出すと、アカネ先輩は、素早くワナビモードを起動させた。

 負けたわけじゃない?

 それはワナビ戦の話か、それとも、いいや……まさかな。


・挑戦者 赤根優子

『コンバットマグナム/S&W・M19』


 ドラゴンへ銃が撃ち込まれ、その巨体から、勢いよく血しぶきが上がる。

「グエェ……ッ」

 相手は一瞬苦しそうに呻いたが、さらに怒り狂う結果となって、口から激しい火炎を噴き出した。

 まずい、これでは犠牲者が出てしまう。

 思わずそう思ったが、葵先輩が進み出て、素早くETを操作する。

「……ったく、アカネは猪突猛進だなァ」

 葵先輩が操作を終えると、逃げ惑う観客の前に、巨大な盾が出現していた。

 さすがはゴールドETの所有者、攻撃だけでなく防御力も抜群だ。

「おら、足立よ。オレが観客どもを守っとくから、さっさとドラゴンを倒してこい」

「でも、それじゃ葵先輩は……!」

「いいってことよ。これも先輩の務めってな。こんだけ巨大な盾を維持できる奴は、この場にオレ以外いねーだろうし?」

 葵先輩はドヤ顔で断言するが、おそらく内心は複雑だと思う。

 池田リカルドと因縁のライバルで、エキシビション・マッチで判定負けした葵先輩は、あのドラゴンを今すぐ討ち取りに行きたいはずだ。

 その本心を笑顔で隠して、後輩の俺に花を持たせようとする姿勢には、なんというか漢を感じる。

 ああ、そうだ。

 期待を託された俺が、葵先輩の無念を晴らす瞬間は、今をおいて他にない。

「わかりました、この場の防御はお任せします!」

 俺はドラゴンの前へ走り出て、透明カバーで保護された、自分の真っ白なETを構えた。

 こんな召喚はあり得ない。

 ずっとそう思っていたが、今は自分を信じて、挑戦するしかない状況だ。

(大丈夫、絶対に成功する)

 確かに俺はヘタレ野郎だ。

 これまでずっと負けてきたし、文章力も想像力も、周囲には遠く及ばないだろう。

 しかしながら、ワナビ戦で勝利したいという気持ちは、クラスの誰にも負けていない自信がある。

 その想いを一行に詰め込んで、自分のパワーを解き放つのだ。

「さあ、行くぜっ!」

 大声で叫ぶと同時に、俺は文章を入力した。


・挑戦者 足立勇気

『ドラゴンを倒す無敵のヒーロー! その名は勇者、足立勇気ッ!』


 祈るような気持ちで、俺は白煙を見守った。

 ワナビ戦では確かに敗北を続けているが、この四か月間、少しも頑張ってこなかったわけではない。

 泣いたり笑ったり落ち込んだり、仲間と一緒にたくさんの経験を積んだ今は、四月と違う召喚ができるはずだ。

 などと考えているうちに煙が薄れて、その奥にシルエットが浮かび上がる。

「なに……?」

「あれは……足立か……?」

 出現したモンスター(?)を見ると、クラスメート達が一斉にどよめいた。

 そこには堂々と、俺が立っている。

 ……立っているのだが、RPGの勇者のような格好をしていて、そして実際の俺よりも身長が高い点が少し気になる。

 表情もキリッとしており、本物の俺よりも二枚目だ。

「アイツ、異様な召喚をしたな……!」

「いや、このまま攻撃のターンへ行けるぞ! 頑張れ!」

 クラスメートの言葉通り、俺のモンスターは0ターン消滅を免れ、そのまま攻撃のターンへ進むことに成功した。

『勇者足立、ドラゴンへ剣で攻撃!』

 無我夢中で文章を打ち込むと、書いた通りの攻撃が発動した。

 キラリと光る勇者の長剣が、ドラゴンの脚へ突き刺さる。

 しかしそこは人間とドラゴン、そもそも個体の大きさが違いすぎて、与えられたダメージは微々たるものだ。

『勇者足立は祈りを込めて、激しい炎の呪文を唱えた!』

 それも結果的には無駄だった。

 攻撃そのものは発動したが、硬いドラゴンのウロコによって、炎はあえなく跳ね返される。

 次に氷の呪文を唱えてみたが、やはり同様に効果がなかった。

 捨て身の体当たり攻撃も「のれんに腕押し」状態だ。

「足立にしては善戦しているが……」

「ああ、今は相手が悪すぎるな……」

 悔しいが、確かにクラスメートの言う通りだ。

 これがいつもの実技なら、間違いなく勝っている状況だろうが、今は対戦相手が強すぎる。

「ダメだわ、ウロコが厄介ね……」

「アカネ先輩!」

「十ターン使い切ったけど、あたしのコンバットマグナムさえ、まったく通用しないもの。ウロコ以外の、柔らかい部分を狙うのが賢明だわ」

「柔らかい部分……」

 そう言われて見上げると、首の部分にはウロコがないから、通常攻撃が通用しそうだ。

 しかし、一体どうやって?

 あの高さまで届くジャンプ力はないし、人間として勇者足立を召喚した以上、いきなり巨大化する展開も無理がある。

「ちくしょう、どうすれば……!」

 入口の炎もかなり勢いを増してきたし、このままでは本当に、この場所にいる全員がやられてしまう。

 アカネ先輩はターンを使い切っているし、背後にいる葵先輩も、盾の維持だけで精一杯だと見受けられる。

 そこに現れたのはユリナだった。

「わたしが足立くんを援護します」

「ユリナ!」

「わたしが十ターン使って階段を出すので、足立くんはそこを駆け上がり、迷わずドラゴンの首へ攻撃してください」

「で、でも平気か? 階段を召喚するなんて……」

 階段を見る機会は確かに多いが、大工でも不動産屋でもない普通の高校生に、簡単に召喚できるとは思えない。

 仮に登っている時に消滅したら、勇者足立は落下して致命傷を負い、そのまま敗北してしまうだろう。

「わたしが信じられないんですか?」

 ユリナは頬を膨らませ、不満そうな顔を見せる。

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「まあまあ、いいから任せてください。自信なら、足立くんが与えてくれましたから」

「そ、そうか? それなら信じるよ」

 確かにユリナは大切なパートナーで、一時的にすれ違ってしまったが、今はめでたく両想いになった関係だ。

 そうだ、その俺という人間が、ユリナを信じないで一体どうする?

 俺達は大きく頷き合って、二人同時に入力を始めた。

『全力で階段を駆け上がる、勇者足立!』

 ほぼ同時に、ユリナの入力も発動した。

『オオカミ』

 えっ、オオカミ?

 目を見開いている間にも、次々と召喚が続いていく。

『シカ』『カバ』『クマ』『ダチョウ』『ゴリラ』

 ユリナが呼び出してくれた動物の背を、勇者足立は全力ダッシュで駆け上がる。

 動物達の外見はデフォルメされているが、どれも丁寧で好感が持てるキャラクターで、ユリナの優しい人柄が存分に伝わってくる内容だった。

(ああ、思えば確かにそうだったな……)

 動物園で絵本作家の夢を知った時、ユリナを励まして執筆の自信を与えたのは、確かに他でもない俺だったもんな。

 つまりこのコラボレーションは、俺達が互いに自信を与え合った結果、この世に生み出された共同創作物なのだ。

『ラクダ』『ゾウ』『マンモス』『キリン』

 次第に動物が大型化し、最後のキリンの入力が完了すると、ユリナは大声で叫んだ。

「足立くん、今ですっ!」

「よーし、任せろ!」

 この高さならドラゴンの首を確実に狙える。

『勇者足立、ドラゴンの首へ剣で攻撃、会心の一撃がクリーンヒット!』

 入力内容はそのまま発動。

 勇者足立はキリンの首を駆け上がり、その最先端でジャンプをすると、暴れ狂っているドラゴンへ剣で攻撃。

 その首から真っ赤な血が噴出し、致命傷を与えることに成功した。

「グエェ……ギェーッ!」

 恐ろしい奇声を発しながら、苦しげに転げ回るドラゴン。

 やがてその姿はサラサラの砂へと変わって、入口の炎も同時に鎮火し、混乱状態だった体育館は静寂を取り戻した。

「勝った……のか……?」

 周囲の様子を見回すと、ドラゴンから解放されたリカルドが苦しそうに咳き込んでいるが、幸いケガはないようだ。

 まさか俺が、あのドラゴンに勝ったのか?

 っていうか、期末テストは一体どうなる?

 呆然とする観客達の前へ、葵先輩がスッと進み出て、芝居がかった口調で叫ぶ。

「いやはや、コイツは驚いた! 足立勇気は最弱野郎だと思っていたが、ありゃあ、オレ達を油断させる演技だったんだな! まさか今までの醜態の数々が、期末テストでリカルドを倒す作戦のうちだったなんて、こりゃあ見上げた策士だぜ!」

 え、いや、最弱なのは本当ですけど?

 しかし周囲の連中は、葵先輩のハッタリを完全に信じ込んで、感謝と尊敬の視線で俺の姿を見つめている。

「足立、なんて恐ろしい男だ!」

「足立のおかげで俺達は救われたんだ!」

「足立はこのクラスの、いいや、この文想学園の英雄だ!」

 こうして俺は、期末テストで学年首位のリカルドを破り、またたく間に文想学園のヒーローへ駆け上がった。

 豪田先生の姿をふと見ると、感動のあまり号泣している。

 それからいくら時間が過ぎても、俺を褒め称える歓声は、ずっとずっと鳴りやまなかった。

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