最弱のプライド(2)
期末テスト当日。
他教科の試験はすべて終わったが、「心ここにあらず」状態の俺は、答案に何を書いたか覚えていない。
別に赤点だって構わないさ。
いざとなったら、文想学園の姉妹校とやらへ、転学させてもらえばいいんだから。
ひどく投げやりな気持ちで、最終科目・ワナビ戦のテスト会場である、いつもの体育館へと向かう。
重い足取りのまま到着すると、その場にはアカネ先輩、それから葵先輩が待っていた。
「よう、足立」
「足立くん、いよいよね」
「アカネ先輩、それに葵先輩も!」
こうして面と向かって話すのは、なんだか久し振りな感じがする。
ドアドン事件やチョーク事件等、短期間で色々あったせいだろう。
「二人とも、見に来てくれたんですね!」
「もちろんよ」
「オレ達の学年のテストは、午前中に終わったからな」
ああ、だから観客の中に、二年生の姿が多いわけか。
ウチのクラスはリカルドがいるせいで、普段の放課後実技も見学客がいたりするが、今日はまた観客の人数が尋常ではない。
遅く来たせいで体育館へ入れずに、外から見ている生徒もいるほどだ。
(俺、この雰囲気の中で負けるのか……?)
まあしかし、俺にとっては憂鬱なだけだが、ギャラリーが周囲を取り囲むこの状況は、目立ちたがり屋のナルシストにはたまらないだろう。
「ふふふ、わたくしの名を呼びましたか?」
俺の心の呟きを察知して(?)、颯爽と現れたのは、もはや説明不要な池田リカルド。
普段からワナビ戦では生き生きしているが、期末テストの今日はまた、水を得た魚のように一段と張り切っている。
何を召喚するつもりか知らないが、よっぽど深い自信があるのだろう。
「おい、大本命の登場だぜ……!」
リカルドを見た観客が、途端にざわつき始める。
「見ろよ、シャンパンゴールドのETだ……!」
「ああ、今日も期待できるな……!」
「きゃー、リカルド様ーっ!」
中には写真入りの団扇を振って応援する、中等部の女子生徒の集団も見受けられる。
かわいそうに、中身が激しい変人だと知らずに、ルックスだけ見てリカルドに憧れているのだろう。
「しかし中等部時代から色々召喚してるから、アイツもそろそろネタ切れじゃないのか?」
「そうだよな。かなり自信がありそうな様子だが、今日は一体何を呼び出すつもりだ……?」
確かにそれは気になってしまう。
リカルドの最大の生き甲斐は、恐竜コレクションを増やすことだが、アイツは『ギガノトサウルス』『ティラノサウルス』等、強くて有名な恐竜をもう使い切っているはずなのだ。
「足立くん、どうしたの?」
思わず考え込んでいると、アカネ先輩が尋ねてきた。
「何か考え事でも?」
「いえ、リカルドの召喚ですけど、一体何を呼び出すのかな……と思って」
素直な疑問を口にする。
「もちろんあのリカルドですから、恐竜の種類なら、まだまだ知っていると思います。でも観客が名前を知らないようなマイナーな恐竜で、一学期のラストを飾ったりはしないような気がして……」
「それもそうね。確かにリカルドくんは、ワナビ戦への情熱が半端じゃないから、今日は絶対に派手なモンスターを召喚すると思うけど……」
そんなこちらの会話が聞こえているのかいないのか、リカルド本人は目を閉じてただ静かに微笑んでいる。
本当に毎回毎回思うんだが、一体どんな家に住んで何を食べたら、たった十五年間でこんな人格が形成される?
そう考えているうちに全員が集まって、いつも通り豪田先生の説明が始まった。
「ついに今日は、ワナビ戦の期末テストだ」
ゆっくりとクラス全員を見回す豪田先生。
「まず私がライオンを召喚するから、全力で立ち向かってきて欲しい。見事ライオンを倒した生徒は、そのまま攻撃のターゲットになって、他の生徒の相手をするように。その方式でバトルを続け、最後に残った生徒が一位だ。わかったかな?」
「はーい」
「それぞれ緊張もあるだろうが、どうかリラックスして、日頃の成果を発揮してくれよ」
などと先生に前置きされようが、今この場所で、リラックスしている生徒は皆無。
テストは高校生の一番の関心事だし、これだけ観客が多ければ、活躍したいという欲だって出てくる。
たとえ池田リカルドでなくとも、気持ちが高ぶる方が当然なのだ。
「コホン。それでは出席番号……いや、今日は出席番号は関係なしに、希望者から順に立ち向かってきて欲しい。ああ、そうしよう。希望者はいるかな?」
その言葉を聞いた俺は、心の中で感謝を述べた。
(豪田先生、ありがとう)
以前はつらく感じた先生の気遣いが、今日は心の底から純粋にありがたい。
俺は無言のまま、後ろへ下がった。
実技が中盤くらいまで進み、観客が見学に飽きてきた頃に、目立たないようにそっと試合へ参加しよう。
「ふふふ、仕方がありませんね。他に希望者がいないなら、わたくしが参りましょう」
長いマフラーをなびかせながら、観客の前へと進み出るリカルド。
それにしたって、「仕方がありませんね」どころか、トップを飾りたくてしょうがないという表情だ。
「いきなり本命の登場か……!」
「シッ、静かに、入力が始まるぞ!」
「これは一瞬たりとも見逃せないな……!」
リカルドが前へ進み出てETを構えると、その場は水を打ったように静まり返った。
「準備はいいな、池田?」
「もちろんです」
「それではこれより、ワナビ戦の期末テストを始める! 入力開始だ!」
「ふふふ、望むところです!」
リカルドがキーボードに指を走らせると、その場に竜巻のような突風が巻き起こる。
パリーンと響く鋭い音。
竜巻による激しい風圧のせいで、体育館の窓ガラスが割れたのだ。
「くっ……」
「入力内容はなんだっ……?」
同級生や背後にいる観客が、思わず身を守る姿勢を取る中、リカルドのETに入力内容が浮かび上がった。
・挑戦者 池田リカルド
『世界一強いドラゴン!』
「なっ」
思わずそこにある光景を疑ったが、どうやら錯覚や見間違いではない。
恐る恐る目を開けると煙はすでに消えており、ティラノサウルスにも引けを取らない巨大なドラゴンが、遥か天井の高さからこちらを見下ろしている。
「なんだと……!」
「恐竜一筋の池田リカルドが……!」
「ああ、空想上の生き物に手を出すなんて……!」
一斉に頭上のドラゴンを見上げる観客達。
その皮膚は硬いウロコで覆われて、入力した文章は完全に一緒ながら、俺の二次元ドラゴンとは格が違うのが一目でわかる。
「ふふふ、いかがでしょうか? わたくしのドラゴンは」
冷静に言葉を発するリカルド。
「恐竜もそろそろネタが尽きたので、今回は架空の生物に挑戦しましたが、なかなか悪くない出来映えでしょう? わたくしの膨大な恐竜の知識に、ファンタジー要素をプラスしたこのドラゴンは、文字通り最強のモンスターです」
でもそれ、文章は俺のパクリだぞ。
なんて苦情を出す暇もなく、ドラゴンが噴き出した激しい炎によって、ライオンは気の毒なほどあっさりと勝負に敗れた。
いや、これだけ力量差が大きいと、もはや勝負にすらなっていない。
「さあ、挑戦者はいませんか?」
そう言ってリカルドが振り返った瞬間、ドラゴンの巨大な前脚が、リカルドの身体を乱暴に鷲づかみした。
「!」
どうやら強すぎて暴走を始めたらしい。
ドラゴンに空中で振り回されたリカルドが、その右手から、シャンパンゴールドのETを取り落とす。
ETはそのままかなりの距離を落下して、激しい音と共に体育館の床へと激突した。
「まずいわ!」
アカネ先輩が素早く駆け寄って、リカルドのETを拾い上げる。
それから豪田先生がその後ろへ続き、俺も少し遅れてその場へ駆け寄った。
「赤根、早く文字を消すんだ!」
「ダメです、豪田先生! 落下の衝撃でETが壊れています!」
アカネ先輩のその言葉通り、どこをどう操作しても、ETは少しも反応を返さない。
液晶モニターには亀裂が走って、カーソルの点滅も停止している。
「タスクマネージャーを出せ! 【Ctrl】【Alt】【Delete】だ!」
「無理です、それも反応しません!」
「強制終了は? 電源長押し!」
「強制終了もできません! どうしよう、完全にフリーズしてる……!」
その時、クラスメートの悲鳴が起こった。
「うわっ!」
「きゃーっ!」
何事かと背後を振り向くと、体育館の入口が燃えている。
どうやらドラゴンが吐いた炎が、壁に燃え移ってしまったらしい。
「出口を塞がれたわね! 早くドラゴンを消去しないと!」
「でもアカネ先輩、リカルドのETは完全にフリーズしてますよ! 電源も切れないし、こうして出口を塞がれた今は、分解しようにも道具を取りに行けないし……」
「大丈夫、方法はあるわ!」
リカルドのETを手放すと、アカネ先輩は立ち上がった。
「モンスターを消す方法は二通りある。入力文字を消すか、ワナビ戦で他のモンスターに敗れるか、そのどちらかよ!」
「じゃあつまり、誰かがあのドラゴンを倒せば……」
「ええ、この状況を救える!」
大きく頷くアカネ先輩。
そのやり取りを聞いていた葵先輩が、天下布武の扇子を取り出して、その場の全員へ向けて大声で叫んだ。
「野郎ども、ドラゴンへ総攻撃だ! 勝ったヤツは文句なしに英雄だぜ!」
さすがは葵先輩だ。
それまで右往左往していたクラスメート、それに逃げ惑っていた観客までもが、一斉にETを使ってモンスターを召喚する。
部外者の乱入で期末試験は滅茶苦茶だが、今はそんなの気にしている場合じゃない。
とにかくドラゴンを倒さないと、この場にいる全員が危ないのだ。
「……あ」
そんな中、じっと立ち尽くしたまま、召喚をしない生徒が一人だけいた。
厚木ユリナだ。
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