第17話

 義母にあたる皇太后が猫鬼を放ったのではないか。凌雲はそう考えているようだったが、犯人探しをするつもりではないようだった。


(私はどうするのがいいのかしら……)


 術士としての紅月の実力を考えれば、凌雲の言うようにこれ以上首を突っ込まない方がいいのだろう。だが……


「側にいてくれるか」


 そう囁いた凌雲の声が蘇る。だが、ただ側に居るだけでいいのか。紅月は悩ましかった。


「……占ってみるか」


 紅月は椅子から立ち上がり、筮竹を取りだした。


「私がどう行動すべきか……教えてください」


 久しぶりに聞く、じゃらじゃらという音が耳に心地良い。紅月は自然と心が落ち着いていくのを感じた。


「利己心を排して、他人のために行動せよ……か」


 紅月の顔には笑みが浮かんでいた。心配してくれる凌雲には悪いが、自分は蠱師の正体を探す。


「まずは皇太后陛下に……会ってみないとね」


 その機会は、あれこれ画策することなく訪れた。皇太后からの使者が、面会を求めてきたのだ。


 紅月はその話を受けることにした。




「玄牙!」


 人払いをした部屋で、紅月は玄牙を呼んだ。たちまち黒い竜巻が部屋に現れ、褐色の男がその場に立っている。


「なんだ」


「蠱師に呪殺を指示したかもしれない人間と会うの。玄牙、もし彼女がそうなら見て分かるかしら」


「……どうだろう。俺と繋がっている蠱師の気配なら分かるかもしれないが」


「そう……」


 玄牙の目にはどのように映るのだろう。


「その繋がりを辿ったら蠱師がどこにいるか分かるかしら」


 紅月がそう言うと、玄牙はふんと鼻をならし紅月の前に顔を突き出した。


「そんなまだるこしいことをすることはない。そいつを殺してしまえばいい」


 金の目は爛々として、紅月の顔を映している。


「そんな……」


「指示する人間がいなければ、蠱師も命令を完遂する必要はないだろう?」


「それはそうでしょうけど……乱暴よ」


 紅月がそう言った途端、玄牙はけたたましい笑い声を上げた。


「誰が情けをかけるものか。人殺しの為に同胞と食わせ合わせて、この身を呪われた物にしたようなやつに!」


「そうだけど……それだと蠱師は野放しってことになるわね」


「ぐっ……」


 紅月がそれを指摘すると、玄牙は黙り込んだ。


「本当に陛下を呪殺するよう命じたのか、ちゃんと見極めて、指示した者も手を下した者も報いを受けてもらう。その為には慎重に動かなくては」


「……俺はそれでもいいが。お前に何の得がある」


 そうね、と紅月はうっすら笑った。


「ちゃんと話してなかったわね。私の夫はね、この国の皇帝なの。その皇帝を守るのは、妻の私の役目よ」


「皇帝……」


「沢山いる奥さんのひとりだけどね。私のいるこの後宮はそういう者たちの住まう場所なのよ」


 ふむ、と玄牙は顎に手を添えて頷いた。


「分かったぞ。お前は他の女たちを出し抜きたいのだな」


「そういう訳じゃ……」


 紅月の否定の言葉に被せるように、玄牙は「いいや」と言いながら紅月の肩を掴んだ。


「お前の中にはあるはずだ。夫に他の女に触れさせたくない。そんな気持ちがな……」


 ギラギラとした玄牙の瞳が、紅月の内心を探るように捕らえてくる。


(本当にないと言ったら……嘘になる、けど)


「人を傷つけるのは嫌」


 紅月ははっきりとそう口にした。


「そうすれば、呪いに手を出した者と同じところに落ちてしまう」


 玄牙は無表情に紅月の顔を見つめていた。


「俺にそれを言うのか? 俺は呪いの道具だぞ」


「……ごめん」


 紅月は手を伸ばし、玄牙の頬を包み込んだ。


「玄牙には自由になって欲しい。蠱毒で失われた命は戻らなくても、あやかしとしての生があるでしょう。蠱師を探して呪縛を解きましょう。私と一緒に」


「紅月……あんた度の過ぎたお人好しだな」


 呆れた声を出した玄牙の頬を紅月は軽くはたいた。


「何言ってんの。私が名付け親よ。身内のようなものでしょう」


「……そうなのだろうか」


 そうなのよ、と言って紅月は笑みを浮かべた。


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