第23話
その夜、眠りにつく前に、紅月は凌雲に昼間のことを伝えた。
「昼餐会か……」
「そうです。気は進まないのですが」
「紅月はそうだろうな。だが、高位の妃から声をかけなければ格好がつくまい」
紅月だって社交が大事なことは分かっている。だが、並び立つ後宮の美女たちを前に、自分こそが皇帝に愛された女だ。……みたいな顔は出来そうになかった。
「私……皇后様を差し置いて……良いのでしょうか」
「今更という気もするが。そういえば皇后は茶会のひとつ開いたと言う話は聞かないな。彼女の考えていることは……私もよくわからんよ」
紅月はあの誕生日の宴の日の皇后の姿を思い出していた。若く、頼りなく、ただただ来ない皇帝の席の横で置物のようになっていた。
「不安ならうちの王安を助けに出そう」
「ありがとうございます」
「それから……皇太后にも話は通しておけ」
「は……はい」
てっきり皇太后の目につかないようになどと言われるかと思っていた紅月は、少し意外に思った。
「何してる? 寝るぞ」
凌雲の心が少し変わったように思ったが、彼はもうこれ以上何か言う気はなさそうだった。紅月はそれ以上の詮索は諦めて、猫に変身して寝台へと潜り込んだ。
***
翌日、借りてきた猫のようにおとなしい燕禹と一緒に王安がやってきた。
「紅月様が宴を催すだなんて、おめでたいことでございます」
燕禹は口ではそう言いながら、顔はげんなりしている。紅月の出世を散々煽っておきながら、仕事が増えるのは嫌な様子だ。
「こういう面倒なことも増えてくるのはしかたないことよ」
「あ……はい、さようで」
燕禹は手をすりあわせながら、ちらちらと王安を見ている。
「王安、来てくれてありがとう」
「皇帝のご指示とあらば」
王安の細い目からは彼がどういう気持ちなのか察せない。つつけば表情が変わる燕禹とは違って、彼が何か不満を持っているかどうかは分からなかった。ただ、宴の作法など分からない紅月は彼に頼るしかない。
「日取りは今吉日を占わせています。そしてお招きする方ですが……」
王安は名を書き連ねた紙を取りだした。
「この方たちは高位の妃であり、ご出身もやんごとない方々です。こちらに貴妃様のご友人を加えました」
「皇后陛下も……お呼びするの?」
「それは……まず皇后陛下の催しがあってからお呼びするのが筋と思いますが、おそらくそれはないので……形だけでもご招待はしませんと」
「そうね……」
きっとそれも断るのだろうな、と紅月は重いながら書き付けを眺めた。
「お食事はなにか希望はありますか? お好きなものとか」
「いえ、特に……」
「ではこちらにお任せいただくとして……何か一品、恵照の名産でもいれましょう。お話のきっかけになります」
当日の料理の手配、衣裳の手配、そして給仕などもすべて王安が仕切ってくれるという。
「てきぱきしているのね」
「陛下のお側仕えをする身ですから、これくらいは」
王安は何でも無いように言う。紅月はちらりとさっきから置物のようになっている燕禹を見た。働きもせずにおいしいところを啜りたい彼は、正直言って怠け者である。
「あ、それから、白瑛を人員に加えようと思います」
王安の口から急に白瑛の名が出たことに紅月は驚いた。
「ええ、かまわないけれど」
「彼はあの見目ですし、場に華を添えるでしょう。元々高位の妃のお世話をしていましたから目端が利くし、夏貴妃とも面識がある」
そうでしょうね。と紅月は頷いた。後宮書庫での働きは本当に親切で丁寧だった。
「真面目でしっかりした人物だとは知っています」
「彼に関する悪い噂は知っている人は知っていると思いますが……もう何年も経ちますし、そろそろ本来の職務に戻してやりたいのです。できることならその後もこの宮殿付の宦官にしてやりたいのですが」
「そんなの大歓迎よ」
紅月が快く承諾する横で、燕禹は苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
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