第24話
王安の用意した招待状は、各妃の元に送られた。その一通はもちろん、皇后の元へ、女官の手によって皇后へと届けられた。
「陛下、あの夏貴妃から昼餐会への招待が参っております」
そう言う女官の声色には、すでに怒りが滲んでいる。
窓際に座り、刺繍をしていた皇后、謝明珠は顔を上げた。
「欠席の連絡を」
「もちろんでございます。皇后様を差し置いてこのような……あの女は驕っているのでしょう!」
彼女からすれば、皇帝からは粗末にされ、あげくぽっと出の妃に寵愛を奪われたとなれば、この主人はいかほどに心を痛めているかという気持ちから出た言葉だった。
「いいのよ。別に」
だが、肝心の皇后は気にも止めていない様子だった。もう用は済んだとばかりに再び刺繍を続けている。皇后がひたすら針を刺しているのは男物の帯だった。きっと皇帝陛下に差し上げるつもりなのだろう。女官はそう思い、胸がきゅっと痛んだ。
***
「皇后からは欠席の連絡が来たか」
「やはり断られてしまいましたね」
その夜、紅月は昼餐会の用意の進み具合を凌雲に報告していた。
「初めから分かっていただろう。そこまで落ち込まなくても」
「実は少し、お話をしてみたかったんです」
話して見れば、彼女の孤独や苦悩を分かってやれるかもしれない。自分の女としての気持ちは複雑な部分はあるが、凌雲との関係だって改善できるかもしれない。そう思うの傲慢だろうか。
「やはり、彼女が嫡妻なのですから」
なのに皇帝からも皇太后からも居ない者のように扱われている。
「凌雲様、やはりないがしろになさっては……」
「分かっている。いずれ考えるが、前にも言った通り、私は政を優先させたい。それにな……皇后はまだほんの子供なのだよ。まだ時間が必要だ」
そう言われると、紅月はそれ以上言うことは出来なくなった。
「ああ、そうだ。ひとつ言い忘れていた。そなたの父を鴻臚寺の役人に命じておいた。着任はまだ先だが」
「ええ⁉ なぜそんなことを……」
「外国語に堪能な者を探していた」
「それだけではないでしょう」
凌雲は縁者を取り立てるようなことは嫌っていたのではなかったか。紅月は混乱した。
「何かあった時にそなたを守れるようにだ。頼れる者が近くにいた方がいいだろう。言っておくが私は納得しているよ。そなたの父のことも調べ、ふさわしいと思ったから任じた。だから素直に受け取れ」
「あ、ありがとうございます……」
紅月はおずおずと頭を下げた。
(でも本当に私の望むことは……本当の妻としてくれることはないのですね)
凌雲の心配りに感謝をしながらも、紅月は空しい思いに捕らわれた。
次の日には白瑛がさっそくやってきた。
「この度はお呼びいただきありがとうございます」
「よく来てくれたわね。この宮殿のことはこの後、雪香が案内するわ」
「あの……本当にいいのでしょうか。私はご迷惑になるのでは……」
紅月は立ち上がり、まだ恐縮している白瑛の側で優しく語りかけた。
「いいのよ。昼餐会の後もこの宮殿で働いてちょうだい。私もあなたが側にいると心強いわ」
「は……」
白瑛は拱手してさらに頭を下げた。その時、ちらりと袖口から何かが見えた。
「それ……どうしたの」
「いえ、なんでもございません」
「良いから見せなさい」
紅月は袖を引いて隠そうとする手を掴んで、腕を露わにした。そこには大きな痣と、何かを突き刺したような跡がある。白瑛の抜けるような色白の肌にそれは痛々しく、紅月は顔をしかめた。
紅月はその痣を見つめ、心配そうに眉をひそめた。
「これは一体どうしたの?誰かにやられたの?」
白瑛は視線を逸らし、困惑した表情を浮かべた。
「いえ、本当に大したことではありません。どうかご心配なさらないでください。」
しかし、紅月はその言葉に納得せず、さらに問い詰めた。
「白瑛、私に隠し事をしないで。あなたが何か困っているなら、私に話してほしいの。」
白瑛はしばらく沈黙した後、深いため息をついて口を開いた。
「重い書簡を運んでいたら落としてしまい……怪我をしてしまいました」
「そんなことでこんな怪我をする? 誰かにやられたのでは」
「違います」
いやにきっぱりと否定する白瑛を、紅月は疑わしげに見た。
「……まあいいわ、うちの宮殿ではそういうことはさせませんからね。何かあったら言うのよ」
「……はい」
白瑛はそう答えて、雪香と共に去っていった。
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