第25話
――昼餐会の日がやってきた。紅月の心持ちのは真逆の高く青い空が広がっている。
紅月の宮殿は王安の手によって美しく飾り付けられ、華麗な染め付けの花瓶には花がこぼれんばかりに生けられている。
妃たちが続々と宮殿に到着し、一人一人紅月に挨拶をした。紅月は内心はどうあれ優雅な微笑みで彼女たちを迎え入れた。
「夏貴妃、お招きいただきありがとうございます」
「どうぞ、くつろいでいってください」
和やかな言葉の合間に見える、値踏みの視線、妬みの感情。紅月はそれらに目を逸らして女主人として振る舞った。
「皆様、お越し下さってありがとうございます。私は新参の妃。至らない点もございましょうが、大目に見てくださいませ。本日は皆様との親交を温められればと思います」
王安の用意してくれた挨拶を口にしている自分は人形のようだ、と紅月は思った。
「それでは乾杯を」
上等の白磁の杯に注がれるのは恵照の銘酒。
「夏貴妃様のご健康を祈って」
「ありがとうございます」
なれない愛想笑いに、紅月の顔はもう痛いくらいに引き攣っていた。
「そういえば、皇帝陛下とのなれそめをお聞きしたいわ」
潘淑妃が笑顔を浮かべて聞いてくる。
「えっと……」
「わたくしは天穹殿の前の池に落ちたのがきっかけと伺いましたわ」
取り巻きの高美人は薄笑いを浮かべながら、そう言い、隣の妃に目配せをする。
潘淑妃の父は宰相。紅月が現れるまでは序列はもっとも高かったはず。それだけに質問に見せかけて辛辣な攻撃をしてくる。
「まあ、私も池に落ちようかしら」
「それなら暖かくなってからの方がよろしくてよ」
高美人がそんな風におどけてみせると、ほほほ、と笑い声が起こる。この場の誰もが身分不相応であると紅月のことを思っている。
「陛下はお優しいのですね。池に落ちた妃のことを気にかけるなど」
「ええ、とても優しいですわ」
それだけは自信を持って言える。凌雲は優しい。だからこそ、紅月は彼の恥となってはならない。
なんとも言えぬ険悪な空気が漂う。
「夏貴妃のご実家は何をなさっているの?」
潘淑妃はまた例の意地の悪い笑みを浮かべる。
「鴻臚寺に努めております」
「あらそう……」
張り合う程の地位ではないが、こき下ろすほどでもない。潘淑妃はつまらなそうに返事した。凌雲にはそんなことしなくてよいと言ったが、紅月は感謝をするしかなかった。
「前菜をお持ちしました」
そこに料理を持って現れたのは白瑛だった。その美貌に皆ざわめく。
「夏貴妃様のご出身の恵照の料理です。ぜひ皆様に召し上がっていただきたいとのことです」
「あら……まあ」
場の空気は一変した。後宮書庫に引きこもっていた白瑛の顔を知る者はいない。また先帝の頃の後宮の様子をそこまで詳しく知る者も少ない。いや、知っていたとしても目を奪われてしまっていただろう。
この日、白瑛は王安にうっすらと白粉と紅で化粧をさせられていた。それでより一層、白瑛の怪しい美しさが引き立っていた。
(白瑛、ごめんね。こんな役割をさせて)
「ほほほ……それで、紅月様は何がお得意でらっしゃるの? 刺繍? 琴?」
白瑛に向いてしまう視線を断ち切るようにして、潘淑妃は問いかけてくる。
「私は……占いが得意です。それから護符やお祓いなどのまじないも」
「あら、占い⁉」
潘淑妃の声色が変わった。
「ええ、まあ。趣味程度ですが」
本当はそれで一時期暮らしておりました、なんて言ったら大変な騒ぎになるだろうな、と紅月は思った。
「わたくし……占ってもらいたいですわ」
「あら、私も!」
廓も後宮も変わらず、女たちは占いが好きなようだ。
「ええ、いいですよ。お食事が終わったら占いをいたしましょう」
剣呑な空気がだいぶ弱まったようだ。
(そろそろいいかしら)
紅月は口元を隠し、玄牙の名を呼んだ。
『……空気が悪い。女の匂いで反吐が出そうだ』
現れた玄牙は機嫌が悪そうだった。
『嫉妬、虚栄心、恨みに怒り……気持ちが悪い。こいつらを見ればいいんだな』
『ええそうよ』
玄牙は室内を歩き回り、妃たちの顔を覗き込む。
その間にも昼餐会は続き、
「お熱いのでお気を付けください」
「は、はい……」
白瑛が給仕をしているので、そちらに目がいっているのはありがたい。
(美味しそうな湯ね)
透き通る黄金に輝く汁に、フカヒレが沈んでいる。紅月はれんげを手にして一口、それを口にしようとした。
『やめろ! それを食うな!』
すると突然、玄牙が叫び、紅月の手かられんげを弾き飛ばした。
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