第26話

「え? え?」


 紅月は動揺して玄牙を見た。


『――蠱毒だ』


 驚きで紅月は目を見開く、と、次の瞬間、隣の潘淑妃が崩れ落ちた。


「う……う……」


 そして湯を口にした妃たちが蹲っていく。そうでない妃たちも、なにが起こったのかと動揺し、悲鳴をあげた。


「毒よ、毒が混ざっている!」


『紅月、解蠱をしろ。とりあえずあるものでいい』


 蒜ならば厨房にあるはずだ。


「誰か! 医者を! それから厨房から生の蒜をあるだけ持って来て!」


 紅月はそれらを妃たちの口に放り込み、無理矢理飲み下させた。


 敷物の上に彼女たちを並べ、しっかりしろと声をかける。まるで戦場のようだ。


 やがて医者が駆けつけ、妃たちの体を調べ、残った料理を検分した。


「最初の処置がよろしゅうございました。よく蠱毒だとわかりましたね」


 紅月は医者の指摘にどきりとしながら、冷静を装って答えた。   


「ありがとうございます。少し前に古い書物で読んだことがありましたので……」   


 医者は感心したように頷き、妃たちの様子を再度確認した。   


「皆様、もう少し安静にしていただければ、回復されるでしょう。夏貴妃様の迅速な対応が功を奏しました」  


 紅月は安堵の息をつき、妃たちに優しく声をかけた。


「皆様、ご無事で何よりです。どうかしばらくお休みになってください」


 妃たちは紅月の言葉に従い、静かに部屋を後にした。白瑛もまた、紅月の側に戻り、心配そうに彼女を見つめた。 


「紅月様、大丈夫ですか?」


 紅月は微笑みながら頷いた。


「ごめんなさいね。こんな騒ぎになってしまって……」


 そう言いながら視線の端に玄牙を探す。彼はいつの間にか姿を消してしまっていた。


「いえ……紅月様はご自分の心配をなさってください」


「そうね。騒ぎになるわ……」


 妃たちの食事に蠱毒が混ぜられていたとなったら正式に調査が入るだろう。


(これをやったのは陛下を狙った人間と同一人物なのかしら)


 そんなに何人も蠱毒を操る者はいないだろう。だとしたら今度こそ手がかりとなるだろう。




***




「お妃方はすべてお戻りになったのか?」


 王安は通りかかった白瑛を捕まえてそう聞いた。


 調べも終わり、昼餐会に出席した妃たちも動けるようになったので、全て自分の宮へと戻った。皇帝陛下、内務省、宮門警備と報告を終えた王安が紅月の宮殿に戻った頃には、あたりはがらんと寂しくなっていた。


「もうお戻りになりました。紅月様もお部屋でひとりになりたいとおっしゃいまして」


「無理もないな。お前はそこで何をしているのだ」


「厨房も小間使いも取り調べされていたので、細々とした後片付けを」


「そんなことは後でやらせとけ。……ところで本当にこの宮殿でいいのか? 紅月様はいっちゃあ悪いが周りの恨みを買っている。今回のようなことが再びあるかもしれないぞ」


「かまいません。紅月様は先帝の寵姫たちとは違います。きっと、上手くやれると思います。……この度は口を利いてくださって、ありがとうございました」


 白瑛が微笑みながらお礼を言うと、王安はふうとため息をつきながら襟をくつろげた。


「ありがとう……本当にそう思っているのか? お前の考えていることはよくわからん」


 そう言いながら王安は白瑛を壁際に追い詰めていく。


「王安様……その」


「誰も見てないさ。褒美をよこせ」


 王安はそのまま白瑛の頤に手を添え、上を向かせると、その唇を奪った。




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